第百十五話 ニニアの情熱
今回は、ニニア視点です。
ブラームス娯楽専門店。
今日も学生たちがスウィッツを手に、ギラギラと睨み合う。
「よお。俺の最強ドラゴンチームに勝てると思ってんじゃねえだろうな?」
「はっ。こっちは伝説のバード軍団だぜ!」
煽り合いながら、通信対戦に入って行く男子たち。
ポツモンのストーリー攻略が一通り終わり、店内はバトル一色だ。
「なあっ、俺のルザードンがぁっ!」
「はははは! さすがの火竜も、氷漬けになっては何もできまい」
勝った男子が高笑いを決め、敗者は膝をついて悔しがる。
そう。これはただの対戦遊びではない。
みんな、自分の手で育てたポツモンに強い愛着を持っているのだ。
私もレベル5から育てた相棒の『ダネくん』には、深い思い入れがある。
伝説の『フリージャ』をゲットした時は、凄く興奮した。
架空のキャラなのに、それぞれに思い出があって頼もしく感じてしまうのだ。
そんな仲間たちと共に戦うのは、やっぱり熱い。
「ニニアちゃん、私たちもバトろ!」
「うん」
ラナと共に、今日も男子たちに混ざって対戦に挑む。
私たちはアーケードにコインを入れる事も忘れ、ポツモンにハマっていた。
そんなある日の事。
いつものように家に親戚のお姉さんがやってきたんだけど。
その日の彼女は妙に得意げだった。
「見ろニニア! これが新しい芸術たちだ!」
彼女が取り出したのは、沢山のポツモンが描かれた……、キーホルダー?
ガレリーナ社のロゴが入ってるし、姉さんのお手製じゃなさそうだ。
可愛いキャラが大量に並ぶ光景は、かなりの破壊力がある。
それにしても、ゲームグッズなんてブラームス店でも売ってないのに。
「かわいい……。これ、どこで売ってたの?」
「ある店で先行発売していてな、思わず全種類買ってしまった。
ケダックが無かったのは痛いが、このヤダンがまた愛らしい……」
また金にものを言わせたらしい。
嬉しそうにデザインの芸術性を語る彼女は、とても幸せそうだった。
「そうだ。このキャラは好みじゃないから、ニニアにやろう」
と、姉さんは私に黄色いネズミのホルダーをくれた。
「そ、そう……。ありがとう」
ピハチューをいらない子扱いするのも、やっぱり変わってる。
美的感覚が違うのだろうか。
グッズになった黄色いネズミは、やっぱり凄く可愛かった。
翌日から、私はキーホルダーをカバンにつけて学校に行く事にした。
机の傍にかけておくと、女生徒たちからの視線が集まる。
「あのキーホルダー、可愛いわ……」
「どこで売ってるのかしら」
彼女たちは、羨ましそうに私のカバンを眺めている。
ゲームはまだマイナー趣味だから、ポツモンの事は知らないんだろうけど。
キャラクターの魅力は通じるみたいだ。
それだけで私は、なんだか得意な気分になれた。
とそこへ、クラスメイトの女の子が近づいて来た。
「ねえニニアさん。それ、もしかしてピハチューじゃない?」
「え? う、うん」
どうやら、この子はゲームの事を知ってるらしい。
「かわいい……ポツモンのグッズなんて売ってるの見た事ないのに。どこで買ったの?」
「さあ、わからないけど。親戚のお姉さんがくれたんだ」
「もらったの? いいなあ、優しいお姉さんがいて。
私、ピハチューをメンバーに入れて一番かわいがってるの」
女の子は小さな黄ネズミに触れながら、ゲームの話をしてくれた。
この学校にも、ポツモンをやっている子がいるんだ。
キーホルダーがきっかけで、初めてその事実を知った。
それに、学校でゲームの話ができるなんて……。
何となく、お姉さんに感謝したい思いだった。
確かに、優しいのは優しいよね。
放課後。
私はいつものように商店街を通り、ブラームス店へと向かった。
「うわあ、ニニアちゃん。何そのキーホルダー!」
「おおっ、すげえ可愛いじゃん!」
ラナや男子たちが、さっそく私のカバンについたネズミに注目していた。
今日も店内はポツモンの話でいっぱいだ。
話題にしやすくて、みんなで盛り上がる。
それは、ゲーム好きにはとても嬉しい事だ。
ただ……。
私はふと振り返る。
『しょーるーけん!』
今日もスタ2の台が、デモの音を流している。
その席には男子が腰かけ、熱心にポツモンの戦略を練っていた。
彼も以前は、格ゲー対戦に夢中だった一人だ。
だが、みんな新作の魅力には抗えない。
私も最近は、店に来たらワンコイン遊ぶ程度だ。
プロがどうのと偉そうな事を言ったのに、興味が他のゲームに移ってしまった。
だって、ゲームはどんどん進化していく。
RPGなんて凄い。
ドラクアとFinal Fantasiaが合体したり。
