野点
近所のおばあちゃんが、野点の席に誘ってくれた。
何でもお茶の先生がお友達にいて、席が二つ空いているからおいでなさいなと誘われたそうで。
私は朝からおばあちゃんに着付けをしてもらっているのであった。
そう、なんとこの野点、日本庭園で行われる、本格的な野点の模様。
なんかね、日本庭園のある公園のオープニングセレモニー?うん、よく分からん!
「どうしよう、私あんまりお茶の事分かってないよ?普通の茶席しか行ったことない!」
「大丈夫、末席だしお菓子も練切だって言うから。まわして三回で飲んで拭いたらオッケー!」
おいおい大丈夫かこれ・・・。
会場についてみるとどうだ!!
美しく砂地に引かれた線!高そうなでかい石!まんまるに刈り込まれた植木!!!
でっかい赤い傘の下に、赤い布張りの長台がセットされてて、舞妓さんがいる!!
その奥には…めっちゃ上品な奥様方がお上品にお茶飲んどるがな!!!
あかん…これ、毎日胡坐かいて一口で饅頭食べてる私が来ちゃいけないやつだ!!
「おばあちゃん、私もう帰る、帰るよ…。」
「何いってんの、ほれ行きますよ。」
手を取られて赤い絨毯?の敷き詰められた日本庭園の前の茶席に連れて行かれてしまった。
茶席は少しふわふわとしていて、足を踏み入れたときにやわらかさを感じた。
野点って初めてなんだけど、いすに座るんじゃなくて外で正座していただくんだね。
一番奥に、ド派手な生け花が見える。アレが床の間みたいなもんなのか。
うわ、でっかい茶釜が用意されてる。あんなのはじめて見たぞ…。
一番手前の場所で正座をしていると、お菓子が回ってきた。
「お菓子をどうぞ」
懐紙にお菓子をひとつ取り、箸の先を懐紙の端でぬぐってから、菓子鉢の上に元あったように戻してと。
懐紙ごとお菓子を胸元に持っていってようじで切ってさあ食うぞと思ったら。
ブーン・・・ブーン・・・
なんだ?
「うぅひぇひゃわぁあああぎゃあああああああ!!!!!」
すさまじい声がとどろき、お上品なお茶の先生?ががにまたで立ち上がって茶釜をひっくり返し!
「ぎゃあああああああああ!!!!!」
生け花前の人が飛び上がってお菓子を踏み潰し!!
「ヤダ!!ヤダヤダヤダヤダこないでええええええええ!!!」
その隣の人は美しく線の引かれた真っ白な日本庭園に足袋のまま逃げ込み!!
上品で落ち着いたわびさびの空間が一瞬でパニック会場となった。
ちょっと耳の遠いおばあちゃんはお菓子を食べ終わって何事かと周りを見回している。
「あれ、いったいどうしただね。」
「あれ、スズメバチじゃない?」
一匹のスズメバチが、飛び入りで野点参加をしたようだ。
一匹くらいならまあ、ここまでパニックにならなくても・・・。
ブーン、ぴたっ
大騒ぎの上座から、ひょろひょろと私の目の前に着地した、でっかい蜂。
私はすかさず袱紗で押さえ込んだ。
ぶちゅ。
よし、元凶は抹殺した。
「すみません、野点は中止します!!」
運営スタッフが飛び込んできた。大変だなあ・・・。
「貴方蜂つぶしたの!!」
一番奥でお茶を入れていた先生が私のところに髪を振り乱してやってきた。
「ええ、ですから大丈夫…」
「ひやぁああああああああ!!!!気持ち悪いいいいいいいいい!!!」
何だ失礼だな。
なんというか、私の中でお茶というものが嫌いになってしまった出来事であった。
…娘がお茶を習いたいと言い出したので、昔を思い出してしまったじゃありませんか。
習いに行ってもいいけどねえ…。
「あんた蜂つぶす覚悟あるの?」
「なにそれ!!」
娘は抹茶ラテを飲みながら、茶の湯のお稽古のパンフレットを読み始めた。