第百二十四話 営業戦略
火山のふもと。
近くの町に降りた私は、喜ぶ住人たちに囲まれていた。
「すごかった! リナがぴかーって光って、マグマをやっつけたんだ!」
「ほんものの魔法使いだよっ」
子どもたちが騒ぐ中、大人たちは何かを持ってやってくる。
「我らの町もこれで安全だ。マルデアの女神に感謝を……」
「これでも食べてくれ」
「泊る場所がないなら、うちに来るといいよ」
なんか私の前に、どんどん貢物みたいなものが置かれていく。
手を合わせて、私に拝んでいる人もいる。
ちょっと大げさな気もするけど、まあいいか。
町の少年たちも駆け寄って来て、一斉に声を上げた。
「リナおねえちゃん、ありがとう!」
彼らのまっすぐな言葉が、私の疲れを癒してくれる気がした。
と、空から唸るような重低音が響く。
どうやら、部隊のヘリが降りて来るようだ。
「大使、無事でしたか!」
ドアから飛び出して一目散に駆けて来る隊長は、なんともパワフルだ。
「はい。そちらもご無事で何よりです。確認の方はどうでしたか?」
問いかけると、彼は嬉しそうに頷いた。
「はっ。観測所によれば、火山の活動は収まったようです」
「そうですか。それはよかった」
データとしても結果が出たようだ。
私は安心し、大きく息をついた。
と、軍人たちが私の前でビシリと整列する。
「地球の人命救助に大きな御助力を頂けた事、感謝します」
「感謝します!」
規律正しく敬礼する軍人たち。
町の住人たちも、それに合わせて拍手を上げていた。
私はなんとなく、照れ笑いする事しか出来なかった。
この件は、すぐに世界中のメディアで大々的に報道された。
『ポポカテペトル火山の警戒レベルが大幅に引き下げられました。
魔石の本格的な運用の第一歩として、マグマの沈静化に成功した模様です』
テレビでは、アナウンサーが興奮した様子でニュースを読み上げていた。
ネットでは、どこから出たのか現場の動画が広まっていた。
私がヘリから落ちて魔石を発動する映像には、異常な数のいいねがついている。
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『彼女はやはり神の使いか……』
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『リナが俺たちの国を救ったんだ!』
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『空を飛ぶリナほど美しいものはないよ』
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『危険な火山へ向かった部隊にも感謝を!』
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『避難指示のブザーが消えたわ。もう家に帰って良いのね』
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『本当に魔石が世界を救い始めてる!』
SNSは喜びの声に溢れていた。
フェルの活躍はまだ知られてないみたいだけど。
とりあえず、一段落といった所かな。
「大使は、これからまたアメリカへ戻られるのでしょうか。
ヘリで空港まで送りますが……」
隊長の声に、私は首を横に振る。
「いえ、このままマルデア星に帰ろうと思います」
「そうですか。本当にお忙しい中、ありがとうございました」
何度も敬礼を繰り返す律儀な軍人に、別れの挨拶を済ませる。
「じゃあフェル。帰るよ」
「おう」
妖精の子は、ちょっと疲れたみたいだ。
腕のデバイスを起動すると、私の体は光に包まれていった。
マルデア星に戻った私は、そのまま帰宅する事になった。
さすがに、今日は疲れた。
「リナ、お帰りなさい。フェルちゃんも、疲れたでしょ」
「うん。ただいま」
「たでーま……」
実家に戻ると、母さんの声で安心する。
その日は早めにベッドに潜り、ゆっくりと休息をとる事にした。
そして翌日。
私は少し寝坊して、昼から会社へと向かった。
「ただいま戻りました!」
オフィスのみんなと挨拶して席に着くと、ガレナさんが。
「やあリナ、昨日は大変だったようだな」
「ええ、ちょっと地球で色々ありまして……。魔石もほとんど使ってしまいました」
