第百一話 崩し
パプアニューギニアの旅を終えた私とフェルクル。
最後にやってきたのは、やはり日の丸の国である。
さて、日本といえば新作ソフトなんだけど。
今回はまたアーケードを一つ、マルデアに持ち込もうと思っている。
家庭用ゲームは、以前出したオールスターで今は十分だ。
プレイヤーたちはきっとまだ、クロナやティルスなどの攻略に今も夢中だろう。
それに、また来月凄いソフトが控えてるんだよね。
なので今回は、ちょっと趣を変えたシックなタイトルに手を出してみる事にした。
やってきたのは、老舗のアーケードメーカー。
TAITAだ。
これまで私は、家庭用のソフトに合わせてアーケードを出してきた。
スタ2。ぷやぷや、フェイナルファイツ。
なかなか賑やかなゲームばかり選んできたよね。
でもアーケードには、じっくりと腰を据えて遊ぶものも沢山ある。
その代表的なジャンルの一つが『ブロック崩し』だ。
下部にあるバーを左右に動かし、跳ね回るボールを上に弾き続ける。
そして、上空にあるブロックを全て破壊出来たらクリア。
ボールを下に落としてしまったら負け。
シンプルながら、ついやり込んでしまうゲーム内容だ。
ブロック崩しは、1970年代後半から存在するクラシックな遊びなんだよね。
そんなジャンルの中で大ヒットを生み出したのが、今回扱うこの作品。
1986年に発売された、TAITAの『アルカナイド』だ。
ブロック崩しにアイテム制など様々な遊びの要素を盛り込み、大ヒットとなった。
私も前世の子ども時代によく遊んだ、思い出の作品だ。
ビルの一室に入ると、懐かしいあの台がしっかりと用意されていた。
「わあ、やっぱりブロック崩しといえばこれですね!」
鼻息を荒くして台に触れる私に、開発者の方々は顔を見合わせる。
「ははは、そう言って貰えると嬉しいですな」
和やかに話し合っていると、フェルがゲーム台に飛びついた。
どうやら、プレイするつもりらしい。
「ふぉーーっ。てやーーっ」
全力で左右にバーを動かし、ボールを飛ばす。
なんていうか、じっくり遊ぶゲームに対する姿勢とはだいぶ違う気がするけど。
一応、彼女なりにがんばってブロックを崩しているようだ。
「妖精さんもゲームが好きなんですなあ」
対応してくれた営業さんも、遊ぶフェルを見て笑っていた。
「ううぅ、しんだぁーーーっ」
ゲームオーバーすると、またアーケードの上でぶっ倒れるフェル。
ちょっと大げさなんだよ、この子。
その後。ゲーム機や各種アーケードを輸送機につめ込んだら、今回のお仕事はおしまいだ。
アルカナイドは、とりあえずまた五百台からのスタートになる。
さあ、今月は国外進出もあるし。忙しくなるよ。
「フェル、帰るよ。つかまって」
「うむ」
妖精の少女が体にしがみついたのを確認し、私は腕のデバイスを起動した。
マルデア星。
研究所から出ると、フェルは周囲を見回して驚いていた。
「マルデアだっ! フェル、帰ってきた!」
やっぱり、母星に戻れて嬉しいらしい。彼女は手を上げて喜んでいた。
「よかったね。まずは友達に顔見せてあげたら?」
「うむ。いったん帰る! さらーば!」
そう言うと、フェルは元気よく私の地元の方へと飛んでいくのだった。
さて、あの子の事は後にするとして。
私も仲間のもとに帰ろうかな。
ワープステーションを経由してオフィス街を歩けば、見慣れたビルが見えてくる。
ガレリーナ社の二階に上がっていくと、何やらみんながオフィスでざわついていた。
何かあったんだろうか。
「ただいま戻りました」
声をかけると、サニアさんが振り返った。
「お帰りリナ。ちょっと面白い事になってるわよ」
「面白い事?」
首をかしげると、メソラさんがニヤニヤと笑う。
「有名な映画監督が、テレビでゲームの話をしたっスよ!」
「えっ」
どういう事だろうと目を瞬かせていると、サニアさんがデバイスで動画を見せてくれた。
私も顔を知ってるマルデアの映画監督が、ニュース番組に出演しているようだ。
『監督が次に手掛けたい原作や、気になっている作品などはありますでしょうか?』
インタビュアーの質問に、監督は悩ましげに唸る。
『うーん。そうだねえ。映画化出来るかどうかは全然わからないけど。
