第百二十五話 たかが娯楽
さて。
ドワフ国に乗り込む前に、まずは商談の予約を取り付ける必要がある。
今回の相手は、ドワフ族の大手商会だ。
会社のオフィスからデバイスで通話をかけると、商人らしい男性が出た。
『はい、こちら大ドワフ商会だが。どちらさんだね?』
「夜分恐れ入ります。マルデア国のガレリーナ社と申しますが……」
私は挨拶から入り、彼に商談の話を持ち掛けた。
すると……。
『がっはっはっは! うちの国で地球の娯楽品を売りたいだと?
笑わしてくれるじゃねえか!』
デバイスの向こうで、野太い声のドワフ人が笑っていた。
なんか相手にされてない感じが凄い。
でも、ここは食い下がらねば。
「実際に見て頂ければ、ドワフ人にもゲームの素晴らしさは伝わると思います。
商会の皆さんにプレゼンする機会を頂けないでしょうか」
低姿勢でお願いすると、ドワフ商人は再び大声で笑い出す。
『がははは! オモチャの素晴らしさと来たか。
そうだな。珍しい星酒でも土産に持って来てくれりゃ、つまみに嬢ちゃんの話を聞いてやらんでもねえぜ』
あちらはウチをだいぶ軽く見ているようだ。
ただ一応、お土産を条件に約束を取り付ける事には成功した。
「では明日、よろしくお願いします」
一礼して通話を切ると、社員たちは耳を立てていたらしい。
「ったく、何よあの態度。舐められたもんよね」
苛立ちを隠さぬサニアさんに、ガレナさんは肩をすくめる。
「仕方あるまい。ドワフ族は大体あんなものだ。
奴らの前で地球のゲームを見せつけ、鼻を明かしてやればいい。そうだろうリナ?」
「ええ、もちろんです」
ちゃんと見てもらえるなら、ゲームの面白さは絶対に伝わる。
あとは私のプレゼン次第だ。
と、ガレナさんが隣に腰かける。
「リナ。ドワフ国への出張は重要な案件だが……。
お前にしか任せられん仕事だ。頼めるか?」
「はい、もちろんです!」
社長の熱い眼差しに、私はしっかりと頷いて答えた。
責任は大きい。でも、チャンスも大きい。
しっかり準備して行かないとね。
その後。
私は一階のモント食堂へ降り、土産物の用意を進めるのだった。
そして、翌日。
私は朝から大きなバッグを持って家を出た。
やってきたのは、久々に首都のワープターミナルだ。
「旅行、りょこー!」
久しぶりの国外出張で、妖精の少女もウキウキな様子だ。
「フェル、これ遊びじゃないからね」
「わかっとる。お仕事!」
胸を張るフェルは、本当にわかってるのか怪しい所だ。
私は仕方なく彼女をポケットに入れ、国際便のゲートを通過した。
巨大なワープルームで転移すると、すぐに目的の国だ。
『ドワフ王国に到着いたしました。良い旅をお楽しみください』
駅の外に出ると、そこはもう別世界だった。
空には飛行船が飛び、露店では魔術武具が乱雑に置かれている。
町を行くのは、口の周りに髭をたくわえた逞しいドワフ人たち。
石造りの無骨な家々が立ち並ぶここは、ドワフ王国の首都街だ。
彼らは魔石を掘ったり、加工したり、家を建てたり。
モノづくりを生業にして暮らしている。
「バルダス鉱山の魔獣なら、この魔炎銃で一発だぜ」
武器屋からそんな話が聴こえてくるのも、ドワフ国ならではの景色だろう。
私はデバイスで地図を確認しながら、お目当ての商会がある街角のビルに入った。
中には商店があり、木や石など様々な資材が並べられていた。
と、カウンターに立つ女性がこちらに気づいたようだ。
「おや、マルデア人じゃないか。珍しいね、何の用だい?」
「ガレリーナ社のマルデリタと申します。そちらに話が行ってると思うんですが」
「……、聞いてないけどね。ま、ちょっと待ってな」
挨拶すると、女性は奥に人を呼びに行ったようだ。
すると、背の低い髭面のドワフ人がやってきた。
「よお、マルデア人の嬢ちゃんじゃねえか。本当に来やがったのか」
「当然です。お約束しましたよね?」
目を細めてドワフの商人を見下ろすと、彼は笑いながら言った。
「かっかっか。小娘の冗談と思ってたが、本気だったか」
「何の話だい?」
女ドワフが口を挟むと、商人の男は肩をすくめる。
「なに、この娘が地球の娯楽品をこの国に広めてえと言うんだよ」
「地球の娯楽だって? あっはっはっは!
