第百十二話 みんなの遊び場
会場内にある喫茶店。
私はノルヴと二人、窓際の席に腰かけた。
これまでの経緯を少し説明すると、彼は驚いていた。
「じゃあ、僕のゲームを見るためにフィンランドまで来たのかい?」
「はい。私が主人公のゲームですから。絶対プレイしてみなきゃと思って」
私が頷いて見せると、ノルヴは苦笑いしていた。
「あはは、君は本当にゲームが好きなんだね。
いや、笑ってる場合じゃないか……。
その、勝手に君のゲームを作ってしまってすまない」
思い出したように、彼は深く頭を下げた。
外見だけを見れば、大学にいそうな普通の青年だ。
「リナの大冒険」は、彼がたった一人で制作したのだという。
無料配布と書いてあったし、お金儲けをするつもりはなかったのだろう。
私は結論を出す前に、少し聞いてみる事にした。
「……。ノルヴさんは、どうして私のゲームを作ろうと思ったんですか?」
すると、彼は眉を落としながら語り出した。
「僕は、昔からロッツマンみたいな2Dアクションが好きでね。
趣味でゲーム作りをしてた時に、ネットで君の活躍を見たんだ。
宇宙の魔法使いが、地球に降りて人助けをする。
本物のヒーローの登場に、ワクワクしたよ。
彼女をゲームの主人公にしたい。自分で操作してみたい。そう思ったんだ」
経緯を振り返りながら、彼は続ける。
「作り始めてからは毎日が夢中でね。気付いたら、一年以上かけていた。
楽しくて、ふざけた事も色々やってしまった」
「……、それは、ゲームオーバーの場面ですか?」
私が出した単語に、ノルヴは苦笑いした。
「あはは、そうだね。
君のyutubeチャンネルで、お母さんがよく出て来るだろう?
二人の親子関係がとても愛らしくて、ゲームにも取り入れてみたんだ。
でもあれは、良くなかったかもしれないね」
ため息をつく青年は、諦めたように肩を落とす。
「今考えれば、配慮が足りない表現も多かったと思う。
君が嫌がるような内容なら、配布はやめにした方がいいね」
反省しているのか、彼は顔を青くしていた。
その表情は、どこかやつれているようにも見えた。
一年以上、ずっと『リナの大冒険』のために注いできたのだろう。
私の事を想って、沢山の時間を使ってくれたのだろう。
その情熱は、ゲームを触ってみて良くわかった。
だから、言わなきゃいけない。
「私は別に、ゲームを差し止めに来たわけじゃないんです」
「え?」
こちらの言葉に、彼はぱちりと目を瞬かせる。
「あなたのゲームを見て、凄く嬉しかったです。
丁寧に作られてるのがわかって、とても嬉しかった。
本当はね、ちょっと文句も言うつもりだったんですけど」
「う、うん。ごめん。悪ノリが過ぎたね」
何度も頭を下げる青年に、私は小さく息をつく。
「いえ、いいんです。
実際にプレイしてみて、私はあのゲームがもっと好きになりました。
ぜひ、みんなにも遊んでもらってください」
「……、本当かい?」
ノルヴは信じられないと言った表情で、私を見上げる。
「ええ。素敵なゲームを作ってくれて嬉しかったです。
ありがとうございます」
美しいゲームを作り上げた青年に、私は一礼した。
だが、これで終わりというわけではない。
「ただ、一つだけ言っておきたい事があります」
「え?」
私が真顔になると、青年は目をぱちりと瞬かせる。
「私は、お母さんに泣きついたりはしませんからね。
一応『本物とは違う架空のリナです』と注釈はつけておいて欲しいんです」
私が顔を近づけて、彼にしっかりと忠告する。
「そ、それだけでいいのかい?」
「はい。別物だとわかればそれで十分です」
困惑したように眉を寄せる彼に、私は大きく頷く。
少しの間、彼は呆然としたままこちらを見ていた。
そしてその後、納得したように微笑む。
「あはは、そっか。やっぱり、君は優しい人なんだね」
「そうでもありませんよ。私、悪人には容赦ありませんから」
そう言って胸を張って見せると、彼は嬉しそうに笑っていた。
ゲームクリエイターの青年と別れた後。
喫茶店を出ると、午後三時を過ぎていた。
そろそろ、フィンランドのお偉いさんに会いに行く時間だ。
私は人混みをすり抜け、会場の出口へと向かう。
と、何やら騒がしい集団が見えた。
さっきのコスプレイヤーたちだろうか。
「おい、俺のスウィッツが無いぞ」
「みんなでポツモンやろうと思って持ってきてたのに……」
兜を取った暗黒騎士が、慌てたようにカバンの中を探し回っている。
「何かあったんですか?」
声をかけてみると、ゼルド姫が振り返った。
「スリよ。何人かスウィッツを盗られたみたい。イベントじゃたまにあるのよね」
「くそっ。俺の育てたポツモンデータがっ……」
頭を抱えて悔しがる暗黒騎士たち。
ゲーム機は、売ればそれなりの額になる。
金目当ての犯行だろう。
大事な遊び道具を盗むなんて、許せない話だ。
ゲームデータは、お金を払っても戻っては来ない。
私が何とかしてみせよう。
「すみません、騎士さん。スウィッツはどこに置いてたんですか?」
「バッグの内側のポケットだが……」
