32. もう一度、戻りたいと思った
ごめんなさいと頭を下げられても、今の私に反応する余裕はなかった。
朝比奈さんの口から告げられる言葉は、どれも予想していなかったことばかりで、急に全部を理解しろと言われるほうが無理な話だ。
「朝比奈さんは、私のことを知っていたのですか?」
「毎年、娘自慢の写真が送られてきたわ。何度か遊びに行ったことがあるけれど、まだ赤ちゃんだったから流石に覚えていないわよね……」
何度も遊びに来た。
……そんなの、覚えているわけがない。
「私を拾ったのは、お母さんに似ていたからですか?」
「それは違う。早苗抜きで、私が梓ちゃんを助けたいと思ったの。……確かに、久しぶりに見た貴女は、あの人の生き写しかと思うほどにそっくりだった。でも、私には話しかける資格がないから、いつまでも梓ちゃんを見守ることしか出来なかったのよ」
…………知らなかった。
朝比奈さんが前から私を知っていて、見守ってくれていたなんて。
何も知らずに、私は……守られていたんだ。
「助けられたのに一度は逃してしまった。だから、見守るだけにしようと思っていた。…………なのに、あんな危ないことをするんだもの。見守るだけでは足りなくなったわ」
「──なら! …………っ、なら、どうしてもっと早く助けてくれなかったのですか。私はあんなに苦しくて辛くて、誰からも愛されなくて嫌だったのに……朝比奈さんが、っ」
わかっている。
これは理不尽な怒りで、朝比奈さんが悪いわけじゃないと。
でも、これだけは言わずにいられなかった。
「早く、言ってくれたら。私は、こんな思いをしなかったのに……」
「下手なことを言って勘違いされたくなかった。梓ちゃんは我が子のように可愛くて、それ以上に愛しい恋人だったから。……本当に、ごめんなさい」
もう、謝っても遅いよ。
私は誤解して勘違いして、一度は朝比奈さんを拒絶してしまった。
「……私はもう、貴女の側にはいられません」
最低なことを言ってしまった。
最低なことをしてしまった。
朝比奈さんは私を思って助けてくれた。
お母さんの面影があったとしても、彼女は必死に歩み寄ろうとしてくれていたのに……私が、一方的に壊してしまった。
もう引き返せないことをしてしまったと、目を伏せる。
これ以上、朝比奈さんを見ていたら泣いてしまいそうになる。
惨めで馬鹿な自分を見せたくないと、私は全てのことから逃げようとしていた。
何が『覚悟も勇気も足りていなかった』、だ。
足りていないのは私のほうだ。
朝比奈さんから、現実から逃げているのは他でもない私だった。
「そんなことはない」
温かな感触に包まれる。
奈々さんに抱き締められた時とは違う、私が本当に求めていたもの。
「誰だって、一度や二度の間違いはある。私も梓ちゃんも間違えた。これからはお互いに反省すればいい。……それじゃ、だめ?」
「でも、私は朝比奈さんを拒絶したんですよ? 呆れられても仕方ありません。怒られることも覚悟しています。……許されないことをしてしまったんです」
朝比奈さんは優しい。
その言葉通り、この人は私の全てを許してくれる。
でも、それでは私が納得できない。
朝比奈さんが許してくれても、私が、私を許すことはできない。
「貴女がいくら私を拒絶しても、私は何度も貴女を求める。お生憎様、一度の間違い程度で想い人を諦めるような女じゃないの。……私は十年以上、愛を拗らせてきたのよ? もう絶対に逃がさない。私の気持ちを軽く見ないでもらえるかしら?」
絶対に譲らない意志を感じて、場違いだとわかっていながら苦笑した。
なんだ、それ……。
十年以上って、拗らせすぎでしょう。
「……二度と、私を不安にしませんか?」
「ええ、必ず」
「もう隠し事はしないと誓ってくれますか?」
「今回のことで身に染みたわ。隠し事はしない。誓う」
「…………じゃぁ」
身を寄せ、顔を覗き込む。
とても美しい顔が間近にあっても、私は怯むことなく次の言葉を口にした。
「私のことを、お母さん以上に愛してくれますか?」
朝比奈さんは驚いて目を丸くさせているけれど、そんなことはお構い無しに言葉を並べ続ける。
「私が一番じゃないと嫌です。お母さんに負けたくありません。この先も私だけを愛してくれると言ってくれなきゃ認めませんから」
身を寄せる。
咄嗟に体を逸らされたけれど、更に距離を詰めた。
──逃さない。
もう二度と、この手を離したくないから。
「私も朝比奈さんを信じます。朝比奈さんだけを信じます。だから朝比奈さんも──私だけを見てください」
「え? え、えっと……あの……梓、ちゃん? 一回落ち着きましょう? ね?」
「──ねぇ、朝比奈さん」
「は、はい……!」
「ようやく、自分の気持ちがわかったんです」
朝比奈さんから体を離し、ニコリと微笑む。
「私、嫉妬深いみたいです」
お母さんに負けたくない。
私のほうが朝比奈さんに愛されていなきゃ満足できない。
朝比奈さんには、私だけを見ていてほしい。
朝比奈さんには、私だけを愛してほしい。
そうじゃなきゃ、嫌だ。
「朝比奈さん……玲香さん。好きです。大好きです。私を一生、愛してくれますか?」
「ええ、もちろんよ。梓ちゃんを一生愛するし、絶対に幸せにしてみせるわ」
「約束ですよ?」
「約束よ」
指切りする。
でも、まだ足りない。
私はまだ、言葉だけの約束では満足できないみたい。
次の瞬間、私の口からは自然と、この言葉が出てきた。
「玲香さん。えっちしましょう」
「──はぇっ!?」
『JKは女社長に拾われました』
多くの反応をいただけたこの作品も、残すところ2話となりました。
引き続き、最後まで応援のほどよろしくお願いします!




