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プロローグその1 ~ミア八歳~


 パレイス皇国の防衛都市リンスター。

 皇都から遠く離れたこの地はその名のとおり、戦争の最前線に位置する町だ。


 皇国の有史から続く、魔族との戦争。

 人族を文字どおり食い物にする魔族からの侵略は、ここ防衛都市リンスターを本拠地としてずっと防ぎ続けられてきた。

 数多の英霊たちの尊い犠牲でもって皇国の平和は保たれ、死に敗れた彼ら英霊たちの骸のうえに皇国は成り立っている。


 いま、ここに一人の少女がいる。

 名をミア。

 真っ赤な髪色と、勝ち気そうな顔立ちが特徴的な八歳の少女だ。

 顔立ちどおりに性格もまた活発そのものであり、少し口汚いところが玉に瑕だが、性根はまっすぐで素直なごく普通の女の子である。


 そのミアはいま、聖騎士団の出立式を胸躍る気持ちで眺めていた。

 町の大通り、大勢の人々が見送りに立ち並んでいる中の最前列。

 石畳の道のうえ、目の前を横切っていく聖騎士団の一行は市門に向かって悠然と行進している。

 白銀の鎧をまとった騎兵を先頭に歩兵が続き、旗守りが掲げた皇国の御旗が風にたなびいている。 


「聖女様!」


 お目当ての人物を見つけ、ミアは歓声をあげる。

 その視線の先には、白馬二頭立ての馬車のキャリッジに立ち、詰めかけた民衆に笑顔で手を振り返す聖女がいた。

 こちらにも目を向けてくれ、にっこりと微笑んでくれたような気がした。


 当代聖女リスティーゼ。

 眩いばかりの金色の長髪と優しげな顔立ちが対照的な、若干十五歳の少女である。

 皇国の国教であるルディア教の法衣をまとった彼女は、人族を癒して魔族を滅する力をもつ神聖魔法の使い手だ。


 聖女とは、神聖魔法に目覚めたものの中で、その力がもっとも強いものに下賜される名誉の称号である。

 よって、神聖魔法の使い手はけっしてリスティーゼ一人というわけではない。

 彼女は何人もいる聖女候補の中からその力を認められ、当代聖女として聖騎士団に籍を置いているのであった。


「あぁ、やっぱり聖女様はきれいだなぁ……」


 ぽつりと呟いた声は人々の歓声に埋もれる。

 聖女が目の前を通り過ぎ、やがて聖騎士団一行が市門の外へと姿を消すまで、ミアはその場で憧れの後ろ姿を見送っていた。

 次に会えるのはまた半年後であるため、余韻に浸らずにはいられない。


「あっ! そうだ、おつかいを済ませなきゃ!」


 ややあってから、我に帰ったミアは商店へと急ぐ。

 母から調味料のおつかいを頼まれていたことを思い出したのだ。

 夕飯時までまだ時間があるとはいえ、余韻に浸ってぼんやりとしている暇はない。


「お、ミアじゃん。そんなに急いでどうした?」

「ケント!」


 道中、幼馴染であるケントに声をかけられる。

 同い年のケントはいわゆる悪ガキで、細い目つきが印象的で軽薄そうな顔立ちをしている。

 そしてとても大切な友達だ。

 ミアの我がままになにかと文句を言いながらも付き合ってくれ、楽しいイタズラ遊びを思いついてくれる。

 ちなみに初恋の相手でもあるのだが、それはまだ誰にも打ち明けていない秘密である。


「おつかいに行かないといけないの!」

「んじゃ、そいつをすませたら遊ぼうぜ」

「ううん、私もケントと遊びたいけど今日はだめ。おつかいのあとはお手伝いもしなきゃいけないから……」

「そっか。まぁいいや。じゃあ明日にするか」

「うん! 明日また遊ぼうね!」


 そう言ってミアはケントに手を振って別れ、商店へと元気にかけていく。

 通りをいく人の間をすり抜けるようにしてかけていけば、大通りに面している商店に着いた。

 顔馴染みの店主と少し世間話を交えつつ買い物をすませ、今度は自宅へと向かって忙しそうにかけていく。

 少しすれば、橙色の屋根が目印の木造二階建ての我が家が見えてくる。


「ただいま!」

「おかえり、ミア」

「お姉ちゃん、おかえり!」


 玄関扉を開け、大きな声で呼びかけると、大好きな母と可愛い妹が出迎えてくれる。

 ミアは二つ年下の妹の頭を優しく撫でてから、朗らかな笑顔を向けてくれている母にぎゅっと抱きつく。

 エプロンに顔を押しつければ、いつもと同じ優しい母の匂いがした。

 そうしてまた見上げてみれば、やはりいつもどおりの母の笑顔があった。


 母の夕食作りをお手伝いし、迎えた夕刻時。

 町の衛兵を務めている父が帰宅してきたところで、一家団欒のときを迎える。