マルデア人はおかしな事を言うもんだねえ」
大笑いする受付嬢。
やっぱり、凄いバカにされている。
アウェイだ。久々のアウェイ戦が始まろうとしている。
ていうか、この分だと話すら通ってないんじゃないかな。
「あの、ちゃんと商談してくれるんですよね?」
「ん? ああ。ドワフ族は約束は破らねえ。話し合いの場は作ってやるさ。
だがな。マルデア人の真面目腐った話をシラフで聞きたがる奴はいねえぜ」
得意げに人差し指をクイと曲げる商人の男。
まあ、ドワフ人が話し合いの席で求めるものは一つである。
「心得ております。地球の上等な星酒を用意させて頂きました。飲みながらお話しましょう」
「おう、若えのに話がわかるじゃねえか!」
商人の男は途端にでかい顔を綻ばせ、仲間たちに声をかけていく。
ドワフ人は無類の酒好きだ。
彼らはこの星で作られる酒では飽き足らず、珍しい星酒に目が無い。
しばらく待っていると、二階の広間には十五人を超えるドワフ人たちが集まった。
ここの商人たちや、鉱山の責任者。若い魔鉱夫の代表者もいるようだ。
「よう、星酒を飲めるって聞いたぜ!」
「早く出してくれや」
ただの飲みの席とでも思ってるんだろうか。
まあ、そういう場でないと彼らを集めるのは難しい。
商談は少し置いて、私はまず地球の酒を振舞う事にした。
料理専用の保存ボックスから、ビンを何本か取り出していく。
「こちらは地球の日本という地域で作られる、『焼酎』という星酒です」
地球でもらったお土産の中には、お酒も多い。
その中からモント夫妻に頼み、ドワフ族好みなものを選んでもらった。
「ほう、イモの酒か。良い匂いだな」
メインの酒は芋焼酎。
つまみは、サツマイモを中心とした天ぷらだ。
昨日食堂で揚げてもらったものを、出来たてのまま持って来ている。
保存ボックスを開けると、ホクホクの天ぷらが顔を出した。
料理を配ると、彼らは早速とばかりに飲み始めた。
「ほう、これはなかなか」
「うむ、深い味わいの中にイモの甘みを感じるな」
ガツガツと天ぷらを頬張り、酒を進める男たち。
さすがドワフ、豪快な食いっぷりだね。
「それで嬢ちゃん。今日はいってえ何の商談に来たんだ?」
と、奥の席に腰かけた商会長が話を切り出した。
さあ、いよいよ本題だ。
お酒を売り込む手もあるけど、やっぱりウチのメイン商品を見てもらいたい。
「はい。本日皆さんに見て頂きたいのは、こちらのビデオゲームという製品です」
「びでおげーむだあ?」
私が取り出したスウィッツに、ドワフの鉱夫が首をかしげる。
この国ではまだまだ、知名度はゼロに近いのだろう。
「ええ。地球が生み出したこの素晴らしい娯楽品を、ドワフ国にも広めたいのです」
商人たちを見回しながら、私はニコリと営業スマイルを見せる。
すると、髭面の男たちは一斉に笑い出した。
「がーーーっはっはっはっは!」
「娯楽が素晴らしいだとよ!」
「ひーっひっひ。面白い嬢ちゃんだ!」
「娯楽品なんて下らねえもんで俺たちと商談しようたあ、言ってくれるぜ!」
うーん。ひげもじゃのおっさんたちが大笑いしてるね……。
「嬢ちゃん。悪いがそんなオモチャに触れる奴ぁ、ドワフ族にはいねえぜ」
「そうさ。俺たちが熱くなるのは、リアルなもんだけだ。
娯楽品はこの国じゃ売れねえんだよ」
右手の席の魔鉱夫らしい男たちが声を上げる。
みな一様に、頭ごなしにゲームを否定していた。
娯楽は無駄なものという考えは、この星ではまだまだ一般的なものだ。
私がその常識を打ち砕くしかない。
「なら、あなた方が夢中になれるようなゲームがあればどうですか?
娯楽にも素晴らしいものがあると、あなた方に認めさせれば。商談に応じてもらえますか?」
そう言って手を広げてみせると、商人は大いに笑った。
「かっかっか! たかが娯楽で俺たちを虜にするってか?
それなら是非、見せてもらいたいもんだがな。
本当に俺らが熱くなれるようなもんなら、大口で発注してやるぜ」
痛快に笑い続けるドワフ族たち。
私はそんな彼らに、思わず……。
笑ってしまった。
「ふふふ。ふふふふ。言いましたね。なら、今から見せてあげましょう。
ビデオゲームの凄さを」
私は一歩前に出て、堂々と胸を張る。
「そして、皆さんをあっと言わせてみせましょう。
『ただの娯楽』で、ね」
そして、ドワフ族たちの前で高らかに宣言してみせた。