主題歌のついたゲームまで出てきている。
それに比べて格闘ゲームは……。
リウたちは、ずっとこのままなんだろうか。
私はなんとなく、アーケードの画面をぼんやりと眺めていた。
と、その時。
男子たちが、デバイスを手に突然騒ぎ始めた。
「おい、ガレリーナ社がいきなり明日生放送やるってよ」
「重大発表があるらしいぞ!」
重大発表。
その言葉に、私の心が浮き立つのを感じた。
「何だろ。ネットで噂になってるポツモングッズの事かな!」
「いや、そろそろ新作ゲームだろ!」
沸き立つように語り合うラナや男子生徒たち。
みんなが嬉しそうにしていると、ブラームスさんも店の奥から出て来た。
「ははは、いきなり来たねえ。いよいよ、あれがお目見えかな」
どうやら、何かこの店でも予定があるらしい。
「店長、何か知ってんのか?」
「これ絶対知ってるよね」
何となく得意げな店長に、みんなが声を上げる。
「ふふふ。まあ、これは僕たち販売店も関わっている話だからね。
生放送を楽しみにしておきなさい」
よほど自信があるのか、ブラームスさんは腕組みして笑っていた。
次は何が来るんだろう。
ドキドキしながらデバイスに目を落とし、ガレリーナ社の公式情報を確認する。
『今月の重大ニュースを、明日の生放送で発表。
ゲームはパワーアップする!』
「パワーアップ……」
それが何を意味するのか、頭の中で幾つもの想像が巡る。
放送まで、あと16時間。
私は胸が騒ぐのを感じながら、ラナと予想について語り合うのだった。
そして、翌日。
前回同様、生放送の時間に私とラナはブラームス店に集まっていた。
もちろん、親戚のお姉さんも一緒だ。
「くるぞ、くるぞっ!」
「新作、アクションゲームの新作こいっ!」
「SF系がいいぞ!」
「対戦ゲー頼むっ」
店内にいる学生たちが祈りをささげる中、モニターが真っ白に染まる。
生放送の始まりだ。
前回同様、ガレリーナ社の二人が画面に現れる。
「みなさん、こんにちは。ガレリーナ社のリナ・マルデリタです」
リナさんがペコリとお辞儀すると、左手の赤い髪の女性が前に出る。
「サニア・ベーカリーよ。
今回は、二つの大きな発表を用意しているわ」
サニアさんが指を二つ立てると、早速画面が切り替わる。
現れたのは『スーパーレッド ハイパーグリーン』のロゴだ。
「一つ目はポツモンか!」
「なんだ、大会でもやるのか?」
お姉さんや男子学生がざわめく中、画面の中に再びリナさんが現れる
「みなさん、モンスターはどれくらい集まりましたか?
もう150匹全部集めたっていう人もいます。
でも、不思議だと思いませんか? 私たちが最初に提示した数字は、151です」
モニターに151という数字が表示されると、サニアさんが微笑む。
「一匹足りないわよね。もちろん、入れ忘れたわけじゃないわよ。
最後のポツモンは、今はまだみんなの見えない所にいるわ」
「さ、最後のモンスターだとっ」
「まだ秘密があるってのかよ!」
みんな拳を握りしめ、画面をじっと見つめている。
すると今度は、日付らしい数字が出て来た。
「今から七日後。『幻のポツモン』に関するミッションが解放されます。
その内容は、当日リアルタイムでお知らせする予定です。
皆さんの手で、幻をゲットしましょう」
「ミッションへの参加は、ストーリーをクリアしてる事が条件よ。
楽しみにしててね!」
とりあえずポツモンの発表は終わったのか、一旦説明が止まる。
隣に立つお姉さんは、既にプルプルと震え出していた。
「幻をゲット……。なんという魅惑の言葉だ」
「一週間後だってよ!」
「ちっ、まだリーグ制覇してねえよ。それまでに進めとくか」
男子たちもスウィッツを手に盛り上がっているようだ。
しかし、生放送はまだ終わっていない。
画面からポツモンのロゴが消え、リナさんは気を取り直したように咳払いする。
「さて、ここからは二つ目の発表です。
みなさんは、去年発売したスタリーツファイター2をお楽しみ頂けたでしょうか」
と、そのタイトルの名前が出た時。私の心臓がドクンと跳ね上がった。
「お、おい。スタ2だってよ」
「マジかよ!」
何か、新しい発表があるのだろうか。
私はドキドキしながら、二人の言葉を待った。
「このゲームはアーケードを中心に、沢山の熱い戦いを作り出してきたわ。
年末の大会ではニャムル人の猫さんが優勝したり、とっても盛り上がったわよね」
サニアさんが過去の映像を振り返ると、リナさんは頷いて続ける。
「ええ。ですが、このゲームはこれで終わりではありません。
スタ2は進化を遂げ、更にパワーアップするのです」
星を越える少女の不敵な笑みに、私は釘付けになっていた。