34. エピローグ
まだ春の朝は肌寒い。
裸だから余計にそう感じるのかもしれない。
窓から差し込む光で目を覚まして、むくりと起き上がる。
「……………………頭、痛い」
なんでだろう。すっごく、気怠い。
病気の時とは違う……変な感じの倦怠感が、全身に重く伸し掛かっている。
「ん?」
横に人がいた。とても大きなベッドの上で寄り添うように寝ているのは、お姫様のように美しい女性。日の光に照らされた髪は金色に輝いていて、神々しい。
彼女の名前は、朝比奈玲香。
私の同居人で──恋人だ。
「ああ、そうだった。私、玲香さんと喧嘩して、仲直りして……あれ?」
首を傾げる。その先を思い出せなかった。
玲香さんと勘違いで喧嘩した。彼女が愛していると言っていた『早苗』が私のお母さんで、あの人と同じくらい、いや、それ以上に愛してくれると誓ってくれて、胸が嬉しさでいっぱいになって。
そこから先の記憶が綺麗さっぱり抜け落ちている。
何か、凄い気持ちいいことがあったような気がするんだよなぁ。絶対に忘れないようなことがあったような……。でも、思い出せない。
──あれ? なんで私は玲香さんのことを『玲香さん』って呼んでいるんだろう?
今までは『朝比奈さん』だったのに、いつの間にかそれが馴染んでいる。
何度もそう呼んでいたみたいに、自然と『玲香さん』って呼ぶことを意識していて……。
「……、……ふ、ぁぁ……あずさちゃん?」
うんうんと唸っていたら、その声に反応して玲香さんが起きてしまった。
彼女も当たり前のように裸だった。年齢を感じさせない皺一つない綺麗な肌に、つい見惚れてしまう。もう見慣れたはずなのに……。
恋人補正って言うのかな。そういうのもあるんだと思う。
「おはようございます。……起こしちゃいましたか?」
「……ううん。ちょうど起きようかと思っていたから、っ……気にしないで」
玲香さんはそれだけ言って、私から目を逸らした。
一瞬だけ見えた彼女の顔は、少し赤くなっているようにも見えて……んん?
「あの、玲香さん。昨日って何がありました? ……私、あまり思い出せなくて」
「え?」
「え?」
……………………気まずい空気が流れた。
え、なに?
なんでそんな『嘘でしょう!?』みたいな顔をするんです?
「本当に、覚えていないの?」
「ええ、それが全く。玲香さんと仲直りしたところまでは、どうにか覚えているのですが……その後が」
すると、見るからに安堵したような顔をされた。
「…………良かった……」
良かった、って……なにが?
「玲香さんは覚えているのですか? なら、教えてください。何か、いいことがあったような気がするんです。思い出せなくて、胸の辺りがすっごい、こう……もやもやしていて……」
「大丈夫。何もなかったわ。ええ、何もなかった。間違いないわ。いいわね?」
肩をガシッと掴まれる。
いや、そんな真剣な表情で「いいわね?」と言われても、私は記憶がないから何とも言えないんですけど。何ですか。何でそんなに必死なんですか。
「あの、本当に何もなかったんですか?」
「ええ! その通りよ! お願い。私を信じて。好きなものを何でも買ってあげるから! 何がいいかしら? 私達だけの無人島を購入しましょうか!」
「いりませんよ?」
無人島で揉み消そうとするって、本当に何があったんだろう?
……ここまで必死になるんだ。
思い出したくもない嫌な出来事があったのかな?
玲香さんは、私が傷つくことに対して敏感だ。
きっと、私のためを思って思い出させないようにしているんだと思う。
なら、これ以上の詮索はしない。
「わかりました。貴女を信じます」
にこりと微笑むと、玲香さんは「うぐっ」と胸を抑えた。そして、何かぶつぶつ呟き始める。真横にいる私ですら、上手く聞き取れないほどの小さな声だ。
どこか具合でも悪いのかな?