 小ぢんまりとしたリビングの中、小さな食卓を家族四人で囲み、それぞれ今日どんなことがあったかを談笑していく。


「私は今日ね、聖女様を見送ってきたよ!」

「いいなぁ、お姉ちゃん。私も見たかった。聖女様、やっぱり可愛かった?」

「うん! あ、でも可愛いとはちょっと違うかなぁ? すっごく綺麗だった! 私も将来、あんな聖女様みたいな綺麗で立派な人になりたいなぁ……」


 ミアは記憶にあるリスティーゼを思い浮かべてうっとりする。

 実物を拝んだのは今日を含めたったの三回かつわずかな時間。

 それでもあの天使のような笑みはけっして忘れられない。

 ずっと脳裏に焼きつけられたままだ。


「ねぇお父さん。今度はお迎えも見に行っていい?」

「だめだ」

「えぇ、まだだめなの? そろそろお迎えもしたいのに!」

「ミア、お父さんを困らせちゃだめよ? ね? ほら良い子だから」

「はぁい……」


 ミアは頬を膨らませるも、渋々納得してみせる。

 彼女のお願いを短い一言で切り捨てた父は、少しばかり顔つきを険しくさせていた。


 これは一家の決まりごとでもある。

 お見送りは見に行ってもいいが、お迎えは見に行ってはならなかった。

 出立した聖騎士団が帰ってくるとき、その日にかぎってはミアと妹は家の中で大人しくしていなければならない。

 物心ついたときからの約束事だ。


「あ、そうだ! 私、明日はケントと遊ぶから!」

「お姉ちゃん、私も一緒に遊びたい!」

「いいよ。じゃあ明日はなにして遊ぶ?」

「う〜ん、鬼ごっこ? 鬼ごっこがしたい!」


 目をきらきらと輝かせる妹を見て、少し沈んでいたミアの気持ちはぱっと晴れる。

 たとえお迎えがだめでも、ほかに楽しいことはいっぱいあるのだ。

 意識しなくたって気持ちはすぐに切り替えられていく。

 一日が終わるころにはお迎え云々についてすっぱり忘れてしまっていた。


 ――そうしてまた過ごすこと半年。


 ある日、ミアに転機が訪れた。

 神聖魔法に目覚めたのだ。


 きっかけはケントを含む友達たちと外で遊んでいたときのこと。

 転んで膝に擦り傷を負ってしまったケントをミアが気遣ったとき、彼の膝が淡く白い光に包まれたのだ。

 突然のことに二人が驚いていると、光はすぐに霧散してしまう。

 一体何が起きたのか、二人がそれからケントの膝をよくよく注視してみれば、負っていたはずの擦り傷がものの見事に治っていたというわけであった。


 その話はすぐに広まり、聖騎士団の耳にも届いた。

 さらには三日もしないうちに聖騎士団の使者が訪れ、瞬く間に決められたミアの聖騎士団入りを告げた。

 すなわち事実上の徴兵である。


 憧れのリスティーゼとお近づきになれるとミアは喜んだ。

 だが、家族はそのかぎりではない。

 妹が状況を理解できないで不思議そうにしている中、両親の二人は使者に泣きすがったのだ。

 頼むから娘を連れて行かないでくれ、と。


 それでも聖騎士団の意向は、領主ひいては皇国の決定であるため逆らえるはずもなく。

 ミアは愛する家族と引き裂かれるようにして、リンスターからより前線に近い場所にあるガレンダ砦へとその身を移すこととなる。

 もっとも当の本人は別れを悲しむどころか、逆に、リスティーゼと親密な仲になれるのではないかという期待に胸を膨らませていた。


 数日後、すぐに迎えた別れのとき。

 なぜ両親は泣きじゃくっているのか。

 その意味をあまりよく理解できないままに、ミアは使者に背中を押されてガレンダ砦行きの馬車に乗り込んだ。

 そうして幌馬車の荷台から、遠ざかる両親と妹にぶんぶんと元気よく手を振った。


「ミア!」

「ケント!」


 しばらくすると、見送りには来てくれなかったケントが裏路地から現れた。

 子供の駆け足ながら馬車に必死に追いすがろうとする。

 ぜぇぜぇと息を切らせて走りつつ、顔を真っ赤にして大声で叫ぶ。


「ミア! 頑張れよ!」

「うん! 頑張る!」

「俺も、俺も頑張るから! いつか絶対、お前を守れるような騎士になって迎えに行くから! 絶対に迎えに行くから!」

「うん! 待ってる! ありがとうケント! 私、待ってるね!」


 馬車からどんどん追い放され、ついには力尽きて立ち止まってしまったケントへ、ミアは先以上に元気よく手を振ってみせた。

 その姿が市門によって閉ざされるまで懸命に手を振った。


 憧れに会いに。

 彼女のようになりたいという夢を叶えるために。

 ミアは自分の道を歩きはじめた。



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