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2/17

第一幕

「起きて、龍野(たつの)君、ねえ起きてくださいよぉ」


俺は自分を呼ぶか弱い声で意識を起こされた。


「うーん、なんだよ、母ちゃん。あと五分は寝られるじゃん、おやすみ~」


「ふぇぇ!あ、あの、私、あなたの母ちゃんじゃないですよ。起きてくださいよぉ!」


「うん?」


目を開けると、少女が涙目で俺を覗き込んでいた。


「起きてくださいよぉ。私どうしたらいいんですかぁ」


というか、泣いていた。


めちゃくちゃ焦った。


「起きる!起きるから泣くなって!な?」


本当ですかぁと疑うような顔で見てきた。


起きるってと言いつつ、俺はいつものように手をついて起きようとした。


そして、気付いた。


あれ、俺なんで縄で縛られてるんだ?


俺は腕を背中に回した状態で手首を縛られ、さらに動き回れないようにか両足首も縛られていた。


そのことに気づいてからすぐに、気を失う前の出来事を思い出した。


そして、俺はばっと起き上がり五乃色の顔を見た。


五乃色(ごのしき)!」


「は、はい!」


俺に突然呼ばれて、五乃色が驚いたように返事をした。


「無事か、五乃色」


俺の問いかけに五乃色がきょとんとした表情を浮かべた。


そしてクスクスと笑い出した。


「私は大丈夫ですよぉ。ご覧の通り、手足を縛られてはいますがピンピンしてます」


俺と同じように縛られているが、怪我は無さそうだ。


良かった、と俺は安堵のため息をついた。


「龍野君ってば、おかしな人ですね」


何を突然言い出すんだと表情に出ていたのだろう。


五乃色が続けた。


「自分だって攫われて、縛られている状況なのに、他人の心配をするなんておかしな人ですよ」


「そうかぁ?そんなことないと思うけどな」


「そんなことありますよぉ」


おかしいです、おかしいくらいに、優しいですと五乃色は嬉しそうに笑った。


俺はその明るい笑顔に、見惚れてしまった。


五乃色は笑顔を浮かべているかと思えば、その表情はすぐに焦り顔になった。


表情がクルクル変わる娘だな。


「って私のことより、龍野君のことですよぉ!お腹大丈夫ですか?頭痛くないですか?」


今度は俺がきょとんとしてしまったが、すぐに何のことかわかった。


そういえば、俺気ぃ失うぐらい殴られてるんだった。


気付いたら急に痛みが襲ってきた。


腹と頭と、あと首が痛い。


我慢は出来るが結構痛い。


あの茶髪野郎。思いっきり殴りやがって。


俺は自分を気絶させた相手を思い出した。


「ねぇ、大丈夫ですか?意識はっきりしてますか?はっ、さっき私をお母様と間違えたってことはやっぱり意識が混濁しているのでは!どうしましょう、病院・・・そう!病院に連れて行かないと。救急車を呼ばないと、って今日も携帯は家に忘れてるんでしたぁ。あっ、なら外に出て人に助けを求めましょう!タクシーが拾えれば直接病院に行けますし、ってなんで私は手足が縛られてるんですかぁ!早く龍野君を病院に連れて行かないといけないのにもうーーーーーーーーーーーーっ!」


