第百三話 ついに来た
ネズム王国でゲーム機の発注を取る事に成功した私とフェル。
さて、お仕事の目標はこれで達成なんだけど。
明日から玩具屋で発売してもらえるという事なので、その様子も見ておきたい。
今日はこの国で宿泊する予定になっている。
訪れたのは、町はずれにある宿屋。
入口のカウンターは、ドラクアっぽい西洋的な雰囲気だ。
ここは、去年イベントで知り合ったネズム人のハムさんが経営してる宿らしい。
ゲームの縁もあり、私も安心して予約を取る事ができた。
「やあ、リナさんにフェルクルさん。ようこそいらっしゃったチュウ」
ハムさんの案内を受け、私とフェルは落ち着いた部屋に案内された。
今日の商売の話をすると、彼はとても喜んでいた。
「いやあ、この国でゲームが発売するとは嬉しい話チュウ。
何しろ、今までゲーム仲間が全くいなかったチウ」
「あはは、それはよかったです。いずれこの国で、アーケードなんかも稼働させたいですね」
料理を頂きながら話していると、ハムさんはため息をつく。
「アーケードかチウ……。大会で触ったあの大きな台が恋しいチウ。
うちの宿でも置きたいくらいだけど、なかなか難しいチウ……」
「設置できない事情があるんですか?」
私が問いかけると、彼は頷いて言った。
「うるさい機械はダメだって、嫁さんに言われてるチウ……。
スタ2やぷやぷやは賑やかすぎて、宿の雰囲気に合わないチウ」
確かに、対戦ゲームは静かな宿には合わないかもしれないね。
でも、これは営業チャンスだ。
「なら、こちらの機種はいかがでしょうか」
そう言って、私は輸送機から一台のアーケードを取り出して見せた。
「これはアルカナイドと言って、静かにじっくりと遊べるゲームですよ」
「そ、そんなのがあるチウ!?」
ハムさんは目を輝かせながら台に飛びつき、早速プレイし始めた。
淡々とブロックを破壊していく遊びは、騒がしさとは対極の位置にある。
「な、なるほど。これは穏やかで、それでいて熱中してしまうチュウ……!
これならうちの宿にも合うチュウ!」
感激しながらゲームをプレイするハムさん。
でも、操作を間違えてすぐに即死してしまった。
「きゃっきゃっ、へたっぴーっ」
フェルが後ろからはやしたてると、ハムさんは苦笑いだ。
「お恥ずかしい、下手の横好きという奴だチュウ。
でもアルカナイドは面白いし、是非うちに一台欲しいチウ!」
「ありがとうございます!」
思わぬところで商談が成立してしまった。
ハムさんは大喜びで、筐体を宿の広間に設置していた。
これが、ネズム国初のアーケードになるのだろう。
「これで、お客さんが楽しんでくれるチウ」
変換器で機械に電気を通した後。
私たちは離れた場所から、台の様子を見守る事にした。
と、ネズムの夫婦らしい宿泊客がやってきた。
「あら、これ何かしら」
「面白そうだね。ちょっとやってみようか」
ネズミさんたちは台に腰かけ、硬貨を投入して遊び始める。
「ほう。このボールでブロックを壊していくのか」
「なかなか難しいわ……」
ゲーム画面に夢中になる二人だけど。
操作がおぼつかず、すぐゲームオーバー。
でも、夫婦は楽しそうに笑って、またコインを入れていた。
「うちの店でゲームを遊ぶお客さんたちが見れるなんて、感激チウ……」
宿主のハムさんは、そんな光景に涙を浮かべていた。
本当に嬉しいんだろうね。
ゲームが下手でも、普通でも、上手くても。
楽しめるならそれでいいんだ。
私は画面にかじりつくネズミさんたちを眺めながら、夜をゆっくりと過ごした。
そして、翌日。
昨日の玩具屋さんには、早速スウィッツとゲームソフトが並んでいた。
案の定、サニックがイチ押しのようだ。
店のモニターには、走る青ネズミの映像が映し出されていた。
「このネズミの兄ちゃん、かっこいいっ」
「いかしてるチュウ!」
店に来た小さなネズミたちが、拳を握りしめて画面を見上げている。
「ねえママ、ボク誕生日でしょ。これほしい……」
と、一人の少年ネズミが親にゲーム機をおねだりし始めた。
「しょうがないわね。今日は特別よ」
バースデーの頼みを断れないのは、どこの国でも同じらしい。
大喜びする子どもの手を引き、母ネズミはレジへと向かう。
これなら、きっとこの国でもゲームは人気になるだろう。
あとは、お店の人に任せておけばいい。
「じゃあフェル、帰ろっか」
「うむ!」
私はフェルと頷き合い、二人で店を出た。
ネズム国の短い旅は、これでおしまいだ。
マルデアに戻った私は、すぐにワープで地元へと向かった。
いつもの道を歩き、家の裏手に出る。
と、子どもたちが集まって何やら騒いでいるようだ。
「いけるぞっ!」
「もう少しだっ!」
少年たちは拳を突き上げ、アーケードに向かって声援を上げている。
台の前では、トビー君とカレンちゃんが真剣な顔つきで画面を睨む。
どうやら、フェイナルファイツの最終面までやってきたらしい。
