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プロローグその2 ~ミア八歳~十歳~


 馬車に揺られること三日。

 ガレンダ砦に到着する。

 ミアが使者に手を引かれてやってきたのは、砦の敷地内の片隅に建てられた教会だ。

 横には専用の宿舎も併設されている。


「ミア、ここがこれからあなたが過ごすことになる場所ですよ」

「そうなんだ。ねぇ、あっちは?」


 背丈以上の高い外壁を連ねた正門から庭先に入ったところで、ミアが後ろを振り返って指差しながら使者に尋ねる。

 その先にあるのはまた別の大きな建物だ。


「あちらはいまのあなたには関係ない場所です」

「ふ~ん……」


 同じ敷地内にありながらも、完全に別離されているような教会。

 うまく言葉にはできずとも、ミアにはそれが妙に不思議に思えてならなかった。


 しかしながら、そんな疑問はすぐに頭から消し飛んだ。

 なぜなら扉を開けた先、教会の中には憧れのリスティーゼがいたからだ。


「あっ、聖女様だ!」

「ミア! 待ちなさい!」


 握っていた使者の手を振りほどき、ミアはリスティーゼのもとへと駆け寄る。

 そして、嬉しくて嬉しくてたまらない気持ちのまま勢いよく抱きついた。

 母とは違う匂いに顔をぎゅっと埋め、ひとしきり堪能したころに顔を上げれば、こちらを微笑んで見下ろしているリスティーゼと目が合った。


「ふふっ。こんにちは、ミアちゃん」

「私の名前、知ってるの!?」

「もちろん。これから一緒に暮らすことになる大切な家族ですもの。ミアちゃん、私はリスティーゼよ。よろしくね」

「うん!」


 憧れのリスティーゼが目の前にいる。

 しかも自分を家族と言ってくれた。

 その嬉しさを噛み締めながら、ミアは満面の笑みを浮かべるのであった。


 教会にはリスティーゼ以外にも多くの少女がいた。

 八歳から十五歳と、年のころはばらばら。

 ただし神聖魔法を行使でき、聖女候補であるという点はみな同じだ。


 リスティーゼと別れたあと、ミアは同い年だという少女のあとを歩いている。


「いい? 朝は日の出とともに起きてまずお掃除。それが済んだら朝のお祈りをして朝ごはん。そうそう、食器の片付けは自分でするのよ? それで朝ごはんのあとは神聖魔法の訓練――ってミア、聞いてるの?」

