第百二十八話 リリース直前
マルデアに戻った翌日。
私は朝から出社して、みんなにドワフ国の事を報告した。
「一気に予約だけで二千台の受注か。なかなかの規模だな」
「やったっスね!」
ガレナさんは満足そうに契約書を眺め、メソラさんもガッツポーズ。
みんな、新たな市場の開拓を喜んでいた。
と、デバイスを睨んでいたサニアさんが突然立ち上がる。
「よし、PVが出来たわよっ!」
どうやら、マルデア向けのプロモーションビデオが完成したようだ。
「おお、良い感じっスね!」
「ええ。これならゲーマー向けの宣伝もバッチリです」
社員たちが集まり、わいわい騒ぎながら映像をチェックする。
サムシティを中心に、オールスターのラインナップが次々と流れていく動画だ。
それぞれの作品の魅力がしっかり提示され、映像としても魅力的に仕上がっていた。
さすがウチの宣伝担当だね。
「じゃあ、アップするわよ!」
みんなが頷くと、サニアさんはポンと画面をタップする。
投稿が終わると、すぐにアクセスが舞い込んできた。
SNSには、さっそくゲームファンたちのコメントが溢れ始める。
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『うおおおおおおおおお! 新しいオールスターの動画が出たぞ!』
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『今月も新作のシーズンがやってきました!』
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『待て、何だこのラインナップ! 今までのゲームと全然違うぞ……』
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『ガレリーナ社がまたぶっ込んできたか!』
やはりみんな、洋ゲー中心のタイトル群に驚いているらしい。
最初に話題をさらったのは、待望のあの新作だ。
サルのコンビが軽快に走り、飛び、海賊船の帆の上を駆け巡る。
その映像に、ゲーマーたちが沸き上がっていた。
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『ドンキューだ! 俺達のドンキューが帰ってきた!』
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『雑魚ワニどもが生き生きと動くこの感じよ!』
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『ウホウホしてきた……。ウホウホしてきたぞ!』
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『続編があるなんて、嬉しすぎる……』
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『ちょ、ちょっと待て。ドンキューがいないぞ』
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『ドンキューにドンキューがいないってどゆこと?』
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『かわりに女の子のサルが出てるわよ! 可愛い!』
「みんな、気づいたみたいね」
「まあ、見りゃわかるっスからね」
サニアさんとメソラさんが、コメントを見てニヤニヤと笑っている。
そう。
ハイパードンキューキング2では、お馴染みゴリラの主人公『ドンキュー』が使えない。
当時のゲーマーなら誰もが知る事実である。
かわりに女子モンキーが増え、スピーディなアクションにフォーカスしている。
「主人公がいなくなるゲームっていうのも珍しいけど、大丈夫かしら」
サニアさんが心配しているのは、やはり販売への影響だろう。
「問題ありません。何しろ、めちゃくちゃ面白いですから」
人気シリーズで顔役の主人公が主役を降りるというのは、結構な冒険だとは思う。
だがドンキュー2には、有無を言わせぬ楽しさがある。
次々と押し寄せるアトラクションのような仕掛け。
スリルと爽快感のコースター。
これぞ和と洋が融合した、Nikkendo×レワ社によるアクションゲームの名作だ。
「この躍動感溢れる映像を見て、『ドンキューがいないから買わない』なんて言い出す者はいまい」
「そうっスね。アクションゲームの凄いパワーを感じるっス!」
社長たちも、動物たちが生き生きと動くPVに目を輝かせていた。
人気シリーズの続編は、発表した時に一気に盛り上がる特徴がある。
逆に新しいタイトルは、手に取って初めて凄さがわかる部分も多い。
ぱっと見だとわからないゲームの魅力は、これから徐々に伝わっていくだろう。
ただE4で発表したサムシティの新要素には、みんな驚いているようだった。
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『町を作るだけじゃなく、経営する……だと……!』
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『税収に治安、教育……。町の様々なパラメータがあるな』
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『やばい。新しすぎて脳の理解が追い付かない』
