第百話 妖精ってゲームやるの?
泉でフェルクルとカムル君を回収した後。
私たちは再び森を駆け、集落へと向かった。
村に戻ると、大人たちがすぐに集まってきた。
「カムル! 村の決まりを破るとは何事だ!」
「子どもは森に入っちゃいかんと言っただろう! 命を投げ捨てたいのかっ」
怒鳴る大人たちに、少年は怯えたように頭を下げる。
「ご、ごめん。でも、魔法の水を取って来たんだ。これで母さんを……」
「そんな迷信まがいのもので、病気が治ると思うのか!」
当然、子どもが魔法なんて言っても大人は受け付けない。
らちが明かないし、ここは私が話そう。
「すみません、みなさん。ちょっとよろしいですか」
私が帽子を取ると、フェルもポケットから出てくる。
「き、君は……」
「桃色の髪……。それに、こっちは妖精か……?」
「まさか、リナ・マルデリタなのか!?」
どうやら、ここの人たちも私の事は知っているようだ。
「はい。泉の水には、フェルクルの『浄化』と『回復』の力が込められていました。
衛生面もほぼ問題なく、飲めば体調が改善するでしょう」
「ほ、本当かね。ならば、動物たちが大きくなっているのは……」
「ええ、泉の水のせいだと見ていいでしょう。
すみません、マルデアの者がご迷惑をおかけして」
私が謝罪を述べると、村人たちは困惑するように顔を見合わせる。
すると、村長が前に出てきた。
「さっきも言ったが、特に問題はない。むしろ村に恵みを与えてくれたことを感謝しよう。
それから、カムルを連れ戻してくれたようだな。村の長として礼を言わせてもらいたい」
「い、いいんですよ。ついででしたから」
深々と頭を下げる村長に、私は慌てて手を前に出す。
とりあえず、村との話し合いは穏やかに済んだようだ。
カムル君は、早速魔法の水を持って自分の家に走っていった。
重病だったら治らないかもしれないけど、その時は私が何とかしようかな。
そう思っていたら、彼はすぐ母親を連れて戻ってきた。
「ほら見ろ母ちゃん、リナがいるだろ」
「本当だ。ありがたい事があるもんだねえ……。
体のつらさもすっかり吹き飛んじまったよ」
どうやら、親御さんも元気になったようだ。
「凄いね、フェルの妖精パワーでお母さんも治っちゃったみたい」
「いひひひ」
私が褒めると、フェルは楽しそうに周囲を飛び回る。
母親はそれを見て、ニコリと笑った。
「妖精さんも、ありがとうよ。あたしたちの恩人だ。感謝するよ」
「ありがとな!」
親子と話を終えると、私たちはすぐに村を出る事になった。
「じゃあ、行きましょうか。リナさんをニューギニアの首都にご招待するわ」
「ありがとうございます」
私たちは足早に森を抜け、車で首都のポート・モレスビーへと向かった。
この国もカナダに続き、イギリスの女王が元首に当たるらしい。
イギリスさん半端ない……。
とはいえ、毎回あの女王様が来るのも大変だ。
私は国会議事堂に案内され、首相と挨拶する事になった。
「ようこそ、ニューギニア島へ。はるばる大変だったでしょう」
「いえ、こちらこそ色々と迷惑をおかけしまして」
一応、妖精の顛末については話しておいた。
何しろこの国の一部地域の生態系を、一時的にとはいえ変えちゃったからね。
黙っておく事はできないよ。
「ほう、ではこの生き物が妖精殿ですか……!」
首相たちは、私のポケットから出てきたフェルに目を見張る。
「ええ。この子がいた影響で、泉に異様な栄養がついてしまいました。
ご迷惑をおかけしました」
「めいわく、すまん」
フェルは割と謙虚に頭を下げていた。
「動物がちょっと大きくなるくらいでしたら、全く問題はありませんよ。
現地の人々も、食料が増えて喜んでいたでしょう」
首相まで同じ事言ってる。たくましい国だね。
その後、穏便に縮小ボックスを渡して会談は終わった。
その日はホテルで宿泊し、翌朝は国立公園を見せてもらった。
