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特別編 サニア・ベーカリー(挿絵あり)

サニアさん視点のお話です。


 ガレリーナ社の午後。

 二階のオフィスでは、テーブルを囲んで定例会議が開かれていた。

 リナが出張に出ている時は、基本的にガレナ社長が場を仕切っている。


「今後出して行く新作ソフトは、この表の通りだ。

営業班も翻訳班も人員ギリギリで、厳しいスケジュールをこなす事になるだろう」


 マジックボードに書かれた予定表には、名作タイトルがズラリと並ぶ。

 来月には、あの大作がマルデアでデビューする事になる。


 今後、忙しくなっていくのは間違いない。

 みんなが覚悟して頷く中、社長が続ける。


「アルカナイドの営業は、サニアに任せる事になるが。問題はないか?」

「ええ、大丈夫よ」


 私が了承した所で、一通りの話し合いは終わった。


 会議が終わると早速、私はオフィスの隅に置かれたアーケードの台に向かう。

 これから売り込むゲームの事を、自分の手でよく知っておかなきゃいけない。


 だから、私は何度も何度もクリアできるまでプレイする。

 難しいゲームなら、そりゃもう何時間でもね。


 アルカナイドは、基本的には中毒性の高いブロック崩しなんだけど。

 意外性のあるアイテムが色々と仕込まれている。

 レーザーを撃ってブロックを直接破壊できるようになったり。

 結構ふざけてて面白いのよね。


 ゲームの特徴をしっかり把握しておかないと、営業に出る時に困る事になる。

 だから、このテストプレイは決して遊びじゃない。

 ……、まあ、楽しいけどね。



 私はサニア・ベーカリー。

 元々、マルデアの魔法研究所で働いていた結構なエリート魔術師なんだけど。


 何の因果か、今は小さな小さな販売会社に勤めてる。

 ガレリーナ社って言うんだけどね。


 社員なんて、まだ五十人もいない。

 お給料も普通だし、待遇がそんなにいいわけでもない。


 でも、別にエリートの道に戻るつもりはないのよね。


 それもこれも、ゲームが面白すぎたのが悪いの。


 最初に出会ったのは、ハイパーマルオっていうゲームだった。

 研究所のテストルームに置いてあったゲーム機を、何となく遊んでみたの。


 丸顔のおじさんが、飛んで跳ねて。

 はじめはヘンテコな遊びだなって思ったわ。



 でも、やってみるとこれがなかなか、やめられない。

 マルオは気を抜けば、すぐ落ちて死んじゃう。

 弱そうな敵に当たるだけで、すぐやられちゃうの。

 でも操作をうまくやると、まるでスターのようにかっこよく飛び回る。 


 あれ……?

 これもしかして、面白い?


