27. 今度こそ、わからなくなった
「梓ちゃんは私の恋人だもの」
──吐き気がした。
考えれば考えるほどに、涙が溢れて止まらない。
「梓ちゃん!? 具合が悪いようなら、早く病院に!」
「どうして私に優しくするんですか。どうして私に甘い言葉を囁くんですか。嘘ばかりのくせに、私のことを邪魔だと思っているくせに──私のことを、愛していないくせに!」
訳がわからなくなって、もう何も考えたくなくて、子供のように大声で泣き喚く。
そんな私を見て、朝比奈さんは困惑していた。
どうして文句を言われているのか、どうして私が泣いているのか、見当がついていないと言いたげな顔だ。
「どうせ嘘なら最初から信じさせないでくださいよ。貴女を信じようとした私が馬鹿みたいじゃないですか。……それとも、私の反応を見て楽しんでいたんですか?」
さぞ面白かっただろう。
さぞ滑稽だっただろう。
囁かれる言葉一つ一つに一喜一憂して、目を輝かせて。
全て手の平の上で踊らされているとも知らずに、私は与えられるだけの生活に満足していて……。
「あずさ、ちゃん……? ねぇ、本当にどうしたの? 何かあるなら、私に」
まだシラを切るつもり?
……なら、電話で聞いたことを言ってやろう。
「早苗とは、誰ですか」
「っ!」
朝比奈さんが明らかに狼狽した。
その隙を逃さず、私は畳み掛ける。
「私はまだ知らないと言っていましたね。最後まで隠し通すつもりはないと言っていましたが、流石の朝比奈さんも、こんなに早くバレるとは思わなかったでしょう?」
「違っ、誤解よ!」
「バレた時は謝罪するとも言っていましたね。最初からそのつもりだったんでしょう? いつか私を、追い出すつもりだったんですよね?」
今も昔も気持ちは変わらないって言っていた。
私をこの場所に迎え入れる時から、朝比奈さんの中に私は存在していなかったんだ。
「だから、私をお金で買った。必要なくなった時、後腐れなく捨てるために」
「違う。違うわ。お願い、話を──」
「触らないでください!」
縋り付くように伸ばされた手を、私は拒絶した。
「何も聞きたくない! どうせ嘘なんです。どうせ私はいらない子なんです。少しでも必要とされているだなんて、おこがましい思いは、っ……もう、したくなかった……」
『お前は邪魔なのよ』
何度も言われてきた言葉だ。
だから、自分もそう思うことにした。私は誰にも必要とされていないんだと、最初から諦めていれば……苦しい思いをせずに済むから。
『私は梓ちゃんを不幸にしない。絶対に』
「…………嘘つき」
朝比奈さんがどんな顔をしているのか、わからない。
……見たくもない。
もう二度と会うこともないから、どうでもいい。
ああ、でも……最後にこれだけは言わなくちゃ。
私も、同じ嘘つきにはなりたくないから。
「短い間でしたが、お世話になりました。貴女に会ってから今まで、私は幸せでした」
「っ、梓ちゃん! 待って!」
「さようなら」
喚く朝比奈さんに背を向けて、私は玄関を飛び出した。
やっと見慣れてきた廊下を歩く時も、とても長いエレベータを降る時も、ホテルのようなエントランスをくぐる時も。私は一度だって後ろを振り向かなかった。
人気の無い裏道まで歩いて、ようやく立ち止まる。
朝比奈さんは、追いかけて来なかった。
「〜〜〜〜っ!」
いくつもの感情が胸の中で渦を巻いて、もう二度とあの人の顔を見たくないと激情して、全部仕組まれていたことだったんだと自分の愚かさを呪った。
それなのに過去を思い出す度、涙が溢れ出して止まらない。
すぐに視界はぐちゃぐちゃになった。
私の今を表現しているように思えて、そしてまた泣いた。
「なんで、どうして……朝比奈さん……」
……もう、わからないよ。
今度こそ、私は『私』を理解出来なくなった。




