第百二話 ネズム王国
前回までのあらすじ。
妖精のフェルが仲間になった!
二人でまずやってきたのは、会社のオフィスだ。
社員たちに新しい仲間を紹介すると、みんなまじまじと小さな妖精を見つめていた。
「へえ。それじゃあこの子はうちの海外担当社員になるのかしら」
「妖精の社員なんてめちゃくちゃ珍しいっスね」
サニアさんやメソラさんが呟くと、フェルは自信満々に胸を張る。
「フェル、社員! りっぱ!」
まったく、元気だけは一人前だ。
社員の意味わかってるんだろうか。
「あのねフェル。社員って大変なんだよ。
毎日たくさん働かなきゃいけないの。できる?」
私がズイと顔を寄せると、彼女は戸惑うように目を泳がせる。
「……。フェル、たまに社員になる」
つまり、好きにやらせろという事だろう。
まあ、フェルにそこまで働けとは言わない。
出張さえ一緒に来てくれればそれでいいのだ。
ネズム王国は、人口千万人ほどの小さな国である。
あちらの国でも玩具屋はあり、何店舗か展開しているちょっとした老舗がある。
そこに連絡して、話を聞いてもらおうと思ってたんだけど。
そもそも交渉の席につく事自体、まずマルデア人だと無理だった。
通話をかけても全くとりあってもらえない。
「他国の商品は現在、受け付けておりません」
噂通り、この一点張りだ。
ただフェルが一声かけると、あちらの声色が変わった。
「ふぇ、フェルクル様……! そちらにフェルクル様がおられるのですかっ?」
声だけで妖精だとわかったのだろうか。
通話対応のネズミさんは、打って変わって気のいい交渉相手になった。
そこからはトントン拍子に話が進み。
玩具屋の本店にお邪魔して、直接商品を見てもらう事になった。
ついに、初の国外に赴く事になったわけだ。
「ネズミの国、おもろそう!」
「フェル、遊びに行くわけじゃないからね……」
嬉しそうにはしゃぐフェルを諫めつつ。
その日はしっかりと準備を整え、出発に備える事にした。
そして翌朝。
私はフェルと共に都内のワープ・ターミナルへと向かった。
巨大なビルの中では、猫やネズミ、トラや亜人など様々な種族が行きかっている。
ここは、マルデアと他国を行き来するための巨大なステーションだ。
「ここが、世界最大の発着場だよ」
「ほえー。色んな人がおる」
フェルは物珍しそうに、大きな駅の中をキョロキョロと見回していた。
さて。私はカウンターに向かい、予約のチケットを提示する。
「すみません、ネズム国行きの便なんですが」
「ありがとうございます。あちらの二番ゲートへお進み下さい」
受付の女性の案内で、私たちは二人で通路を進んでいく。
さて、次は荷物検査だ。
ポケットから出したカプセル型の輸送機に、検査官が目を止める。
「輸送機の中に大量の機器が入っているようですが、何の輸出ですかな」
「ビデオゲームです」
私が説明すると、彼はカプセルを魔術センサーに当てて中身を精査していた。
「ふむ……。特に危険性はないようですな。どうぞ、通って下さい」
ゲートを通ると、目の前に大きなワープルームが見えてくる。
「本日ネズム王国の首都向け、第十五便のワープになります。
お客様は白いラインの内側に入ってお待ちください」
入口の女性の案内に従い、私たちはワープルームの白線内に入っていく。
一緒にルーム内に入っているのは、大半がネズミだった。
なんか視線が痛い。
二十人ほどが乗り込んだ所で、室内が白く輝きだした。
次の瞬間には、もう私たちはネズム王国にいた。
ルームの外に出ると、歩いているのは大きなネズミさんだらけだ。
彼らの体長は、大人で大体一メートルくらいだろうか。
「あなた、お帰りなさい」
「ああ、今戻ったチュウ」
単身赴任をしていた夫婦なのか、マルデアから戻ったスーツ姿のネズミに女ネズミが抱き着いていた。
みんなチュウチュウ言ってるね。
「おもろい、おもろい!」
フェルはそれを見て、ケラケラと笑っていた。
さて。
ターミナルから出たら、そこはもうネズムの町だ。
大通りには趣のあるレンガ造りの建物が並ぶ。
大きなネズミたちが、思い思いに通りを歩いていく。
みんな服を着て帽子をつけたり、バッグを持ったり。
それぞれのオシャレをして歩いている。
まるで童話の世界みたいだ。
フェルは目立つのでポケットの中に入ってもらい、私はネズミさんの町を進んだ。
「ま、マルデア人だチュウ!」
「肌がつるっつるよ……。変わってるわ」
私の姿を見つけたネズム人たちは、結構大げさにリアクションしていた。
やっぱり国外との壁があるのだろうか。
キョロキョロしながら歩いていると、何やら若い男ネズミたちが近づいて来た。
「へへへ。マルデア人のガキだチュウ」
「よう嬢ちゃん。この通りを無事に歩きたいなら、通行税を出しなチウ。