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『何なんだこのゲーム……』
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『とりあえずやってみない事には。やってみない事には!』
みんな、未知の新作を待ちきれないと言った様子だ。
と、すぐに販売店から通話のコールが鳴り始めた。
『新作オールスター、うちにも予約の問い合わせが凄くてね。早めに発注させてもらいたいんだが』
「ええ、もちろんです!」
どうやら、大人のお客さんからの反響は相当いいようだ。
私たちは小売と連絡を取り合いながら、発売への準備を進めていった。
そんな中でも、休日はしっかり休む。
それがガレリーナ社のモットーである。
週末。私は家でのんびりしながら、裏手の店を見ていた。
駄菓子屋の前は今日も子どもたちが集まり、わいわいと騒いでいる。
「知ってる? 今月の新作ゲーム、オトナ向けなんだって」
「なにそれ!? 俺たちは遊べないってことか?」
「そんなのずるいわ!」
ちょうどオールスターの事を知ったのか、その話題で一色のようだ。
不満を漏らすキッズたちに、デバイスを持った少年が指を立てる。
「いや、別に僕たちが遊んでもいいらしいんだ。
ただ、結構難しいって話だよ。町を作って、経営したりするんだって」
「けいえい?」
「むずかしそう……」
大人っぽいワードに指をくわえ、眉を落とす子どもたち。
だが、トビー君はむしろ嬉しそうに胸を張る。
「自由に町を作れるんだろ。ならオレは、遊園地でいっぱいの町にするぜ!」
「わあ、楽しそう!」
「わたし、お菓子屋さんいっぱい作りたい!」
好き勝手に希望を言う子どもたち。
ただ、サムシティはもう少しリアルな経営ゲームだ。
子どもが遊べるかどうかというと、まあ半々くらいだと思う。
私も前世で子どもの頃に遊んだし、親と一緒なら出来るんじゃないかな。
とはいえ12歳以上をターゲットにしたオールスターなので、買う子は多くないだろう。
だから、子どもが喜ぶモノは別に用意した。
「はーい! お菓子の新商品よ!」
店の奥から、お母さんが何やら大きな箱を取り出してきた。
「わあ! 何これ!」
「お菓子なのに、ヤッスィーが描いてある!」
集まってきた子どもたちは、並んだ駄菓子を見て目を輝かせる。
そのパッケージには、馴染みのあるゲームキャラが描かれていた。
「ゲームのお菓子だ!」
「ほしいっ!」
先月、グッズ販売が好調な出足を切った。
そのため、第二弾を用意したのだ。
「ドラクアのチョコください!」
「わたし、ポツモン・グミっていうのがいい」
マルデアでは珍しいキャラクター菓子に、子どもたちが次々と群がる。
「みてっ、トカゲちゃんの形してる!」
「おもしろーい!」
キャラクターの形をしたグミに、女の子たちが大喜びだった。
すると、大人たちが騒ぎに気付いたのだろう。
「おい。またグッズが出てるぜ。つうかマルオのもあるじゃん!」
「私も欲しいわっ!」
安い駄菓子なんだけど、ここに来るマニアなゲーマーは欲しがっちゃうんだよね。
でも、そんなに売れるほど数もない。
「ごめんなさい。今月は、子どもにだけ販売する形なので……」
ゲームは大人に向けるかわりに、お菓子は子ども優先。
それでバランスを取る形なんだけど……。
「くっ……。大人だって欲しいんだぞっ!」
どこから嗅ぎ付けたのか、ニニアちゃんのお姉さんも頭を抱えて悔しがっていた。
この人、やっぱりちょっと変わってるね……。
嘆く大人をよそに、子どもたちはせっせと商品を吟味する。
「これ、ください」
「はい。ポツモングミは一つ30カルね」
お値段は、一つ30円くらい。
小さい子も買いやすいお値段なのだ。
こういう商品が充実すると、駄菓子屋としても賑わいが出る。
うん。私が店主みたいになってるね。
母さんはというと、居間で新作ゲームを試遊していた。
商品チェックとか言ってたけど、朝から同じゲームばっかりやってるんだよね。
リビングのテレビに映っているのは、『ラミングス』。
1991年にイギリスで開発されたパズルゲームだ。
洞窟の中を、ネズミのような小動物『ラミング』たちが歩いている。
母さんは『穴を掘れ』『壁を登れ』といった指示を出し、彼らを誘導していく。
何十匹ものラミングたちを無事にゴールまで運べば、ステージクリアだ。
与えられる命令はシンプルなものに限られるため、工夫が必要なんだけど……。
「この子に階段を作らせて、上までの道を作って……。あ、まだ行っちゃダメ!」
ちゃんと集団を管理しないと、彼らは淡々と崖の方へ歩いて行ってしまう。
そして、躊躇なく奈落へと落ちていく。
「あああ、ラミングちゃああああん!」
「のおおおおおおおお!」
失敗すれば、可愛らしい小動物たちが死ぬ。
そりゃもう、ガンガン死ぬ。
一緒にいたフェルも、死にゆく小動物たちに同情を禁じ得ないようだ。
「ラミ男……、ラミ子……。さらば」
なんか勝手に名前をつけて、哀悼の意を捧げていた。
悲劇を防ぐには、しっかりと頭を使ってラミングたちを誘導するしかない。
「ごめんね。次は死なせないわ……!」
「ママ、がんばれ!」
お母さんはラミングスのツボにハマったらしく、何度もトライしていた。
ちなみにフェルは最近、母さんの事をママと呼んでる。
うちに馴染みすぎじゃないかな。