僕は今クロナ・トルガーという作品にハマってるんだ』
『クロナ……? 小説でしょうか?』
『いや、ビデオゲームというやつさ。
タイムトラベルのような架空技術と、古代の魔法文明が重なった世界観。
時を越えて展開する壮大なストーリー。僕は好きだねえ……』
『は、はあ……』
インタビュアーはあまり理解していないようだったが、監督は楽しげにクロナを語っていた。
「ゲームも結構、話題になってきたものよね」
「そうですね……」
ゲームの凄さがわかる人たちが、ちょっとずつ増えてきている。
私はサニアさんと頷き合い、嬉しさを噛みしめていた。
ただ、仕事を忘れちゃいけないよね。
「そうだ、新しいアーケードが入ったんですよ」
私は輸送機からアルカナイドを取り出し、みんなに見せる事にした。
「へえ、これが噂のブロック崩しっスか!」
「ストイックな感じね」
これまでとは雰囲気の違うアーケードに、ガレリーナ社のみんなも興味深々だ。
さっそく調査と称して遊びまくるサニアさんたちだけど、結構難しいのかすぐ死んでいる。
「ふむ。これはそこまで派手な感じもないし、喫茶店なんかに良いかもしれんな」
「ええ。じっくり遊ぶゲームなので、静かな店にも合うかもしれませんね」
ガレナさんと話し合っていると、フィオさんが顔を上げた。
「そう言えば、フェルクルはどうなったんですか?」
「はい、地球にいたので連れ戻してきました。
協力を取り付けたので、ネズム国にもそのうち行ってみたいと思います」
私が手を広げて見せると、ガレナさんが腕組みをして頷いた。
「ついに国外進出か。そちらも戦略を練っていかねばな」
アルカナイドの販売については、とりあえずサニアさんたちに任せる事にした。
私はガレナさんとネズム国への進出について話し合い、今日の仕事を終えた。
疲れた私はそのまま家に帰り、ゆっくりと眠ったのだった。
そして、翌朝。
ベッドで目を覚ますと、いつもとは何か違う光景が目に入った。
掌くらいの大きさの光が、幾つも部屋のモニターあたりに群がっている。
どうも、近所のフェルクルたちのようだ。
「ほう、これがフェルの言っておった"びでおげいむ"か」
「ボタンを押したら、絵の中の男が動くわ!」
「おもろい、おもろい!」
彼らはゼルドに興味津々のようだ。
コントローラを叩いて、キャラが動く事に喜んでいた。
「……。あの、何してるんですか?」
声をかけてみると、フェルクル達が振り返った。
すると、髭面のおじいさん妖精がこちらに近づいてくる。
「目を覚ましたか。わしはその辺の草むらを治めておる者じゃ。
リナとやら。フェルを助けてもらった事、感謝しよう」
「……、はあ」
どうも、フェルのお礼を言いに来たらしい。
ただ、若い妖精たちはみんなゲームの方に夢中だけどね。
「走った、走った!」
「剣を振ったわよ!」
「このボタンで攻撃するみたいだぜっ」
魔法でスティックやボタンを操作しているのだろうか。
キャッキャと盛り上がる小さなフェルクルたち。
まあ、楽しそうで何よりだ。
ぼんやりと眺めていると、おじいさんが咳ばらいをした。
「ゴホン。さて、我らフェルクルには掟がある。『恩人には報いよ』とな。
別にそれを破ったら罰があるというわけではないが、何となく気分が悪くなるじゃろう……」
罰、ないんだ。
まあ妖精って好き勝手に生きてるし、その辺も雑なんだろう。
「フェルはアホの子じゃが、そなたへの恩を返したいそうじゃ。
まあ、たまに役に立つ事もあるじゃろうて……。
では、さらばじゃ」
一方的に言い終えると、おじいさんは窓の外へ飛んで行ってしまった。
かわりにやってきたのは、地球で助けたあの子だ。
「というわけだ! フェルが助けてやるから、カンシャするよろし!」
ドンと胸を張る小さな少女は、とてもアホっぽかった。
でも、これでネズム国進出のサポートは正式に整った。
「じゃあ、よろしくねフェル」
「うむ!」
私が人差し指を差し出すと、フェルはそれを握ってブンブンと握手した。
その間も、他の妖精たちは心ゆくまでゼルドを遊び。
でかいモンスターを相手にゲームオーバーを繰り返していた。
「こんなの無理だよぉぉ」
「もうダメぇ……」
この子たちが信頼の証になるなんて、ネズム国の将来が心配だよ。