第百六話 溢れる魅力 (挿絵あり)
マルデア星。
ガレリーナ社へと戻った私は、さっそく社員たちと会議に入った。
ポツモンのパッケージを見せると、サニアさんが唸り出す。
「ついに来たわね……」
「プレッシャーが凄いっス……」
普段はお気楽な様子のメソラさんも、今回ばかりは難しい表情をしている。
確かに、今回初めてマルデア専用にリメイクしてもらったタイトルでもある。
これでヒットしなかったら、うちの手腕を疑われてしまうというか……。
そういう責任が出て来るよね。
ただ、ガレナさんは平然とした表情だった。
「心配は無用だ。プロモーションと営業を同時進行していけば上手く行くだろう。
リナ。販売促進の品はもらってきたのか?」
「はい、色々と頂いてきました」
私は輸送機から、ヌイグルミを中心としたグッズ類を出して見せる。
すると、社員たちの表情が一気にほころんだ。
「か、かわいぃぃぃっ」
サニアさんは、しっぽに火のついたトカゲを抱きしめて甲高い声を上げる。
「癒されるっス……」
「なんだか、大丈夫そうな気がしてきましたね」
愛らしいポツモンのグッズに、みんなの心が安らいだようだ。
「まあ、気負っても仕方ありませんね。
今作は発売までの時間も長めに取っています。しっかり宣伝していきましょう」
みんなで頷き合い、とりあえず会議は終わった。
ここから、ポツモンの段階的な販売戦略が始まる。
まずは、ティザーと呼ばれる宣伝手法だ。
「じゃあ、出すわよ」
サニアさんがデバイスをタップし、画像を投稿する。
すると、公式SNSのトップに短い文章が表示される。
『今度の新作ゲームは、集めて育てるRPG。
151の出会いが君を待っている!』
その下に描かれているのは、看板キャラクターの黒いシルエットだ。
最初に見せるのは、ほとんどコンセプトだけ。
「さあ、どんな反響が来るっスかね」
みんなでドキドキしながら、デバイスの画面を眺める。
すると、早速ゲームファンたちがコメントを書き始めたようだ。
『なんだこれは……。どういうゲームだ』
『集めて育てるって、151もか?』
『シルエットしか見えないわ。どんなキャラなのかしら』
『育成ゲームか。新しいジャンルは楽しみだ』
『RPGならストーリーのある冒険ゲームじゃないのか?』
『これだけじゃよくわからないな……』
返信欄で議論を始めるゲーマーたち。
しっかり話題の種を作る事ができたようだ。
うちのプロモーションの腕も、少しずつ上がっている気がする。
ゲームの宣伝は、ファンをドキドキさせる事が大事なのだ。
さて、今日の仕事はとりあえずこれで終わり。
実家に戻った私は、お母さんにもポツモンのグッズを見せてみた。
「何これ、とっても愛らしいわ! うちの店に貼ろうかしら」
モンスターたちが描かれたシールを眺めて、子どもみたいにはしゃぐ母。
マルデアでも、ポツモンの魅力は十分に通じそうだ。
その夜はゆっくりと過ごし、私は旅の疲れを癒した。
翌日。
うちの裏手の駄菓子屋には、朝から子どもたちが集まっていた。
今日はお休みだからね。
まずは、この子たちの反応を見てみよう。
私は試しに、店内でぬいぐるみを置いてみた。
すると、やはり早速子どもたちが群がって来る。
「なんだこれっ!」
「赤いドラゴンだ。かっこいいぞ!」
「カメみたいな水色の子も愛らしいわ!」
「ねえ、触って良い?」
物欲しそうにする女の子に、私は頷いて見せる。
「うん、傷つけないようにしてくれたらね」
すると、みんな即座にお目当てのキャラを手に取った。
「ガオーッ、このドラゴンは口から火を噴くぞ!」
「こっちのネズミは、雷を使うぞっ。ビリビリビリ!」
勝手に技を想像しながら、ヌイグルミでごっこ遊びを始める子どもたち。
やはり最初はキャラで推した方がいいかな。
宣伝について考えていると、子どもがドラゴンのヌイグルミを持ってやってきた。
「リナねーちゃん、くらえっファイアーーーッ!」
「ぐわーーーっ、やられたぁ」
私が倒れるフリをすると、彼は大喜びでピョンピョン飛び上がっていた。
「やった、リナねーちゃん倒したっ」
「ははは、トッポにやられるとは、弱いぞねーちゃん!」
ヌイグルミで戦う彼らは、まだまだ可愛らしいもんだ。
こういうごっこ遊びは、子どもの頃に沢山やった。
うん、これは流行りそうな気がする。