 そう気づいた時には、私はもうゲームに夢中だった。

 スウィッツの発売と同時にゲームを買って、その日一日遊び倒した。


 凄かった。

 ほんとに楽しかったわ。


 動物になって空を滑空したり。

 動く床にびっくりしてアタフタしたり。

 地上や洞窟、空の世界。森の中。

 色んな場所を、私はマルオと一緒に冒険した。


 カメに当たるだけで倒れちゃうおじさんを、何とかゴールまで進めるのに必死だった。

 ステージに隠された特別なコインを集めるのに、とことん夢中になった。


 今まで体験した事のない楽しさだったわ。

 気が付けば、夜までずーっとコントローラーを握って遊んでた。


 そしたら、最後にでっかいトゲのついた悪いカメが出てきて。

 それを倒したら、生意気に映画のエンドクレジットみたいなのが出てきたのよ。


「え、終わり?」


 部屋の中で一人、そう呟いたのを覚えてる。

 ゲームって終わるものなんだって、初めて知った瞬間だった。

 その時はちょっと、マルオの冒険が終わるなんて信じられなかったの。


 だから、ゲーム機の箱についてた番号に連絡してみた。


 販売会社に話を聞いたら、マルオはレースゲームの世界に行ったんだって。

 あのおじさん、そういう才能もあるのね……。


 燃え上がった私は、次の日有給を取って玩具屋に行ったの。


 でもね、売り切れてたのよ。マルオカーツ。

 もう、ぶち切れたわ。


 だから、その足でガレリーナ社に突撃したの。

 それがリナたちとの出会いだった。


 私は社内にあった地球のゲームたちに魅了されて、一瞬で転職を決めた。

 後悔はなかったわ。

 だって、こんなに面白いものを売って、みんなより先に遊べる仕事なんて。

 最高でしょ。


 私はすぐ、これが自分の天職だってわかったわ。


 でも驚くべきことに、その会社を作ったのは十五歳の少女だった。

 リナはその若さで、一人で地球へ向かって、政府と色んなやり取りをしていた。

 そして、ビデオゲームをマルデアに持ち込んできたの。


 その間には、ガレナさんの手助けがあったみたいだけど。

 あんな小さな体の中の、どこにそんなバイタリティがあったのかしらね。


 彼女は地球の色んな場所に行った話を、いつも楽しそうに語ってる。


「アメリカの雪山に落っこちた時はもう、場所がわからなくて大変でしたよ!」


 まあ、基本的には苦労話っぽくなるんだけどね。

 でも、リナは凄く嬉しそうに話すの。

 特に、ゲーム会社とやり取りをした話なんて、私は幸せ者ですって顔してる。


 ああ、これがリナの生きがいなんだろうなって思った。



 ガレリーナ社のみんなは、全員ゲームが大好きなのよね。

 だから、私たちの目標と思いはブレる事がない。


 色んなゲームをローカライズして、販売戦略を考えて。

 マルデアのみんなに届けるために、精一杯やってきた。

 そして今回は、私が新作アーケードの営業を任された。


「サニアさん、どうっスか新台は?」


 同僚のメソラが、後ろから声をかけてくる。


「渋いわね。なかなかブロックに当たらないからじれったいけど。

アイテムのサポートがあるから頑張って続けちゃうわ」


 ストイックな難しさもあるけど、優しい部分もある。

 上手いバランスで出来ていると思う。


「システムがわかりやすいから、ゲームをやった事ない人でも楽しめそうっスね」

「そうね。新しい営業先を目指してみるのもいいかもしれないわ」


 話し合いながら、私は身内が経営する店の事を考えていた。

 このゲームなら、あの店に持って行けるかもしれない。

 そんな事を考えながら、私たちは明日の営業回りの予定を決めていくのだった。




 そして、翌日。

 私は営業回りの途中に、マルデアの首都から外れた下町に向かった。

 やってきたのは商店街にある小さな喫茶店。

 店に入ると、カウンターに立ったエプロン姿の女性がこちらに気づいた。


「いらっしゃい。あら、サニアじゃない。どうしたの?」


 出迎えてくれたのは、私のお姉ちゃ……。

 もうそんな呼び方はするべきじゃないわね。

 二つ上の姉は、もう大人びた店長の顔をしていた。


「ちょっとね。ここにうちの商品を置いてもらえないかと思って」


 私が商談を持ちかけると、姉は驚いたように目を丸めていた。


「あなた、まだゲームとかいう娯楽の仕事してるの?

父さんが怒ってたわよ。相談もせずに勝手に研究所をやめて、地球の商品を扱う会社に入るなんて」


 呆れたように肩をすくめる姉さん。

 私の仕事は、家族には理解を得られていない。

 まあ、この国でトップクラスの職場から小さな新興企業に転職したんだから、当然かもしれないけど。


「……。私は、この仕事が気に入ってるの。やめるつもりないわよ」


 せめて、姉さんには味方になって欲しいと思っていた。

 ゲームを遊んでもらう機会さえあれば、私の仕事の事もわかってもらえる。

 今日ここに来たのは、そんな理由があった。


「ふうん。エリート主義だったあんたが、そんなに頑固になって。

自分の足で営業回りまでするなんて、よっぽど入れ込んでるのね」


 姉さんは、なんだか楽しそうに私の顔を覗き込む。


「それで、サニアが売りたいものは何なのかしら?」

「……。これよ」


 私は縮小バッグから、アーケードの台を取り出す。


「へえ。随分大きいのね」

「これは、お店でワンコインで遊んでもらうゲーム機よ。

一人でじっくり遊ぶゲームだから、こういうお店にもいいと思ったんだけど」


 音量を小さめに設定すれば、店内の雰囲気を邪魔する事もない。

 遊び方を教えると、姉さんは台の前に腰かけてプレイを始めた。


「ふぅん。こうしてボールをはじいて、ブロックを壊していくのね。あっ……」


 ボールを取りこぼした姉は、すぐゲームオーバーになっていた。


「姉さん、下手ね」

「ちょ、ちょっと待って。今のは勝手がわかってなかったからよ」


 下手といわれるとムキになるのが、私の姉である。


 今度は注意しながらボールを弾き、なんとかステージ1をクリアしていた。


「やったわ! ほら見なさい、お姉ちゃんは凄いでしょ!」


 胸を張る姉さんに、私はつい笑ってしまった。


「ふふ、変わってないわね姉さん。どう? 面白いでしょ?」

「そうね。結構ハマっちゃうわ。サニアって昔からお遊び大好きだったし。

そう。こういうものを売ってるのね」


 ステージを進めながら、姉は感心したように呟く。


「……うん。どうかしら、買いたいと思う?」

「……。そうね。このゲーム、私も最後まで遊びたいし。ちょっと置かせてもらおうかしら」


 さすがにその場で全額とは行かなかったけど。

 とりあえず、お試しで設置してもらう事になった。


「この辺がいいかしらね」


 店の角に台を設置し、これでこの店の営業は終わり。


「じゃあ、またね姉さん。反響がよかったら連絡してね」

「ええ。あ、サニア」


 外に出ようとする私を、姉さんが呼び止めた。


「私はサニアの事応援してるからね。頑張りなよ」


 姉はそう言って、私の肩をポンと叩いた。

 悪戯好きそうな表情は、昔からちっとも変わっていなかった。


「……。ありがと」


 私は小さくお姉ちゃんに礼を言って、店を出た。


 父さんと母さんは、私の仕事に反対している。

 でも、いつか家族みんなでわかりあえるようになりたい。


 そのためにも、ガレリーナが立派な会社だって事を見せなきゃいけない。

 ゲームの楽しさを、もっと世に広めなきゃいけない。


「さあ、まだまだ頑張るわよっ!」


 私は次の店に向かうべく、街を歩いていくのだった。





阿井 上夫さんより、サニアと仲間たち

挿絵(By みてみん)

次はリナ視点に戻ります。

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― 新着の感想 ―
[一言] 挿絵ありの注釈が抜けております
[一言] 喫茶店でゲームと言えば、コインを山積みにしたサラリーマンが遊ぶアレ。 そう、スペースインb……宇宙からの侵略者! 懐かしのテーブル筐体まで再現して、販売しないのだろうか(お目目ギラギラ)
[一言] アクション52の輸入は未だですか?
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