俺が黙っていると五乃色が俺を心配してか暴走を始めていた。


もうーっと叫びながら体を揺らしていた。


「だ、大丈夫だぞ、五乃色。全然痛くないし、意識もはっきりしてる。だから落ち着けって」


俺が声をかけるとピタッと動くのをやめてこちらを向いた。


そして。


「ふぇぇぇぇん!良かったですぅ!私のせいで龍野君が死んじゃったらどうしようかと思いましたぁ!」


また泣かれた。


「あーもう!泣くなって。大丈夫だから。な」


俺は五乃色をなだめる。


いや、本当はめちゃくちゃ痛いがこれを見る限り、今は黙っていた方が良さそうだ。


徐々に泣き止み始めた彼女を見てそう思った。


これ以上心配はかけられない。


「本当に、本当に大丈夫なんですか?痛くないんですか?」


まだ涙目の彼女が聞いてきた。


「大丈夫、大丈夫。元気一杯だっての」


俺は強がった。


「ヒック、ヒック、良かった、良かったです。本当に・・・良かったです」


囁くように五乃色は言った。


どうやら信じてくれたらしい。


まだ少し泣いているが笑顔を向けてくれた。


俺はなんだか申し訳なくなり、その笑顔から逃げるように周りに目を移した。


どうやら、どこかの倉庫のようだ。


コンテナが並び、山積みになっていた。


俺たちから少し離れたところには、俺たちのカバンとかが放置されている。


近くに犯人の誰か一人ぐらいいるかと思ったがどうやらいないようだ。


五乃色以外の人の気配がしない。


攫うところを目撃されたり、攫った人間を放置していなくなったり、どこか抜けている連中が犯人だなという印象を受けた。


手足を縛っているから逃げられないとタカをくくっているのか、それとも、こんな子どもに逃げる度胸は無いと思っているのか。


いや、その両方か。


「あの、龍野君」


「ん?どうした?」


周りを見ていると五乃色が声をかけてきた。


どうやら泣き止んでくれたようだ。


「えっとですね、私が攫われそうな時、なんですぐに逃げなかったんですか?」


俺はピタリと動きが止まった。


表情も凍っていただろう。


五乃色は構わず続けた。


「私を攫った人たち、やっちまったって言ってましたよ。逃げてくれたら手間が省けたのにって。たぶん、逃げ出してたら逃げれたと思いますよ」


聞かれたくないことを聞かれた。


助けようとして、でもびびって動けなかったなんて恥ずかしくて言えるわけない。


よし、話を逸らそう。


幸い逸らしやすい話題が出てきたことだし。


「・・・普通逆じゃね?逃げられて、目撃者残す方が厄介だろ」


「あれ?言われてみればそうですねぇ。なんででしょうか?」


「そうだな、なにか人が増えたら厄介なことがあるとか?」


話が逸れてきて助かった。


このままごまかせられれば。


「そうですねぇ。ま、考えてもわからないことは後回しです。それで、なんで逃げなかったんですか」


鈍くない女の子だった。


いや、流していい話じゃないだろ。


なんでそんなこと気にするんだよ。


「俺が逃げなかったことよりも気になることだと思うけど」


抵抗してみた。


「私はそうは思いませんよぉ。私にとってはこっちのほうが大事です。ねえ、なんでですか?」


駄目だった。


勘弁してくれよ。


言いたくないんだってば。


同級生の女の子に格好悪いとこ見せたくないんだって。


「私を助けないとー、とか考えてくれたんですか?」


そりゃ考えるって。


目の前で困ってるやつがいたら助けるもんだろう。


当たり前だ。


「助けねえと、とは確かに思った」


結果は動けず共倒れだが。


それでも。


「やっぱり!」


なぜだか五乃色は嬉しそうに笑った。


「倒れるまで、相手のことすっごい形相で睨んでたんですもん。私を助けてくれるかもって、あの時思わず期待しちゃいまいたからぁ」


期待が重い。


中学生に何を求めてるんだ。


いや、応えようとはしたんだけども。


「結果は一緒に捕まっちゃいましたけどね」


「それは悪かったな。一緒に捕まっちまって」


嫌な言い方をしてしまった。


しかし、五乃色はそんなこと気にしてない様子で、優しく首を横に振った。


「全然悪くないですよぉ。相手もなかなか強そうでしたし、あそこで助けようとしていたらたぶん、龍野君ともうお話できなかったと思います。だから、今こうして話せていることが嬉しいですよぉ」