「うん」

「『うん』じゃなくて『はい』でしょ。私は先輩なんだから。そうそう、これからはリスティーゼ様に対しても敬語を使いなさい」

「なんで?」

「『なんで?』じゃなくて。そういう決まりだからよ」

「はぁい」

「で、ここが私たちの部屋よ」


 次に案内された部屋はとても窮屈で、二段ベッドのみが置かれた四人一部屋。

 本当に寝るためだけの部屋といった感じだ。

 ミアは実家よりも狭い部屋をちょっと嫌だと思ったが、口に出すことなく受けいれた。


 でも、同室となる先輩の少女たちは優しかった。

 一緒に暮らしはじめた当初こそ、決まりごとに口うるさくて嫌だなと思ったが、それ以外は性格的にも好ましい子ばかりだ。

 ほかの聖女候補の子たちも、新人の自分を気にかけてくれる優しい子たちばかり。

 決まりごとを受けいれてきちんと守るようになったころには、ミアはみなのことが大好きになっていた。


 家族やケントと離別して感じずにはいられなかった寂しさも、みんなが寄り添うようにして埋めてくれた。

 会おうと思えば簡単に会える距離にいる。

 それなのに、一時帰宅はおろか面会や手紙のやり取りまで禁じられているのを知ったときには本当に悲しかったが、ミアには同じ境遇のみんながいてくれる。

 折りに触れて寂しいと感じることはあっても、枕を涙で濡らすようなことはなかった。


 また、親身に気にかけてくれるリスティーゼの存在は、ミアにとってなによりも心の支えになっている。

 彼女が折りに触れて設けてくれる、教会の中で二人きりで過ごす時間がいつも待ち遠しい。


「ミアちゃん、ここでの生活には慣れた?」

「はい! みんな優しいから大好きです! でも一番好きなのはリスティーゼ様です!」

「まぁ嬉しい。私も、頑張り屋さんのミアちゃんのことが好きよ?」

「本当ですか!? 嬉しいなぁ、えへへ」


 聖女候補の誰もがリスティーゼのことを好きであった。

 でもミアは自分こそが彼女を一番に好きだと言って譲らない。

 みんなにもそう高らかに宣言しているほどだ。


 初めてリスティーゼを見たときに抱いた、あの憧れの気持ちにいまも変わりはない。

 夢に変わりはない。


 ――そうして一年が過ぎたころ。


 ミアは教会での生活にも慣れ、初級の神聖魔法を扱えるようになり、新しい仕事を任されるようになった。

 怪我人の治癒だ。


 ここが魔族との戦争の最前線基地であることはミアも知っている。

 もちろん忘れたこともない。

 それでも砦から隔絶されたような教会の中においては、どこか他人事のように感じられてならなかった。

 世話役のシスターから仕事を任せられることを聞いたときですら、やっぱり怪我人がでるんだ、と変に納得してしまったくらいだ。


「おう、嬢ちゃん。ちょっと指先を切っちまってな。ちょっくら頼むわ」

「うん、任せて――じゃなかった。お任せください」


 教会内の個室の中。

 お互いに椅子に座って向かい合っているのは、人の良さそうな壮年の兵士だ。

 ミアは大きくてごつごつとした手を取り、うっすらと血をにじませている人差し指の小さな切り傷に、精神を集中させて神聖魔法をかけていく。

 壮年の兵士の指先が淡く白い光に包まれ、やがて発光はおさまった。

 切り傷はきれいさっぱりに消えている。

 治癒は無事に成功したようだ。


「こりゃたいしたもんだ。未来の聖女様になること間違いなしだな」

「いえ、そんなことは……」

「でもありがとな。これでまた戦える」


 ミアの頭を優しく撫でてから、壮年の兵士は部屋から出ていった。

 その背中を見送りつつ、あんな小さな切り傷で大げさだなぁ、とミアは内心で思っていた。

 たしかにちょっと痛そうではあったが、我慢できないことはない程度の些細な切り傷だ。

 それゆえミアとしても不思議でならなかった。

 立派な大人で強そうな兵士さんなのに意外と泣き虫なのかな、とさえ思ってしまうくらいに。


 ――そうして、また一年が過ぎ。


 ガレンダ砦の教会に移り住んでから二年が経ち、ミアは十歳を迎える。

 また初級の神聖魔法を完全に扱えるようになっていた。


 このころになると、ミアの聖女候補の仕事に対する理解も深くなっていた。

 具体的な一例をあげれば、中級以上の神聖魔法を使える聖女候補たちは、兵舎内の病棟に赴いて傷ついた兵士たちの治癒行為にあたっているということを知った。

 なお直接、ほかの聖女候補たちから話を聞いたわけではない。

 彼女たちに聞いても話を濁されてしまったため、代わりに問い詰めたシスターから渋々ながらに教えてもらったことである。


「お嬢ちゃんがミアちゃんかい?」

「はい」

「そっかそっか。まぁよろしく頼むよ」

「お任せください」


 相も変わらず教会の個室の中。

 いまミアは無精髭を生やした兵士の治癒行為にあたっている。

 彼の二の腕にある、大人の手の平ぐらいに広がった火傷を、初級の神聖魔法でもって癒していく。

 見慣れた白い光が、無精髭の兵士の火傷を包みこむ。

 治癒は無事に完了し、ミアはふぅと一息つく。

 神聖魔法の扱いが上手になるにつれ、治癒を任される患者の傷もまた酷いものになっていくのだから、最近では変に緊張するようになってしまっていた。


「そういえば、最近グラムさんがいらっしゃいませんけどお元気でしょうか?」


 グラムとはミアが最初に神聖魔法をかけた壮年の兵士のことだ。

 ちょくちょくミアのもとを訪れていた彼はここ最近、なぜか姿を見せなくなっている。

 それゆえ、もしかして大事があったのではないかと、ミアとしても気がかりであった。


「あぁ、うん、グラムのやつか……悪いな、ミアちゃん。グラムのやつは聖騎士団を辞めて故郷に帰っちまったんだよ」

「えっ、そうだったんですか?」

「そうなんだよ。ったく、あの野郎。世話になったミアちゃんに別れの挨拶もしていかねぇなんて信じられねぇな」

「いえ、私は別にそんな……でもよかった。グラムさんが無事で安心しました」


 本心からほっと胸を撫で下ろす。

 無精髭の兵士が笑顔で帰っていく姿を見送り、今日の治癒は終わりとなった。

 今日も無事に仕事を終えられたことに安堵し、ミアは夕食の支度をするべく食堂へと向かう。

 自分以上に疲れて帰ってくるであろう聖女候補たちのため、とびきり美味しい食事を用意してあげなければならないのだ。

 贅沢に休んでいる暇はない。


 またいつものように、リスティーゼが気づかって設けてくれた二人きりの時間。

 今日の彼女はどこか様子が変であった。


「ねぇ、ミアちゃん。ごめんね、こんなことを聞くのもあれなんだけど、家族に会いたくなったりはしない?」

「えっと、はい――あ、いえ、別に大丈夫です」

「……そうだよね、本当は会いたいよね。ごめんね、ミアちゃん。私が不甲斐ないせいで。本当にごめんね……!」

「リスティーゼ様?」


 ほかに誰もいない教会の中、ミアはリスティーゼにきつく抱きしめられる。

 どうして泣いているのか。

 なにか辛いことでもあったのか。

 リスティーゼが声を押し殺して泣き続ける理由はミアにはわからなかった。


 でも胸に抱いた憧れの気持ちが変わることはない。

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