軽く笑って見せると、彼女は少し眉を寄せる。
「そうか……。やはりまだまだ石が足りんな。現状ではリナの負担も大きい。
もっとゲームを売って、質のいい魔石を沢山買わないとな」
「ええ。頑張りましょう」
二人で目を合わせ、小さく笑い合う。
そこへ、サニア・メソラさんのコンビが顔を出した。
「リナ。それで、第四弾のオールスターは?」
「どうなったスか?」
二人はやはり、新作が気になるらしい。
「もちろん、ちゃんと受け取ってきましたよ」
デスクに黒のパッケージを置くと、みんなの目が集まる。
「おおおっ、マルデアの町がゲームのパケに描かれてるっス!」
「素晴らしいです……」
メソラさんもフィオさんも、イラストに描かれたサムシティの魔法都市に目を輝かせている。
これまでゲームと言えば、地球をベースにしたファンタジー世界を楽しむものだった。
今回は初めての、マルデアの名を冠したゲームだ。
私たちにとっても、記念すべき作品となる。
「マルデアを舞台にした初のタイトルが町作りゲームだなんて、面白いわよね」
「出来栄えも凄いっス!」
サニアさんたちは、さっそくモニターで完成品の試遊を始めたようだ。
このゲームの魅力はなんといっても、リアルに再現されたマルデアの都市構造だ。
魔術師の卵が通う荘厳な魔法学院。
町を見守る高い警備塔。
商業施設には、魔法服店から杖屋まで様々な店舗が用意されている。
「わあ、何でも自由に設置できるわよ!」
「見てるだけで楽しいです……」
「これ、仕事休んでやり込みたいっスね」
メソラさんなど、有休を使おうとする始末だ。
完全新作という事で、社員たちも盛り上がっているようだ。
ただサムシティは奥深すぎて、まだまだ色んな要素がある。
そのあたりは、徐々に見せていく事になるだろう。
「みなさん。遊ぶのは後にして、営業会議ですよ!」
私が手を叩くと、彼女たちはしぶしぶゲームの手を止めていた。
この人たちはほんと、ゲーム好き過ぎて困るよね……。
会議に入ると、ガレナさんはいつものように議長席に立った。
「さて。新作オールスターの営業に入って行くわけだが。
国内向けにはPVを作って宣伝するとして。
今回は、ドワフ国への進出に力を入れたいと思っている」
そう言って、社長はマルデアの世界地図を指す。
ドワフ王国。
マルデアの北西にある、山に覆われた国だ。
「ドワフって、メインにするほど大事な所なんスか?」
メソラさんが疑問を口にすると、ガレナさんは小さく頷く。
「ああ。市場も大きいが、それだけではない。
ドワフ族は気に入った物を買う時、金ではなく『石』で支払う。
それはわが社にとって、願ってもないものだ」
「石、ですか?」
首をかしげるフィオさんに、私は手を広げる。
「ええ。ドワフ族が誇る、本場の魔石です」
魔鉱山を数多く保有するドワフ国は、優れた採掘技術を持つ。
彼らが掘り出す『ドワフの魔石』は、品質の高さで有名だ。
あの国の商人たちは石を資産として持ち、貨幣として使う。
ドワフ族にはマルデアの金が通用しないため、ベルで彼らの石を買う事はできない。
だが彼らにゲームを売る事が出来れば、対価に上質な魔石が手に入る。
私たちにとっては、ぜひ取引してみたい国だ。
「でも、ドワフ族は気難しいって話ですよ。
ちゃんと商談できるでしょうか……」
フィオさんが心配そうに声を上げた。
確かに、国外進出には大きな壁がついて回る。
ドワフ族が気に入るようなものを提示するのは、簡単ではない。
だが、こちらも当然無策ではない。
「大丈夫です。ドワフ国攻略のための準備は、しっかり整えました」
私は立ち上がり、魔法都市が描かれたパッケージを手にする。
ビデオゲームは、地球が生み出した最高のエンターテイメントである。
売り方さえ間違えなければ、ちゃんと魅力は伝わるはずだ。
リアルな物を好むドワフたちには、やはり洋ゲーが合う。
サムシティにも、一つ仕込みを用意している。
「大人向けのタイトル群でドワフ族を虜にし、良質な魔石を得る。
一石二鳥の大作戦です!」
私が大きく宣言すると、サニアさんが楽しそうに笑う。
「ふふふ。いよいよ勝負って感じね」
「ええ。まずは明日、ドワフ商会に挨拶に行きましょう」
みんなで力強く頷き合い、会議は終わった。
さあ、今月は大勝負だ。