はしゃぐ子どもたちを眺めながら。
私は、ようやく訪れた穏やかな春の心地を感じていた。
次の日から、私は早速販売店に営業に出る事になった。
最初に出向くのは、やはり都内の大きな玩具屋だ。
「……これは、新しい……!」
店長は、並べられたヌイグルミの数々に唸りまくっていた。
カウンターで話し合っていると、子どもたちがテーブルに乗ったキャラクターをつついてくる。
「なーにこれー」
「ぽよぽよしてるー」
ポツモンに魅了された顧客たちの姿に、店長は既に降参したような様子だ。
「沢山の可愛いキャラクターたちか……。これがゲームなのかい?」
「ええ。全てポツモンのゲーム内で仲間にできるキャラクターです」
八つの愛くるしいキャラたちを並べて見せると、店長は顔を落として悩みだした。
「むう……。これは間違いなく子どもに受ける予感がする……。
玩具屋を三十年続けてきた、店主としての直感がそう言っているよ。
まだゲーム画面を見ていないのに発注したくなるとは……」
キャラを見ただけで、玩具屋の店長が打ちのめされている。
ほんと、とんでもないタイトルだよね。
それから、一通り玩具屋を回った後。
私は一旦ガレリーナ社に戻り、営業会議を開く事になった。
「子ども向けの店は、もう無敵状態だったわ。すぐ発注が決まるんだもの」
サニアさんが興奮したように語ると、メソラさんも頷く。
「そうっスね。どこへ行ってもヌイグルミ置くだけでキッズの入れ食い状態っス」
みんな、玩具関係の店に関しては手ごたえどころではないものを感じているようだ。
「まあポツモンですから、子どもは大丈夫でしょうね。
ここからは、学生と大人ですね」
ターゲット層を上げた話に入ると、ガレナさんが眉を寄せる。
「大人があの可愛いキャラクターを好むだろうか……」
「いや、サニアさんがもう夢中じゃないですか」
フィオさんが指さす先では、サニアさんが大事そうに赤いトカゲのポツモンを抱えている。
うん、大人も好むんだよね。
地球において、ポツモンは世界中の大人たちがプレイしているゲームだ。
生き物の魅力というのは、子どもだけが感じるものではない。
ペットを可愛がる大人だって沢山いる。
そんな普遍的な感情に訴えかけるのが、ポツモンの強さだ。
ただ、大人は可愛いだけでは納得しない。
ゲームを買わせるには、もう一歩。
強い売りが必要だ。
「では、次の段階に入りましょう」
そして、ポツモンは可愛いだけではない。
ゲームとしてもしっかり面白いのである。
で、その肝心の内容をどうやって見せていくかなんだけど。
ここまで、映像すら出さずに伏せてきたのには理由がある。
せっかくだから一気にインパクトのある形で見せて、ゲーマーたちを驚かせたい。
そう考えたのだ。
以前のオールスターでは、年末イベントで盛大にクロナを発表して話題になった。
ただ今回は、タイミングよくゲームイベントがあるわけではない。
ならば、どうやって盛り上げるか。
その方法は、現代の地球においてはよく知られたものだ。
「いよいよ、生放送をやるのね」
サニアさんが、緊張の面持ちでこちらに目配せする。
そう。
私たちがこれからやろうとしているのは、オンライン生配信だ。
それまで伏せてきたゲーム情報を、まとめて一気に開示する。
それによって、ネット上で大きな話題を作る試みだ。
地球では、生放送の直後にSNSが新作ゲームの話題で埋めつくされる事もある。
まあ、マルデアではそこまで行かないだろうけど。
上手く行けば大きな宣伝効果を生み出すイベントである事は間違いない。
当然、しっかりとした番組にする必要がある。
そうなると当然、出演者が必要になるんだけど……。
うちは別に、タレントや司会者なんていないんだよね。
と、ガレナさんが私の肩をポンと叩く。
「リナ、サニア。わが社の顔として、よろしく頼むぞ」
うん、そうなるよね。
生放送の司会は、いつもの二人で務める事になった。
私は覚悟を決め、出来上がった台本を手にする。
「じゃあ、リハーサルしときましょうか」
「まったく、特別手当でも出しなさいよね」
サニアさんは不満を漏らしながらも、どこか楽し気だ。
さあ、もうやるっきゃない。
生配信はこの週末だ。
特大のゲーム情報を、みんなにベストな形で届けるため。
私たちは入念に準備を行うのだった。
ながぶろさんより、ガレリーナ社のオフィス