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聖女としての帰還

 あれから三日。

 丸三日間、疲労から寝込んでいたミアが目覚めてから最初に耳にさせられたのは、やはりリスティーゼの訃報であった。


 教会内の個室にて、ベッドに横たわったままミアは話を聞かされている。

 そばに腰掛けている年老いたシスターは心痛に顔を歪めている。


「リスティーゼは亡くなったわ」

「そう、ですか……ご遺体は?」

「運ぶことは叶わなかったそうよ。それに見たものがいるの、彼女の遺体が魔族に……」


 そこまで口にしてから、シスターは声を漏らして泣き始めた。

 二人きりの静寂の中、嗚咽する声が響く。


 彼女が言いよどんだことの察しはつく。

 要するに魔族に食い荒らされたということだろう。

 ミアも戦場で散々目にしてきた光景だ。

 さして驚くようなことではない。


「ごめんなさいミア。一番に悲しいのはあなたなのにね」

「いえ、私は大丈夫です」

「無理をしないで――とはごめんなさい、言えないわ。その、実はね、あなたが次の聖女になることが決まったの」

「私がですか?」

「ええ、そうよ」


 聖女とは魔族との戦争における象徴だ。

 その存在は全皇国民の希望であり、聖騎士団の精神的な主柱でもある。

 聖騎士団員たちの士気を上げ、戦いを続けていくためにもなくてはならない存在だ。

 けっして空席のままにしておくわけにいかない。


 ではリスティーゼが亡きいま、誰が聖女となるべきかといえば。

 それはやはりミアであろう。

 リスティーゼに次ぐ神聖魔法の使い手である彼女が聖女となるのは、いわば既定路線のようなもの。

 聖騎士団ひいては皇国の上層部において、これまでに挙げられてこなかった話でもない。


「わかりました。謹んでお受けします」

「いいの?」

「はい。それにどうせ拒否する権利はないのでしょう?」

「でも……」

「心配しないでください。私は大丈夫ですから……ごめんなさい、ちょっと一人にしてもらえますか?」


 ミアは無理に取り繕ったような笑顔を浮かべ、シスターに部屋から退出するよう促した。

 申し訳なそうな顔をして立ち去っていく彼女の後ろ姿をベッドから見送る。


 天井をぼんやりと眺める。

 自分の呼吸の音だけが耳に聞こえる。

 明るい日の差し込む窓辺からほかの雑音は聞こえてこない。


 リスティーゼは死んだ。


 その事実は胸にすとんと落ちた。

 不思議と自然に受けいれられた。

 泣き叫びたくなるような衝動が生じることもない。

 心は凪いだままだ。


 しばらくし、ミアはベッドから起き上がった。

 凝り固まっているように感じられる体を引きずり、部屋を出て教会の外へと出る。


 庭先を歩いていき裏手に回れば墓地がある。

 ぶ厚い石板を地面に直接突き刺したような墓石がいくつも並ぶ、簡素な墓地だ。

 誰かを祀ってあるようにはとても見えない、本当に簡素な墓地だ。


「リスティーゼ様……」


 その中に見つけた一基の新しい墓石の前にミアはしゃがむ。

 表面に刻まれた小さな文字――リスティーゼの名を優しくなぞる。

 凹凸をなぞっていけば、指先にわずかな砂埃がつくばかり。

 温もりは感じられない。


 聖女の死が大々的に公表されることはない。

 なぜなら象徴である聖女の死は士気を下げるばかりだからだ。


 それが仮に百年に一度のような死なら国葬を行うべきかもしれない。

 だが五年に一度や十年に一度と頻繁なようなら行うべきではないだろう。

 皇国においてはそう考えられている。

 いたずらに死を公表し、みなをその喪に服させることは悪手でしかない。

 義憤に駆らせる手段としても、その頻度の多さからけっして有効とはなりえないのだから。


 聖女は稀有で貴重な人材には違いないが、代わりのものをすぐに用意できるのだからもはや消耗品のようなものだ。

 徴兵したほかの一兵と同じ。

 それゆえ歴代聖女たちの死は一兵同様に扱われ、弔いもまた雑に済まされている。


「私、聖女になりますね」


 その声に迷いはない。


 目を閉じて思い浮かべるのは、リスティーゼの最期。

 悲しそうな笑みを浮かべ、自分に謝ってきた彼女を思い浮かべれば、心に湧きあがってくるものは怒り。

 自己満足の悲しみではない。


 あのとき、自分に魔力があれば彼女を助けられたかもしれない。

 あのとき、自分を背に庇っていなければ彼女は死ななかったかもしれない。

 あのとき、なぜ自分は彼女の荷物になってしまったのだろうか。

 あのとき、なぜ自分は彼女を守ることができなかったのだろうか。

 そんな後悔からくる怒りばかりがミアの胸に渦巻く。


 だから悲しんでいる暇なんてない。

 いまなすべきことはリスティーゼの代わりとしてみなを率いること。

 聖女となってこの戦争に全身全霊、この身を投じることだ。

 それがいまなすべきことであり、課せられた義務であり、背負うべき使命にほかならない。

 なにもできなかった自分を棚に上げ、悲劇のヒロインを気取っている暇なんてなかった。


 それから五日後。

 聖騎士団の重立った面々との話し合いを経て、ミアは聖女としてリンスターに帰還することになった。


 いまは二頭立て馬車のキャリッジに腰を落ち着けている。

 むき出しの地面をいく車輪がガラガラと音を立てている。

 時折り、石を乗り越えた際には視界が上下に弾むように揺れるなど、乗り心地はけっして良好とはいえない。

