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side. ────





「あずさ」


 温もりに包まれた声が聞こえた。

 次に、ぼんやりとした光の中から細くて綺麗な手が出てきて、ゆっくりと私に迫るそれは、ぽんっと頭に置かれた。


「梓。俺の可愛い梓」

「梓。私の可愛い子」


 再び名前を呼ばれた時、世界は色付いていた。


 ──懐かしい光景だ。


 私が住んでいた家。もう死んでいる両親と住んでいた、こぢんまりした一軒家。もう忘れたと思っていたのに、こうして思い出すと懐かしさを覚えた。


 今見ているこの映像も、目が覚めればすぐに忘れちゃうんだろうな。

 ……そう思うと、少し寂しくなる。



「お父さん、お母さん」


 私の体は、今よりもずっと小さくなっていた。

 タタタッと小走りに、ソファーに座るお母さんの足に抱きつく。顔を上げると、並んで座る二人の顔はぼんやりと滲んでいて、よく見えなかった。


「……梓、こっちにおいで」


 体を抱き上げられ、お父さんの膝に乗せられる。


「梓は良い子ね」


 お母さんに頭を撫でられて、そこから温かい気持ちがじんわりと灯った。

 きっと、今の私は猫のように目を細めているに違いない。そう思うほどに嬉しさが溢れているのを自覚している。


「私は、良い子じゃないよ」


 気が付けば、私の口からはそんな言葉が出ていた。


 ──違う。


 言いたいのはそんなことじゃない。

 そう思っても、一度出てしまった言葉をすぐには止められなかった。


「私はお金欲しさに体を売ろうとした。誰も信じられなくて、みんなから距離を置いて、愛してくれる人にさえ愛想を尽かされた。私は、お母さんが言うような良い子じゃない……ごめんなさい」


 私がやったことは、とても褒められるようなことじゃない。産みの親からすれば絶対にやってほしくないことで、「どうしてそんなことを」と怒られるのは当然で。


「あなたは良い子よ。……そして、誰よりも優しい子だわ」


 なのに、お母さんはそれを否定した。


「ごめんね」


 何を言われたのかわからなかった。

 見上げると、ぼんやりと滲む母親の顔が悲しげに歪んでいるような気がした。


「私達のせいで、あなたを不幸にさせてしまった」


 だから、ごめんね。

 震えた指が、頬に触れる。


「あ、うぁ……」


 違う。お母さんは悪くない。悪いのはあの人達で、私で。二人は何も──。

 そう訴えたかったのに、口からは空気だけが漏れ出すだけだった。


「大好きよ。私達の可愛い、梓」

「っ、お母さ──!」


 瞬間、世界は暗転した。




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― 新着の感想 ―
[一言] あー泣 幸せになってー!!!!
2020/05/24 20:50 退会済み
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