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24. お風呂に入った




 朝比奈さんの提案により、私も一緒に入ることになった。

 いつもは別々に入っていたけれど、折角だからとごり押しされ、手を引かれて脱衣所へ連れ込まれた。


 昨晩は酔っ払った朝比奈さんの介抱で疲れてしまい、私もお風呂に入っていなかったので、別に良いかなと軽い気持ちで受け入れた私は、すぐにそれを後悔することになる。


「梓ちゃんの裸……ウヘヘ……」


 朝比奈さんの視線が怖い。怪しいおじさんのように手を動かし、前屈みになって今にも飛び込んできそうな体勢になっていて、はぁはぁと息も荒い。



 昨晩『もし朝比奈さんが強引に迫ってきても拒絶はしない。文句を言いながらも彼女のことを受け入れそうな自分がいる』……と言った気がする。




 でも、訂正する。

 これは流石にないかなぁ。




 こんな人に私の初めてを捧げるとか、絶対に嫌だ。

 ……いや、正確には初めてじゃないけれど、こっちの気持ち的には初めてなので、次の一回は大切にしたい。


 だから、受け入れるのは今じゃない。たとえ相手が恋人だったとしても、これだけは絶対にない。ムードや思い出、恋人云々。それ以前の話だ。


「あの、朝比奈さん? 正気に戻っていただけますか?」

「私は正気よぉ」



 ──嘘つけ。


 今の朝比奈さんは、極上の餌を前にした猛獣にしか見えない。

 よだれを垂らし、うへへと変な声を漏らす姿は……いや、これは変態おじさんかな。


「我慢してください。飛び付いてきたら通報します」

「そんなっ……! これじゃあ生き地獄よぉ」

「変態な朝比奈さんは今すぐに死んでください」

「辛辣!?」


 絶望に項垂れる朝比奈さんを置き去りに、風呂場へ入る。


「梓ちゃ〜ん、無視しないでぇ……」


 私の後を追って入ってきた朝比奈さんは、懲りずに背中へもたれ掛かってきた。

 それを軽くあしらい、まずは体を洗おうとボディタオルを取ったところで、にゅっと伸ばされた手に腕を掴まれた。元を辿れば朝比奈さんの笑顔が。


 …………嫌な予感しかしない。


「私が洗ってあげるわ!」


 ほらきたぁ。

 二回目だよ、これ。


「夜、お世話になったお礼よ。ほらっ、遠慮しないで!」

「……変なところを触ったら、本気で嫌いになりますからね」

「わ、わかっているわよ」

「目が泳ぎまくっていますよ」


 拒絶すれば面倒なことになりそうなので、釘を刺してから身を任せる。


「痒いところ、ある?」

「ん、大丈夫です」


 何をされるか不安だったけれど、これが案外気持ちいい。

 私の体に欲情していたとは思えないほど、朝比奈さんは丁寧に体を洗ってくれる。まるで貴重品を取り扱うように、慎重に。


「気持ちいいです……」

「ふふっ、お褒めに預かり光栄よ。……それにしても、梓ちゃんの体はすべすべで羨ましいわ。いつまでも触っていたいくらい」

「変に触らないでくださいね。朝比奈さんが紹介してくれたエステのおかげです。あれ以降、体も楽になりました」

「それでも、簡単にはこうならないわよ。きっと元から素材が良かったのね。前は充分なケアをしていなかったけれど、磨いたことで光るようになったんだと思うわ」

「……そうでしょうか。だとしても朝比奈さんのおかげです。ありがとうございます」



 自分が綺麗になれるのは、素直に嬉しいと思う。

 前は贅沢が出来なかったから諦めていたけれど、今は朝比奈さんのおかげで余裕もあるので、ちょっとくらいなら自分のためにお金を使っても怒られない。



「さぁ、体も洗ったし、お風呂に浸かりましょう?」

「……ええ、そうですね」


 浴槽はとても広い。

 私が横になっても充分な空きがあるくらいで、わざわざくっ付いて入る必要もない。


「と、思っていたのになぁ……」


 朝比奈さんの両手両足に挟まれながら、遠い目で数秒前の浅はかな自分を責める。


 すっごい自然に誘導されて、気がついた時にはこうなっていた。

 相変わらず流されやすい私と、押しが強い朝比奈さんとでは、朝比奈さん側に軍配が上がってしまう。


「んふふ、梓ちゃんは本当に可愛いわね」

「ありがとうございます」

「あ、その反応……お世辞だと思っているでしょう? 言っておくけど、私はお世辞とか社交辞令とか嫌いなの。言いたいことは言う。逆なら言わない」


 だから、可愛いと思ったら「可愛い」と言ったのだと、朝比奈さんは言う。


 彼女のように、恥ずかしげもなく自分の本音や気持ちを伝えられたなら。

 言いたいことを言って、言われて。そんな関係になれたのなら。


 この気持ちを、もっと楽に吐き出せたのかな。




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