そこで見た赤い羽根を持つ鳥は、パプアニューギニアの国旗に描かれている鳥らしい。
いわゆる国鳥を見せてもらったところで、ニューギニア島の旅はおしまいだ。
迎えのチャーター機に乗って、ニューヨークへと向かう。
スマホで地球のSNSを眺めると、やっぱりフェルの事が話題だった。
首相官邸で撮影されたフェルの映像は、世界のトップニュースになっている。
『本物の妖精が地球に来た!』
『かわいぃぃぃぃいぃぃ』
『触ってみたいんだけど……』
『俺、ベトナムであんな感じの生き物見た気がするわ』
『お友達になりたいなあ』
『ニューギニアには本物の魔法の泉があるって事か』
『ご利益がありそうだわ。行ってみようかしら』
さっそくネット中で大人気のフェルだけど。
当の本人はというと、窓に張り付いて目を丸くしていた。
「でっかいトリ! 飛んどる!」
どうも、空を飛ぶ飛行機が気になるらしい。
まあ、マルデアの移動手段はほぼワープだから、こういう乗り物は珍しいんだろうね。
機内を飛び回るフェルは、とても楽しそうだった。
さて、いつもは省略するフライトだけど、結構長いんだよね。
仮眠もとるけど、私はよくゲームを遊んでいる。
今は、フェイナルファイツでギャングたちをなぎ倒している所だ。
戦いに熱中していると、ふわふわと妖精が飛んできた。
「このキカイ、なーに?」
今度はスウィッツに興味を持ったらしい。
「ゲームだよ。やる?」
「うん!」
私が差し出すと、彼女は魔法でゲーム機を宙に浮かべる。
そして、ボタンをパンパンと叩いて遊び始めた。
私の操作の真似をしたんだろう。
割とちゃんと敵を攻撃して、プレイを進めているようだ。
でも、これは簡単なゲームではないんだよね。
案の定、ライフが削られてすぐにゲームオーバーだ。
「うわあああっ!」
チンピラたちに打ちのめされたフェルは、そのまま隣の座席に倒れ込む。
「やられた……。フェル、もう終わり……」
自分が死んだような気分になったのだろうか。
彼女はシートに横たわり、静かに目を閉じた。
しょうがないなこの子。
「これ、何回でもやり直せるよ。ほら」
私がコンティニューの操作をしてあげると、彼女は起き上がる。
「ほんとかっ、ならやったる!」
そして、席の上でまたゲーム機と格闘し始めた。
「とえっ、くやあっ!」
フェルクルもゲームにハマるんだね。
なんだかすごい光景だ……。
「ねえフェルクル。それ面白い?」
「なかなかっ!」
こちらに目を向けない程度には、夢中になって遊んでいるらしい。
「じゃあ、それをマルデアの国外に広めるために、ちょっとだけお手伝いしてくれたり、する?」
「ム……。フェルクル、助けられた恩はかえす。それくらいは、やってやろう」
妖精にもプライドがあるらしい。
ともかく、協力を取り付ける事ができそうな感じで、とりあえず安心ってとこかな。
国連に到着すると、私はいつもの会議室へと向かった。
「ふむ、彼女が妖精か。マルデアからマルデリタ嬢以外の人が来るのは初めての事だな」
外交官のスカール氏は、マルデアからの新しい客に興味津々と言った様子だ。
「すみません、こちらの不手際でフェルクルを落としちゃいまして」
「すまぬ」
私が頭を下げると、フェルも真似してテーブルに頭をつける。
意味がわかってやっているのかはよくわからないけど、可愛らしいから許せる所はある。
スカール氏の表情も、すこし綻んだように思えた。
「いや。こういう事もいつかは起きると考えていた。
しかし、一人落ちただけで周囲の生態系を変えるほどの力があるとは。
対策を考えねばならんか……」
「まあ、フェルクルはマルデアでもちょっと特別な生き物ですので。
こんなに影響を与える事はそうそうないと思いますけど、私も今後は気を付けます」
悩めるスカール氏との会話を終えた後。
ニューヨークを後にしたら、次はいよいよ日本だ。