3. 大金を渡された
現実恋愛ジャンル
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今、目の前の女性は何と言った?
買う? 誰を? 私を? ──はぁ?
「あの、聞き間違いでしょうか。私を買うと、そう言われたような気がしましたが」
「ええ、そうよ。怪しい男にその体を売るくらいなら、私が貴女を買ってあげる」
──私を買う。
その言葉が何度も何度も、私の中で繰り返される。
「……えっと、貴女は馬鹿ですか?」
しばらく考えて出てきたものは、自分でも驚くほどに素直な言葉。
あまりにも包み隠さないストレートな罵倒に、朝比奈さんも苦笑している。
「随分な物言いね」
「いえ、ごめんなさい。思ったことがそのまま言葉になりました」
「フォローになっていないわよ、それ」
たしかに、その通りだ。
フォローするどころか、更に馬鹿にしている気さえする。
「梓ちゃん。私の言葉を聞いてくれるかしら?」
再び、朝比奈さんは真剣な眼差しになった。
至近距離から見つめられた私は、その視線から逃れられない。
「今は信じられないかもしれない。でも、私は貴女を大切に思っている。だから昨晩は貴女を助けたし、後悔してほしくないから貴女を買うの。……まぁ、一晩を共にしたのは予定外だったけれど」
私は、もっとわからなくなった。
本気で言っているのか。本気で言っていなければ人を買うだなんて馬鹿げたことを言わない。でも、そこまでする理由がない。だって私は────。
「私は貴女が欲しい。……いいえ、力づくでも手に入れてみせるから」
「……高くなりますよ」
挑発するように笑うのがやっとだった。
自分を強く見せていなければ、私はきっと変になっていたから。
朝比奈さんは挑発を真正面から受けて、それでも尚、私のことを諦めないと言いたげな目をしていた。
「ちょっと、こっちに来なさい」
そうして寝室へ戻され、朝比奈さんはクローゼットの下をゴソゴソと漁る。
多くの布に隠されたそこには四角い箱が現れて、彼女は手慣れた様子でパスワードを入力した。咄嗟に目を逸らしたけれど、あれは多分……とても大切な物だ。
「はい。これで足りるかしら」
ぽんっと軽く手渡された物を見て、私は一時停止。
「……………………はぁ!?」
時間にして数秒。ようやく戻ってきた私は声を荒げた。
手に置かれたものは束になった諭吉さんだった。
「こ、こここれ、は……」
「百万円」
「ひゃ──っ、何をさらっと言っているんですか! お返しします!」
押し返すと、逆に押し戻された。
そして朝比奈さんは当然のように、こう言った。
「この金で貴女を買うのだから、もうそれは貴女の物よ。返されたら困るわ」
──本気だ。
彼女は本気で、私を買おうとしている。
「……何を、お望みですか。貴女は、私に何をさせようと?」
「もちろん、条件はあるわよ」
朝比奈さんが提示してきたものは、大きく四つ。
・ここで暮らすこと。
朝比奈さんの物になったのだから、一緒に住むのは当たり前だと言われた。今借りているアパートには彼女の方から話をつけるし、そこにある私物も業者に頼んで持ってきてもらうので、今日からここに住んでいいらしい。
・今すぐにアルバイトを辞めること。
夜道は危ないし、朝比奈さんが私を養ってくれるから、自分から金を稼ぐ必要はないと言われた。その代わりに家事は手伝ってほしいと言われたけれど、それはあまりにも釣り合っていない。無論、家事の方が楽すぎるという意味だ。
・二度と危ないことはしないと誓うこと。
必要な物や欲しい物があるなら、手渡された百万円を使う。それでも足りなくなったら買ってあげるから、絶対に昨晩のような行為はしないこと。と念押しに言われた。
それ、百万円の意味って……と思ったけれど、深くは考えないことにした。これ以上の悩みが生まれたら、今度こそ本気で何も考えられなくなってしまう。
・最低でも一日に一回、挨拶でキスをすること。
これはなんだと問い詰めたら、お願いしますと土下座までされた。
意味がわからないけれど、一日一回のキスで百万円を貰えるなら安い。
多分、おじさんに体を売っていたらキスだけでは済まされなかったから、毎日続くとしても破格の値段だ。
「どうかしら?」
「いや、どうかしらと言われても……」
それでは、あまりにもこちらに得がありすぎる。
戸惑う私を見て、彼女は何かを勘違いしたらしい。
「足りない? それなら、将来に期待して倍プッシュを──」
「これで充分です!」
訳がわからないけれど、これ以上渡されたら、もっとやばいことだけはわかる。
だから私は必死に百万円で良いと主張した。その気迫は朝比奈さんに伝わったらしく、それならばと百万円で納得してもらえた。
……あれ? どうして私の方が説得しているんだっけ?
「それじゃ、今日からよろしくね──梓ちゃん」
何はともあれ、私は買われた。
見知らぬ女性──朝比奈玲香さんに拾われ、記憶のない一晩を彼女と明かし、そして百万円という大金を積まれて、私は彼女に買われた。
「あはは……なんだこれ」
ついに理解の限界を迎えた私は、太陽が照りつける砂漠のように乾ききった笑いを口から漏らし、呆然とその場に立ち尽くす。
──眩しい。
それは早朝に差し込む太陽の光ではなく、心の底から嬉しいと表現した朝比奈さんの笑顔だと理解することが、私に出来た唯一の思考だった。
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