第百十一話 列車とイベント
フィンランドの首都へ向かう列車の中。
窓際で外を眺めていると、ポケットからフェルが顔を出した。
「うまそーなニオイする」
「ん?」
確かに、後方から香ばしい匂いがする。
席を立って後ろの車両に向かうと、そこは食堂車だった。
テーブル席がズラリと並び、乗客が料理を楽しんでいる。
こういうの、ちょっと憧れてたんだよね。
まだお昼には早いけど、今のうちに食べておこう。
「ごはん、ごはんっ」
フェルが急かすので、私は席について料理を注文してみた。
メニューは、サーモンとキノコのホワイトスープ。
北欧らしい、濃厚で豊かな味わいだ。
「もぐもぐ、うまぁ~」
車窓に流れる景色を眺めつつ、フィンランド料理を頂く。
乙なもんだよね。
フェルも小皿に分けたサーモンにかぶりつき、ご満悦の様子だ。
二人で旅すると、一緒に食べる相手がいて良いよね。
食後に、レジで売っていたサルミアッキという飴を買ってみた。
これ、世界一まずいアメとして有名らしいんだよね。
そこまで言われると、食べてみたくなるのが人の性だ。
「うげ……」
私はね。うん、ゴムみたいな味だと思ったよ……。
一緒に食べたフェルは、床に落ちてのたうち回っていた。
「まずうぅぅぅ」
まあ何というか、ご愁傷様だ。
北欧では、この飴が伝統的に親しまれているらしい。
ほんと、世界は広いよ。
席に戻った私は、ポケットからスマホを取り出す。
SNSを見ると、『リナの大冒険』の宣伝ツイットが出ていた。
ゲーム制作中@norv
『本日はヘルシンキのゲームイベントです。
ノルヴは午後二時から、『リナの大冒険』の試遊ブースを展示します。
実際にプレイできるので、是非来てください!』
ノルヴは、このゲームを作った人の名前だ。
彼はツイットと共に、2Dリナが踊る可愛らしい映像を流していた。
ステージをクリアしたら、私がノリノリでダンスする仕様らしい。
「ひひひ、リナおもろい」
ポケットの中からフェルが噴き出している。
うーん……。可愛いけど、恥ずかしい。
ノルヴめ。待ってろよ。
何となく、心の中で男口調に戻ってしまう私だった。
それから少しして、列車は首都に辿り着いた。
駅を出た私は、マップを頼りに大通りを北へ。
しばらく歩くと、目的地らしい場所が見えてきた。
「ここがイベントホールかな……」
「でっけえ!」
会場は、思ったより立派な建物だった。
中に入ってみると、そこは正にゲームの祭典。
賑やかな企業ブースがズラリと並び、大勢の客で賑わっている。
通りを行く人たちも個性豊かだ。
アニメキャラっぽいコスプレをした人たち。
有名な暗黒騎士の装備で『コフー、コフー』と息を荒げる人もいた。
うーん。自由な世界だね。
「へんな人らがおる……」
「フェル、顔出しちゃダメ」
妖精はさすがに目立つので、私はポケットを手で抑えておいた。
時刻は午後一時。
ノルヴの展示が始まるまで、少し時間がある。
せっかく来たんだし、ちょっと見て回ろうかな。
入口で買ったカタログを広げ、イベントの詳細を確認する。
『クラロア』で有名な、あのSuperSall社もブースを出しているらしい。
行ってみると、やはりファンの人だかりが出来ていた。
壇上では、開発者がインタビューを受けているようだ。
「既に世界的な成功を収めたSuperSallの皆さんですが。
更なる目標などはございますか?」
質問を受け、席に着いた男性が頷く。
「そうだね。できれば、他所の星にも進出してみたい所だけど。
さすがにオファーが無いと難しいよね」
冗談を漏らす開発者に、客席から歓声が上がる。
「マルデア星と地球は、ゲームで結ばれていると言ってもいい関係です。
フィンランドのゲームが宇宙に届く日も、そう遠くないのでは?」
司会者の言葉に、開発者は楽しげに笑みを浮かべた。
「そうなるといいね。ただ、マルデアのゲーム市場はまだ90年代だ。
僕たちが子どもの頃に遊んでいたゲームを、あの星の人たちは今楽しんでる。
そう考えると、とても懐かしい気分になるよね。
僕たちは、2010年代になるまで待つ必要があるよ」
感慨深げに語る開発者たち。
彼らも、マルデアの事を気にかけてくれているようだ。
クラロアのような運営型のゲームを出すには、技術的な壁が沢山ある。
マルデアではまだ、オンラインゲームも実現できていないのだ。
まだまだ、先は長い。
私はデバイスで、遠くから彼らの写真を撮っておいた。