挙動不審というか、よそよそしい感じがする。
「あの、大丈夫ですか?」
「……ええ、大丈夫よ。少し、自分の醜さに嫌気が差していただけ」
「そんなことありません。玲香さんはお綺麗です。私は、どんな玲香さんも大好きです。愛しています。お母さんのことなんて忘れるくらい、私を夢中にさせてあげますから……自分を卑下するのは、やめてください」
この言葉は奈々さんの受け売りだけど、聞いていて嫌な気分になった。
「梓ちゃん……そうよね。ごめんなさい。朝から変なことを言ったわ」
「なら、昨晩何があったかを」
「それは勘弁して」
「ちぇ」
「かわ、んんっ! 我儘を言わないの」
どちらかと言えば我儘を言っているのは玲香さんだと思うけれど、話が余計に拗れるような気がしたから、大人しく黙っておく。
「……ほらっ、起きてご飯にしましょう?」
手を引かれる。私は抵抗せずに従った。
「梓ちゃんは何が食べたい?」
何でもいい。と言いかけて、口を閉じる。
その言葉は『恋人が言われて一番困る台詞』だと、テレビで言っていた。
「……玲香さんの手作りを食べたいです。軽いやつで」
相変わらず、頭痛と体にのし掛かる倦怠感は酷いままだ。
いつもは「いっぱい食べて」と栄養のある物を沢山食べさせてくれるけれど、今はあまり喉を通らないような気がする。
「うーん、何がいいかしら……あっ、サンドイッチはどう?」
「最高です」
親指を立てて肯定する。
サンドイッチは、私にとって大切な思い出の一部だ。
初めて玲香さんとデートして、そこで初めて食べた物だから。
「それじゃ、すぐに作っちゃうわね」
台所に立つ玲香さんの隣に、私も寄り添う。
「梓ちゃんは休んでいていいわよ。具合が悪そうだし……」
「いいえ、手伝います」
見ているだけでは申し訳ない。
それに、一緒にご飯を作るのも悪くないから。いわゆる共同作業だ。
「大好きですよ、玲香さん」
「……急にどうしたの?」
「いいえ、言ってみたくなっただけです」
玲香さんの驚いた顔は、見ていて新鮮だ。
でも、この無言の間は、少し苦手だ。
「……『私も』と、返してくれないのですか?」
手を止めて横を見上げる。
「あの、そろそろ何か──」
玲香さんの顔が近くにあった。
唇に柔らかい感触。キスされたと、遅れて理解する。
「愛しているわ、誰よりも」
──これで満足かしら?
そう、言われたような気がした。
「いいえ、足りませんよ」
次は私の番だと、踵を上げて唇を奪った。
甘い匂い。いつまでも味わいたい気分になるような、魅惑の匂いだ。
「おはようの挨拶。まだでしたよね?」
隙だらけだと、再び玲奈さんを味わう。
不意を突かれて焦ったのか、彼女の顔は赤く染まっていた。
「…………ずるいわよ、それ」
いじけた子供のような弱々しい声に、どこか満足する私がいる。
「お返しですよ」
そう言って、ほくそ笑む。
大好きな玲香さん。私だけの玲香さん。
ずっと愛してくださいね。ずっと私だけを見てくださいね。お母さんにも他人にも、二度と目が眩まないように、私も貴女を愛しますから。
それを示すように、私は何度も──愛を囁き続けた。
『JKは女社長に拾われました』
これにて完結です!
まずは、ここまで読んでくださった読者の皆様に感謝を。
──本当にありがとうございます。
ブクマや評価、感想での応援。とても嬉しかったです。
今までずっとファンタジーしか書いてこなくて、今回初めての現実恋愛となりましたが、どうだったでしょうか? 少しでも面白かったと思っていただけたのなら、私は満足です。
今後とも様々な作品を出していけたらなと思っているので、ぜひ応援のほどよろしくお願いします!!
では、また別の作品でお会いしましょう……、ノシ
…………あ、最後に一つだけ。
百合は尊いぞ!!!!(大声)