そうでなきゃ、危ない目に逢っちまうチウ!」
チンピラのような口調のネズミたち。
どうやら、弱そうな外国人から金を巻き上げるつもりらしい。
どこの世界にもワルはいるものだ。
「すみませんが、恐喝の類ならお断りします」
「何だと、このガキっ!」
怒れるネズミは、こちらに向かって殴りかかって来る。
私は手を前にかざし、呪文を唱えた。
「"風よ"」
手元から突風が生まれ、男ネズミがコロコロと吹き飛んでいく。
「なっ……」
「こ、こいつ魔法を使うぞ!」
驚くネズミたちの声に、フェルがポケットから出てきた。
「ふぇ、フェルクルだ!」
「ひいっ、逃げろっ」
どうも妖精の姿が一番効果的だったらしい。
悪ネズミたちは一目散に走り去ってしまった。
まあ、ネズミだからあんまり怖くもなかったけどね。
やっぱり、国外に出ると何かしら問題が起きるもんだ。
でも、尻込みしても仕方がない。
私はこれからこの国に、ビデオゲームを持ち込むんだ。
「よし、いこっかフェル!」
「おうっ!」
私たちは頷き合い、目的地へと向かった。
それから、十分ほど歩いただろうか。
辿り着いたのは、大きな四階建ての玩具屋。
正に老舗といった雰囲気のお店だった。
「すみません、マルデアから来ましたマルデリタと申しますが……」
挨拶しながら中に入っていくと、店員が目を丸める。
「ふぇ、フェルクル様が来られたっ。社長にお伝えしろっ」
フェルを見るや否や、すぐに上に話を通してくれた。
ほんとに妖精効果って大きいんだね。
店の三階に出て、私たちは客間に通された。
少し待っていると、白いスーツを着た恰幅の良いネズミさんがやってきた。
「ようこそ我が店へ。フェルクル殿に、マルデア人のお客さん」
どうやら、この人が社長らしい。
「ガレリーナ社のリナ・マルデリタと申します。よろしくお願いします」
「わちし、フェル」
二人で挨拶をすると、社長は当然のようにフェルの方に向き直る。
「フェル殿は、マルデア人の少女と友好を結んでおられるのですかな?」
「うむ。地球に落ちたフェルを、リナが助けてくれよった」
フェルが説明すると、ネズミさんたちは感心したようにこちらを見やる。
「ほう、はるばる地球へ……。それは勇敢な少女だ」
どうやら私の事を認めてもらえたようだ。
ともかく、商品を見てもらわないと。
私はさっそく商談に入り、テーブルの上にゲーム機を出す。
「ふむ……。これが地球の娯楽品ですかな」
「はい。ビデオゲームと言います」
社長はスウィッツを手に取ると、打って変わって渋い表情を見せた。
「妖精殿を連れて来られたとは言え、商談は話が別です。
ネズム人は遊びにも目が肥えている。
しっかりした商品でなければウチには置けんのです。
では、少し試遊させてもらいましょう」
ボタンに触れ、厳しい目でゲームを始める社長。
中身で勝負なら、こちらには自信がある。
最初に用意したソフトは、オールスターの第二弾だ。
八本のソフトから自由に選んでもらう事にしたんだけど。
彼らが選んだのは、やはりというかアレだった。
「ほう、この青いネズミはなかなか……」
「ええ、何とも言えぬ魅力がありますな」
思った通り。
種族的に近しいサニックのキャラクターが、ネズム人たちの心を捉えたらしい。
社長と営業マンが、画面に見入っている。
「ちゅううっ、なんというスピードだっ」
「社長、これは凄いですぞっ!」
縦横無尽に走り回る青い弾丸に、社長たちは驚きっぱなしのようだった。
「他にも様々なソフトが用意してございます」
畳みかけるように、私はマルオカーツの豪華な映像をモニターに表示する。
「チュおおおおおおおおおおっ、これは!」
「絵の中の世界が輝いておりますぞ、社長!」
二人は興奮してコントローラーを握りしめ、カートを走らせていた。
「ふむ、ふむ。いや、さすがフェルクル殿が紹介される商品ですな。
これは初めて見る素晴らしいものだ。
うちでもぜひ取り扱わせて頂きたい」
そしてあっさりと、百台もの発注をしてもらえた。
これも妖精のおかげかな。
「ありがとね、フェル」
「ふっふっふ、わちしのパゥワーよ!」
舌足らずなフェルは、その見た目も相まって愛らしいものだ。
「ではすぐ輸入の手続きをさせて頂きますが、いつからお店に置いて頂けるでしょう」
「それはもう、明日からでも販売させて頂きたいですな」
体を乗り出してくる社長は、かなり乗り気のようだ。
ゲーム機をお店に置いてもらったら、ネズム人たちの反応も見ておきたい。
出張はもう少し続きそうだ。
そういえば、今頃サニアさんはアルカナイドを売り込んでるかな。
まあ、彼女に任せておけば問題はない……。うん。
テストプレイと称して遊びまくってなければいいけど。