「矢がくるわよっ」
「おうっ」
最後のボスは、狂ったように矢を撃ちまくる男。
倒すのは一筋縄ではないが、二人の協力プレイは見事なレベルに到達していた。
二カ月の間、互いの腕と連携を磨いてきたのだろう。
熱戦は続き、敵のライフが徐々に削られていく。
「いけカレンっ」
「食らいなさいっ!」
最後のカレンちゃんの飛び蹴りで、ついにラスボスが崩れ落ちた。
「やったわっ!」
「俺たちでフェイナル・ファイツをクリアしたぞぉっ!」
エンドクレジットが流れる中。
カレンちゃんとトビー君は手を取り合い、喜びを分かち合っていた。
周囲の子どもたちも、ぴょんぴょん飛び上がってはしゃいでいる。
難関ゲームを諦めず、協力して最後までクリアする。
その経験は今後きっと……、何かしら役立つ事だろう。
以前はいがみ合っていた二人が、台の前で笑い合っているのだ。
この努力に意味がないって事はないと思う。
感慨深く見守っていると、騒ぎを聞きつけたお母さんが店から出てきた。
「あらあら、ついに全部攻略したのね。
じゃあお祝いに、みんなにお菓子を一個ずつあげるわ」
「やったあ!」
小さなお菓子をもらった子どもたちは、喜んで公園へ駆けて行く。
それを見届けた後、母さんはこちらに振り返った。
「リナもフェルちゃんも、帰ってたのね。おかえりなさい。国外出張どうだった?」
「ただいま母さん。ちょっと疲れたかな」
「でっかいネズミ、いっぱいおった!」
フェルが手を広げて大げさに語ると、母さんはクスクスと笑う。
「うふふ、そう。楽しそうね。
二人とも、ちゃんと体を浄化していらっしゃい。
夕飯にするわよ」
「はーい」
いつの間にかフェルが家族みたいに溶け込んでいる。
不思議な話だけど、なぜか嫌な気はしない。
私たちは体を綺麗にして、お母さんの手料理にありつくのだった。
そうして、二日間の出張は無事に終わったのである。
翌日。
私はいつも通り、朝から会社の机に向かっていた。
オールスターの第三弾は先月からずっと好調で、ゲーム機も品薄が続いている。
サニアさんに頼んだアーケードも順調らしい。
「私の姉の店で、ブロック崩しがちょっとしたブームになってるらしいわ。
ま、私に任せておけばこんなもんよ」
ドヤ顔を見せるサニアさんは、やたら上機嫌だった。
お姉さんに受け入れてもらえたのが嬉しいんだろう。
「ふふ、よかったですねサニアさん」
「ま、まあね」
私の言葉に、サニアさんは照れているようだった。
それから二週間ほど。
私たちは次の新作の準備を中心に、忙しく働き回っていた。
ネズム国でも販売が順調らしく、追加の発注が定期的に来る。
そんな中、面白い動画がバズった。
ネズム王国の男性ゲーマー『ネズさん』が投稿したものだ。
彼は自分の体を青く塗りたくり、『俺がサニックだ!』と叫びながら野山を駆け回っていた。
いわゆるコスプレという奴だろうか。
マルデアでは初めて見たかもしれない。
それだけではなく、彼はゲーム討論にも熱心だった。
『サニックとマルオはスタ2に出て、どっちが強いか決めるべきだ!』
彼は何度もそう繰り返し、サニック対マルオをゲームで実現させるべきだと主張していた。
「きゃははは、おもろいネズミ!」
フェルは、画面の中のネズさんを指さして大笑いしていた。
でも、なかなか面白い発想をする人だと思う。
マルデアのゲーマーたちはこれを面白がり、色んなコメントをつけていた。
『ネズム人がサニック信者になったか。予想通りだな』
『ゲームキャラになりきってるのね。ちょっとバカっぽいけど、楽しそうだわ』
『サニックやマルオの戦いは実際見てみたいよ』
『スタ2に新キャラが出たら、盛り上がるだろうなあ』
ゲームの展開に関しても、色んな意見が出ているようだ。
「この人たち、スマブルが出たら驚いて転げ回るでしょうね」
サニアさんは、SNSを眺めてニヤニヤしていた。
マルオ対サニックも、スタリーツファイターの新キャラも。
全て今後のソフトで実現する事になる。
今すぐ教えてあげたいくらいだけど、今は我慢だ。
スマブルが出るのは、色んなソフトが一通りマルデアに出揃ってからだろう。
そんな未来をいつか実現させるため。
私たちは日々の業務をしっかりと続けていった。
そして、三月。
まだ肌寒い季節だけど、また地球に行く時期がやってきた。
今回はちょっと、でかいタイトルが待ってるんだよね。
というか作品の規模が大きすぎて、情報が外に漏れてしまったらしい。
既に地球でも、あるトピックが噂になっていた。
日本のSNSでは、こんな見出しが話題を独占している。
『ポツモンのファンたちが熱狂。ついにマルデアで発売か!?』
ああ。
ついにそういう時代が来てしまったのだ。
次に出すゲームは他でもない。
モンスターを集めて育てて、対戦する。
誰もが知る、あのビッグタイトルの登場だ。