 それでも馬車としては上等すぎる代物だ。

 ミアとしても文句の一つもつける気は起きない。


 前をいく騎兵、後ろに続く歩兵。

 ミアの馬車を前後に挟んで、聖騎士団の一行はリンスターに向かって進軍している。


 ただ、その雰囲気は非常に暗い。

 上等兵である騎兵たちこそ常時と変わりない様子だが、下等兵である歩兵の面々は誰もが沈んだ面持ちをしている。

 黙って進軍することを強要されているわけでもなく、隣のものと小話をする程度なら黙認されているものの、そんな話し声も聞こえてはこない。

 平原にあって見晴らしもよく、皇国の領地にあって敵に襲われる心配もないのだから、特別周囲を警戒して進むような必要もない。

 だというのに聖騎士団一行のまとう空気は暗く、どんよりと沈んでいた。


「ミア様、お加減はいかがでしょうか?」


 親衛隊の騎兵が一人、馬車に並走して気遣ってくる。


「大丈夫です。問題ありません」

「それはようございました。リンスターまであと少しですのでもうしばらく我慢ください」

「私はいいのですが、みなさまが……」

「ミア様がお気に病む必要はありません。悪路をいく馬車の中ではありますが、どうかお体を休めることにのみ集中なさってください」


 そう言って騎兵は隊列に戻っていく。

 ミアはちらりと後方に目をやったあと、また視線を前に戻した。

 騎兵が言ったとおり、自分が気にかけたところでどうしようもないことであった。


 後ろをついてくる歩兵たち。

 彼らは課せられた兵役を終えたものたちと、精神を病んで戦うことができなくなってしまったものたちから成り立っている。


 どちらも凄惨な戦場を経験したものたちだ。

 壊れているか、壊れていないかの大きな違いはあれども、どちらもその心に深い傷を負っている。

 兄弟が死んだ、友が死んだ、知人が死んだで済めばまだマシなほうだろう。

 魔族が仲間を、大切な人を食らう光景を目の当たりにしたものなどは、もはや社会復帰が困難なまでに病んでしまっている。

 これから先、彼らが笑顔を取り戻すことはないかもしれない。


 神聖魔法は体の傷や欠損は治癒できても、精神ならびに心を治癒することはできない。


 その無力さをミアは噛み締めさせられていた。

 たしかに気にかけてもどうしようもないことだ。

 でもだからといって気にかけず、自分にはまったく関係のないことだと無視するような真似はできない。

 しかしながらでは一体なにをすればいいのか、どう声をかけていいのかはわからない。

 そうして自分の無力さを痛感させられるばかりであった。


 こんなときリスティーゼはどうしていたのだろうか。

 ふと、そんなことを思ったとき。

 懐かしい外壁が目に入った。


「開門せよ!」


 少し先の前方。

 市門の両扉が重々しい音を立てながら左右に開かれていった。

 やがて市門が完全に開ききると、聖騎士団は騎兵たちを先頭に市内に入っていく。

 ミアにとって約七年ぶりとなる帰郷だ。


 幼いころ見たいと駄々をこねた、帰還式。

 戦場から帰ってくる聖騎士団を迎えるこの式は、昔思い描いていたものとは百八十度違っていた。

 明るく晴れ晴れしいものなどではなかった。


 大通りをいく聖騎士団を見守る人々はみな、誰かを必死に探している。

 探していた人物を見つけて目に涙するものがいる。

 探している人物が見つからず焦りから目に涙するものがいる。

 探していた人物の知人を見つけるも、合った目を露骨にそらされてしまい、その死を悟って泣き始めてしまったものがいる。

 探していた人物が最後の最後まで見つからず、悲鳴をあげて泣き崩れてしまったものがいる。


 行進していて耳に入ってくるのは車輪の音ではない。

 誰かの悲痛な泣き声だ。


 こんなものを子供に見せられるはずがない。

 父はなぜ帰還式を見ることを禁じたのか。

 ミアはいまさらになって理解した。

 こんな光景、けっして子供に見せられるはずがなかったのだ。


「聖女様!」


 そのとき、一人の中年女性がミアの乗る馬車へと駆け寄ってきた。

 親衛隊の騎兵が一人、馬から降りて彼女の前に立ち塞がる。

 その馬は別の騎兵が預かりうけ、聖騎士団は行進をとめることなく行く。


「とまれ!」

「娘は、私の娘は生きてますよね!?」

「離れるんだ!」

「ルルという名の十五歳の子です! 聖女候補として聖騎士団に入った子なのですが、いつからか手紙が届かなくなって!」

「離れろと言っている!」


 親衛隊の肩越しに必死に呼びかけてくる中年女性。

 息を切らせ、額からいくつもの汗を流して馬車に追いすがる彼女は、いまにも泣き出してしまいそうな目をこちらに向けてきていた。


 ルル……教会でミアに部屋を案内してくれた少女の名だ。

 どうやら規則を破り、なんらかの方法を用いて、母であるこの中年女性と手紙のやり取りをしていたらしい。


「聖女様! 娘は生きているんですよね!? たった一人の愛娘なんです! ねぇ生きてますよね!? お願いです、生きていると言ってください!」

「いい加減にしないか!」

「聖女様! ねぇ聖女様!」


 ぎこちなく緩慢に、無理して作った笑みを返す。

 作り笑顔をミアは中年女性に向けた。


 だが返事をすることはできない。

 なぜならルルはとうの昔に自殺しており、生きてはいないのだから。


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