戸惑いながら答える騎士を後目に、私は彼の荷物に手を翳す。
「"残り香を追え"」
すると、バッグからフワリと青白い光が浮かび上がる。
その光は何かを追いかけるように、会場の外へと飛んでいく。
「ま、魔法だ!」
「まさか、本物のリナなの?」
周囲から驚きの声が上がるが、気にしてる場合じゃない。
私は光を追いかけ、駆け足でホールを出た。
少し走ると、今度は公園から騒ぐ声がした。
「それ、僕のゲームだぞ! 返してよ!」
「うるせえ、よこせガキが!」
すがる少年を二人組の男が蹴りつけ、強引にゲーム機を奪う。
あいつらだ。
「やめなさい!」
叫びながら駆け寄ると、男たちが振り返る。
「あぁ? なんだおめぇは」
「あなたたち、会場でゲーム機を盗んだでしょう。全て持ち主に返しなさい」
こちらの忠告に、しかし二人の男はニヤニヤと笑い出した。
「盗難だぁ? 覚えがねえな。俺たちは子どもから悪いゲームを取り上げてるだけだぜ」
「そうだ。ゲームなんて時間を無駄にするだけだからな。感謝しろよ。へへへ」
肩をすくめ、悪びれもしない悪党たち。
こいつらに容赦は必要ないようだ。
「違います。ゲームはみんなの大切な遊び場です。それを奪う事は、私が許しません」
ノルヴが作ったリナが、自分に乗り移ったような気分だった。
私は手前の男へ一気に詰め寄り、素早く荷物を奪い取る。
「な、てめえっ」
「このアマっ!」
慌てて男たちはナイフを取り出し、ギラリと刃先を向ける。
これで現行犯だ。
『風よ!』
二人の足元に突風を吹かせると、彼らはバランスを失って倒れる。
そのまま『停止』の魔術をかけて、とりあえず縛り付けておく。
「り、リナだ……!」
「すごいっ、悪者を魔法で倒しちゃったわ!」
公園にいた人たちが歓声を上げている。
会場から追いかけてきたコスプレイヤーたちも、大喜びで飛び上がっていた。
男たちの荷物を漁ると、やはり大量のゲーム機が出てきた。
「おおっ、俺のポツモンが戻ってきた!」
「ありがとうリナ!」
みんな嬉しそうに自分のゲームを確認している。
ゲームには、値段以上の重みがある。
自分がプレイしてきた思い出と努力が詰まっているのだ。
小銭稼ぎにそれを奪う事は、許されない行為だった。
その後。
警察が来て、犯人の二人は連行されていった。
そして私も、ついでに連行である。
「マルデリタ嬢。首相がお待ちしております」
警察の手厚い対応で、私はパトカーに乗り込む。
そして、いつものように国の中枢へと運ばれていくのだった。
さて。
普段はここから、お堅い会談やら会食があるんだけど。
フィンランドの首相官邸には、驚くべき人物が待っていた。
「マルデリタ嬢に、ぜひ会ってもらいたい人がいます」
首相はそう言って、誰かを呼び込んだ。
やってきたのは、赤い衣装を身に纏った白髭のおじさん。
背中には、白い大きな袋を背負っている。
さ、さ、サンタさんだ……。
「へんなおっさん! きゃははは!」
フェルは当然知らないので、サンタの恰好を指さして笑っていた。
そんな失礼な発言にも、首相は笑って答えてくれる。
「彼はサンタクロースと言いましてな。
世界中の子どもたちにプレゼントを贈り、夢を与える人物です。
我が国のサンタクロース村に住んでいるんですよ」
サンタは、地球上で最も愛されている物語の一つと言えるだろう。
彼はクリスマスイブの夜にソリに乗ってトナカイを駆り、子どもたちにプレゼントを渡して回る。
でもまあ、ほんとに世界中の子たちの所に来るわけじゃないからね。
パパやママが、サンタの代わりになってその夢物語を実現させる。
まあ、公然の秘密だ。
フィンランドには、実際にサンタが住んでいる場所があると言われている。
この国を代表する人物と言ってしまってもおかしくはないわけだ。
と、サンタさんが声をかけてきた。
「ご機嫌よう、ミス・マルデリタ。ミス・フェルクル。
クリスマスではないが、フィンランドに来てくれたお礼だ。特別にプレゼントをあげよう」
そう言って、彼はプレゼントの箱を手渡してくれた。
フェルにもプレゼントをくれたみたいだ。
「わあ、ありがとうございます!」
「さんくす!」
妖精の少女も、嬉しそうに大きな箱を受け取っていた。
贈り物は毎度もらうから慣れてるはずなのに、こういう形で渡されるとなんか特別感がある。
子どもの頃を思い出すようだね。
お返しに、縮小ボックスを百五十個ほど差し上げておいた。
それから、少し首都の観光を楽しんだ後。
私はチャーター機に乗り、ニューヨークへ向かって飛び立った。
機内でプレゼントの箱を開けると、中にはサンタ服を着たマルオのぬいぐるみが。
私のゲーム好きに合わせてくれたんだろう。
フェルのプレゼントは、トナカイ姿のヤッスィーだ。
「きゃははは、なんかツノはえとる!」
フェルはヤッスィーに乗っかり、ゴキゲンの様子だった。
さて、フィンランドの旅はこれでおしまい。
次はメインのお仕事だ。
読んで頂いてありがとうございます。
もしよければ、ブックマークや評価などして頂けると嬉しいです。