本音を言えば、逃げてくれたら一番良かったんですけどね、と五乃色は笑った。


おいおい、話できなかったって。


「怖いこと言うなよ」


「ふふっ、すみません。でも助けてくれようとしてくれたことは嬉しいです。ありがとうございますね」


笑顔のまま、お礼を言われた。


俺はその笑顔から顔を逸らした。


この状況に相応しくないほどに眩しい笑顔を、何も出来なかった俺が、受け取る資格は無いと思ったから。


そこでふとある疑問が浮かんだ。


もっと早く浮かぶべき疑問だった。


そういえば、なぜ彼女は誘拐されたのだろうか。


肩口まで伸びた青い艶やかな髪に、ちょっと青みがかった可愛らしい大きな瞳、桜色に色づく唇、と整った顔立ちをしている少女。


一般的に美少女に区分されるだろう彼女は、もしかして誘拐される何か大きな理由があるのだろうか。


親が金持ちって話は聞いたことないが。


俺は笑顔の彼女に向き合った。


「五乃色はさ」


彼女は首をかしげた。


「誘拐される理由に何か心当たりとかある?」


心当たりがあるなら知っておきたい。


状況を知ることで今を打破するきっかけがつかめるかもしれない。


「えっと、そうですねぇ」


五乃色は思案顔を浮かべた。


「心当たりはあると言えばありますが、これは今は大丈あ、・・・全く全然これっぽっちも無いですね。皆目見当もつきません。なぜ私は誘拐されたんでしょう?」


「いやあるじゃん!」


思わず声が大きくなった。


なんでごまかせると思ったの!


周りに犯人がいなくて本当に良かった。


いたらうるせえって殴られてたかもしれない。


というかいてくれたら直接聞けた分マシだったかもしれない。


教えてくれるかは別として。


「あの件は大丈夫なはずですから、大丈夫です!何か緊急事態が起きていたら私にも連絡が来るはずですから!だから大丈夫です!」


失言だったのだろう。


彼女は焦って大丈夫と連呼してきた。


だが、聞き流すわけにはいかない。


「なんで関係ないって言いきれるんだよ!その底抜けの自信はどこから来るんだ!緊急事態って今じゃねえか!今!ナウ!」


ムゥゥっと顔をしかめられた。


しかめたいのはこっちだっての。


なんか急に話通じなくなったな。


俺はハァとため息をついた。


「あのよ、なんで大丈夫なのか、俺が納得できる説明をしてくれねぇか?その説明じゃ何にも伝わらん」


「この件は他言しちゃいけないんですよ。だから伝わるも何もありません」


困ったように言われた。


だから、困りたいのは俺なんだって。


それが俺の顔に出ていたのだろう。


「・・・まあ、そうですね。確かにこれで納得しろというのは無理がありますよね」


しょうがないという顔をされた。


そして、いいですか、と彼女は言葉を続けた。


「あの件というのは、私が今住んでいる所とはとても離れた所の話なんですよ。およそ干渉できる距離ではないですし、干渉したことがばれないようにするのも難しい場所です。だから、あの件に関することならすぐに何かしらの連絡が来るはずなんです。その連絡がないということはあの件とは別件ということです。私が今言えるのはこれくらいなんですよぉ。これでどうにか納得してもらえませんか」


「納得って言われてもな・・・」


正直、納得できるわけがなかった。


住んでるところから離れているって外国のことか?


それに連絡って誰から来るんだよ。


しかもその連絡がすぐくるってどうして断言できるんだよ。


聞きたいことは山ほどある。


もし、その連絡ってのが来なくて、その件に巻き込まれているなら、他言しちゃいけないって言っても俺には聞く権利ぐらいあるはずだ。


もし違ったとしても、緊急事態だ。


心当たりとして話してしまっても仕方ないんじゃねぇかとも思う。


しかし、彼女はこれ以上説明するつもりはないらしい。


これ以上聞いても、俺が期待する答えは返ってこないと思う。


それに、いつまでこんな風に話をしていられるかもわからない。


誘拐犯が来ないとも限らないんだ。


それなら、逃げる方が先決な気がする。


だから今は、何も聞かずに彼女を信用するしかないのかもしれない。


「はぁ、わかったよ。今はこれで納得する。正直聞きたいことは一杯あるけど、聞かない」


「ありがとうございます!もっとちゃんと説明出来たら良かったんですけど、すみません」


申し訳なさそうに謝ってきた。


「いいよ、それよりも今はこの状況をどうにかしようぜ」


理由より今は状況改善だ。


「はい!って言っても、どうしますか?」


「とりあえずこの縄だろう」


俺は縛られている足を少し掲げて見せた。


この縄さえ切れれば逃げられるかもしれない。


「なあ、五乃色。一応聞くけど、何か縄を切る物とかないか?」


俺はあまり期待せずに聞いた。普通はそんなもの持ってないだろう。


五乃色は切る物ですか、と考える素振りを見せた。


「極細糸ならいつも鞄に入れて持ってるんですけど、縄に巻きつけるまでが難しいので、切るのは無理なんですよね。巻きつければ指を引くだけで切れるんですけど」


何か聞き覚えの無い単語が出てきた。


ゴクサイシ?


