表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
28/36

27. 今度こそ、わからなくなった




「梓ちゃんは私の恋人だもの」



 ──吐き気がした。

 考えれば考えるほどに、涙が溢れて止まらない。



「梓ちゃん!? 具合が悪いようなら、早く病院に!」

「どうして私に優しくするんですか。どうして私に甘い言葉を囁くんですか。嘘ばかりのくせに、私のことを邪魔だと思っているくせに──私のことを、愛していないくせに!」


 訳がわからなくなって、もう何も考えたくなくて、子供のように大声で泣き喚く。


 そんな私を見て、朝比奈さんは困惑していた。

 どうして文句を言われているのか、どうして私が泣いているのか、見当がついていないと言いたげな顔だ。



「どうせ嘘なら最初から信じさせないでくださいよ。貴女を信じようとした私が馬鹿みたいじゃないですか。……それとも、私の反応を見て楽しんでいたんですか?」


 さぞ面白かっただろう。

 さぞ滑稽だっただろう。


 囁かれる言葉一つ一つに一喜一憂して、目を輝かせて。

 全て手の平の上で踊らされているとも知らずに、私は与えられるだけの生活に満足していて……。


「あずさ、ちゃん……? ねぇ、本当にどうしたの? 何かあるなら、私に」


 まだシラを切るつもり?

 ……なら、電話で聞いたことを言ってやろう。


「早苗とは、誰ですか」

「っ!」


 朝比奈さんが明らかに狼狽した。

 その隙を逃さず、私は畳み掛ける。


「私はまだ知らないと言っていましたね。最後まで隠し通すつもりはないと言っていましたが、流石の朝比奈さんも、こんなに早くバレるとは思わなかったでしょう?」

「違っ、誤解よ!」

「バレた時は謝罪するとも言っていましたね。最初からそのつもりだったんでしょう? いつか私を、追い出すつもりだったんですよね?」


 今も昔も気持ちは変わらないって言っていた。

 私をこの場所に迎え入れる時から、朝比奈さんの中に私は存在していなかったんだ。


「だから、私をお金で買った。必要なくなった時、後腐れなく捨てるために」

「違う。違うわ。お願い、話を──」



「触らないでください!」


 縋り付くように伸ばされた手を、私は拒絶した。



「何も聞きたくない! どうせ嘘なんです。どうせ私はいらない子なんです。少しでも必要とされているだなんて、おこがましい思いは、っ……もう、したくなかった……」





『お前は邪魔なのよ』


 何度も言われてきた言葉だ。


 だから、自分もそう思うことにした。私は誰にも必要とされていないんだと、最初から諦めていれば……苦しい思いをせずに済むから。





『私は梓ちゃんを不幸にしない。絶対に』


「…………嘘つき」


 朝比奈さんがどんな顔をしているのか、わからない。

 ……見たくもない。


 もう二度と会うこともないから、どうでもいい。


 ああ、でも……最後にこれだけは言わなくちゃ。

 私も、同じ嘘つきにはなりたくないから。


「短い間でしたが、お世話になりました。貴女に会ってから今まで、私は幸せでした」

「っ、梓ちゃん! 待って!」


「さようなら」


 喚く朝比奈さんに背を向けて、私は玄関を飛び出した。


 やっと見慣れてきた廊下を歩く時も、とても長いエレベータを降る時も、ホテルのようなエントランスをくぐる時も。私は一度だって後ろを振り向かなかった。



 人気の無い裏道まで歩いて、ようやく立ち止まる。


 朝比奈さんは、追いかけて来なかった。




「〜〜〜〜っ!」


 いくつもの感情が胸の中で渦を巻いて、もう二度とあの人の顔を見たくないと激情して、全部仕組まれていたことだったんだと自分の愚かさを呪った。


 それなのに過去を思い出す度、涙が溢れ出して止まらない。


 すぐに視界はぐちゃぐちゃになった。

 私の今を表現しているように思えて、そしてまた泣いた。


「なんで、どうして……朝比奈さん……」


 ……もう、わからないよ。

 今度こそ、私は『私』を理解出来なくなった。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