と、その時。
「ねえ、あなた」
声がして振り向くと、ゼルド姫っぽい衣装の女性が立っていた。
「それ、リナ・マルデリタのコスプレよね。
凄いわ、雰囲気もよく似てる」
そう言って、彼女は私の体をジロジロと眺めまわす。
帽子で髪は隠してたけど、コスプレと思われたらしい。
湖を走ってる時に黒髪の変装が解けたせいだろう。
まあ、本人とバレてないならいいや。
せっかくなので、私は一緒にいたレイヤーたちと記念撮影しておいた。
カメラ目線でポーズを取る暗黒騎士が面白くて、何とも不思議な交流だった。
撮影会を終えた私は、いよいよお目当てのブースへ向かう。
奥のフロアでは、インディーゲームが多数展示されているようだ。
インディの世界は、開発者たちの情熱が溢れている。
小規模ながら、それぞれの拘りが光る。
そんな中を歩いていると、ようやく目当てのゲームが見つかった。
『リナの大冒険』だ。
モニターの中で、桃色の少女がステージを駆けずり回っている。
そんな映像を見て、お客さんたちが楽しそうに語り合っていた。
「見ろよ、リナのゲームだって」
「アニメーションが凝ってて、とっても可愛らしいわね」
「ストーリー性もなかなかだよ」
どうも私が思っていたより凄いらしい。
カウンターには、眼鏡をかけた青年が腰かけていた。
彼が作者のノルヴなのだろう。
「あの、遊んでみても良いですか」
「どうぞ。椅子に座って、じっくり遊んでみてよ」
にこやかに笑みを浮かべるノルヴさん。
彼に何と言うべきかは、プレイしてから考えよう。
私はドキドキしながら、試遊台の前に腰かけた。
第一ステージはアメリカの町らしい。
モニターを見ながら操作すると、ゲーム内のリナが動き始めた。
ジャンプするとピンクの長い髪がなびいて、とても愛らしい。
ピョンピョン右に進んでいくと、ナイフを持った敵が出てきた。
攻撃ボタンを押すと、リナが手を前にかざす。
『風よっ!』
呪文ボイスと共に魔術の刃が飛び出し、チンピラを吹き飛ばす。
風の反動でリナの服や髪が揺れる、細やかな演出。
むう。これは凄い。
本当に個人レベルで作ったのかと思う作り込みだ。
ちょっと感激してしまうね。
やはり動画で見るのと、実際にやってみるのではフィーリングが違う。
可愛らしい2D世界の中で、爽快な魔術アクションが実現されている。
それに、テキストも面白い。
リナの前に立ちはだかる敵は、ゲームを破壊して回る組織らしい。
『ゲームなど、この世に必要のないものだ!』
恐ろしい言葉を告げる敵の男に、リナが叫ぶ。
『そんな事はない! ゲームはみんなの大切な遊び場だよ!』
共感しやすいストーリーに、私はいつしか夢中でプレイしていた。
最初のボスを倒すと、リナが空に魔石をかざす。
すると光が溢れ、周囲の汚れが浄化されていく。
「おお、リナが神々しい光を放ってる!」
「素敵な演出ね」
後ろで見ていたゲーマーたちも、2Dで描かれる見事なシーンに歓声を上げていた。
ただ、次のステージに入ると難易度が上がるらしい。
敵に追い詰められた私は、初めてダメージを受けてしまう。
『うわあああん!』
うん。2Dのリナがギャン泣きしてる。
でも……。
画面の中にいる私は、感情を精一杯表現している。
目に涙を浮かべる様子が、丁寧に丁寧に描かれているのだ。
操作しながら見ていると、なんか可愛らしく思えて来た。
彼が個人で作った努力の結晶を、私の意見で消してしまうのか。
そう考えると、あまり気が進まない。
これは、彼の作品だ。
私のゲーム愛を物語にした、ノルヴさんの丹精込めたビデオゲームなのだ。
「あはは、泣いてるリナも可愛いわね」
「良いユーモアじゃないか」
見ていたお客さんも、楽しそうに笑ってる。
私は感動しながら、さらにプレイを進めた。
だがステージはどんどん難しくなり、ついにゲームオーバー。
『ママーーーー!』
リナが実家へ駆け込み、母さんに泣きついている。
うん。
ここはちょっと、ネタに走りすぎだと思うけどね。
一通りプレイを終えると、眼鏡の青年が声をかけてきた。
「どうだったかな。面白かった?」
「はい、とても楽しかったです。あの、あなたがノルヴさんですか?」
「ああ、そうだよ」
どうやら、間違いないらしい。
「私、こういう者です」
ほうけた顔をするノルヴさんに、私はパスポートを提示した。
「え……、り、リナ……。まさか……」
彼はこちらを見上げ、青い顔をしていた。