「五乃色、そのゴクサイシってのは、何?」


「ああ、普通知らないですよね」


彼女はそういえばという顔をした。


「極細糸というのは、極めて細い糸って書くんですけど、まあその名の通りとっても細くて、さらにとっても頑丈な糸のことです。大きい傀儡人形を動かす時とかに使うんですよ。あとは、まぁ何かを切る時とか拘束する時に使えますね」


「なんか怖いこと言い出したんだけど!」


まさか、同じ境遇の奴から予想外の恐怖が来るとは思わなかった。


「何その糸、なんでそんな危ないもん持ってんだよ」


「ちゃんと使えば怖くないですよぉ!失礼ですね。我が家に代々伝わる由緒正しい糸なんですから」


頬をぷくっと膨らませて五乃色が言った。


いやいや、待て待て待て。


普通の女子中学生がそんな物持ってるか。


あいつはどうだ?


鈴子なら持っているか?


いや、あいつはあいつで普通じゃなかった。


キレるとすぐに薙刀(競技用)振り回すようなやつだ。


普通の基準にしたら駄目だ。


というか、少ししか話してないけど何となく察してたよ。


五乃色も普通ではない!


「・・・五乃色の家って何してんの?」


とりあえず、一番気になったことを聞いた。


「・・・それも内緒です」


プイッと顔を背けられた。


「内緒だらけじゃねえか!」


これも流さないといけないの!


この子は俺のスルースキルを鍛えて何がしたいの!


なんかもう別の意味で頭痛くなってきた。


「だって、しょうがないじゃないですか!話しちゃ駄目って言われていることばかり聞いてくるんですから!もっと私が答えられることを聞いてくださいよぉ!」


無茶苦茶言ってくるなこの子。


「じゃあ、何なら答えられるんだよ」


俺は半ば諦めて聞いた。どうせ、何もありませんとか言うんだろう。


「えっ・・・好きな人とか?」


斜め上の回答だった。


「今俺とコイバナしてどうすんだよ・・・」


半分期待した俺が馬鹿だった。


「あはは~、ですよねー」


五乃色は苦笑いを浮かべた。


さっきの失言と言い、この子考えずにしゃべり過ぎだろ。


こんな調子で、将来大丈夫か?


思わぬ失言して大失敗しそうでちょっと心配になってきたぞ。


「あぁ、でもっ、極細糸が使えれば縄が切れるっていうのは確かですよ」


五乃色は露骨に話を戻してきた。


「縄に巻ければ切れるけど、巻けないから無理なんじゃなかったか?」


さっき彼女が言っていたことだ。


この際いろいろ流して話を進めるしかない。


もう何個流しても彼女を信じることには変わりはない。


「その言い方はちょっと違います。私一人じゃ巻くところまでいくのが難しいから無理ってことです」


「どういうことだ?」


わからずに聞き返した。


「今、ここには私と龍野君の二人がいます。つまり!二人で協力したら出来るということですよ!」


俺は今まで生きてきた中で、一番のドヤ顔を見た。


というわけで、連続投稿!なんとかプロローグと同じ日にあげたかったなぁ。


設定難しいよ。


ちなみに、誘拐されているのに緊張感が微妙に無いのは、五乃色さんのせいです。


もっとクールキャラの予定だったはずなのに何故・・・。


さて、続きは明日、と言いたかったのですが、日付が変わってしまったので今日の投稿になります。


それではまた本日お会いしましょう。


追記

プロローグ同様、書き方を変更しました。

少しでも読みやすくなっていれば幸いです。

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