22. 色々話した
「梓ちゃん、学校で何かあった?」
昨晩作り置きしておいたオムライスを食べて、食後の休憩に二人してソファーに深く腰掛けくつろいでいた時、朝比奈さんは唐突にそう言った。
彼女にはあまり学校のことを話していなかったことを思い出すと同時に、これと言って話す話題がないからなぁ、と一人納得する。
──今日も今日とて、ぼっちでした。
そう答えても、聞いたほうは反応に困ってしまう。「お、おぅ……」と微妙な顔をする朝比奈さんの顔が思い浮かんで、少しだけ申し訳ない気持ちになった。
「………………特に、何もありませんね」
「返答にかなりの時間があったけれど?」
「何かないかなと考えて、結局何もなかっただけですよ」
私なりに、話になりそうなことを思い出そうと努力した。
でも、結局何も面白そうな話題は見つからず、早々に諦めただけのことだ。
「うーん、授業は楽しい?」
「先生によりますね」
「そうよねー。面白い先生に全部の授業をやってほしいなぁ……って、学生時代はそう思っていたわ」
それだと先生一人の負担が尋常ではない。
……まぁ、たしかにそれだと毎日が面白そうではある。
「何の授業が一番楽しい?」
「……なんでしょうね。英語でしょうか?」
「大抵の学生は体育とか家庭科とか。五教科以外のことを言いそうなのに、意外なところからきたわね。梓ちゃんは英語が得意なの?」
「どちらかと言えば文系寄りですが、別に好きではありません。でも、先生が……」
「先生が面白いのね? どういう先生なの?」
私は、人に対して苦手意識を持っている。
親戚のことやストーカー事件のこと、学校での扱い。過去にあった様々なことが積み重なって、いつしか他人とは関わりたくないと無意識に人を避けるようになっていた。
朝比奈さんも、私の過去のことは理解してくれている。
そんな私が『他人』を話題に出したことで、朝比奈さんも興味を示したようだ。聞かせて聞かせてと身を寄せ、期待に目を輝かせている。
「すっごいお爺ちゃんです。リスニングの時なんか、ごにょごにょと何を言っているのかわからなくて、それを聞いているのは面白いです」
「予想の斜め上の回答だったわ……」
ごめんなさい。でも、本当に面白いんです。
突けば簡単に倒れてしまうんじゃないかと思うほどによぼよぼで、いつも小刻みに震えている姿は、見ているだけでじわじわと来るものがある。
「じゃ、じゃぁ……お友達は?」
「まだ一人も出来ていないですね。まだ二年生の春ですが、これからも友達は出来ないと思います。……なんか、生徒たちの間で変な噂があるっぽいんですよね」
「噂? それは、何かしら?」
朝比奈さんの雰囲気が、凍えるものに切り替わった。
澄んだ瞳はこちらの全てを見透かしているようで、低く唸るような声は怒りを含んでいるようにも感じられる。
「男子生徒をたぶらかしているとか、最近身なりが豪華になったのは援交をしているからだとか。エトセトラ。根も葉も無い噂話です」
「何よそれ。梓ちゃんのことを何も知らないくせに、酷いじゃない!」
案の定、朝比奈さんは声を荒げて怒ってくれた。
まぁまぁと落ち着かせながら、あまり気にしていないと自分の考えを口にする。
「ストーカー事件に遭ってから、私の周りには男子生徒が多く集まっていました。心に傷を負った私を慰めて、あわよくばと期待していたのでしょう」
「最低な男どもよね」
あまりにもストレートな侮蔑に、私は苦笑する。
「でも、誰かが近くに居てくれたことで、安心していたのも事実です。だから私は、強く拒絶せずに彼らを側に置いた。……まぁ、しばらくして脈無しと悟ったのか、誰も私に興味を示さなくなりましたけど」
むしろ『あわよくば』を狙って寄って来ていた男子生徒が、影で私の文句を言うようになったのは、少し悲しかったなぁ。
今となってはもう気にしていないけれど、あの時……傷を負ったのは確かだ。
「そいつらの顔と名前は覚えているかしら? 全員潰すわ」
明るい口調で言うから、余計に恐ろしい。
「もう覚えていませんよ。彼らがどうなろうと興味もありません。朝比奈さんも、私なんかに危ないことはしないでください」
「むぅ……」
そんな不満そうにされても、許可は出せない。
私の言葉一つで複数人が破滅するとか、なにそれ怖い。
「でも、援交って……私からの貢ぎをそんな低俗なものと一緒にしないでほしいわ」
「実際にやる寸前だったので、こちらとしては何とも言えませんね。噂の派生なのか、金さえあれば誰にでも腰を振るような女と言われているみたいで、数人の男子生徒からは何度かそのような相談を受けたこともあります」
放課後に呼び出されて、急にお金を差し出された時はびっくりしたな。
もちろん断ったけど。
「…………その男子生徒の顔と名前を」
「教えませんってば」
だから、その笑顔をやめて?
「まぁ、私はどんな噂話があっても気にしません。友人はもう一人も出来ないと思いますが、これは自分のせいでもあるので仕方がないと諦めています」
「梓ちゃんは、それでいいの? 諦めても悲しいだけでしょう?」
「ええ、いいですよ」
誰からも手を差し伸べられず、孤独を生きていたら──きっと私は耐えられなかった。
でも、今は違う。
手を差し伸べてくれる人がいる。慕ってくれている人がいる。守ってくれる人がいる。話しかけてくれる人がいる。たとえ、それが友人ではなくても、私が望んでいたものには変わりない。
「朝比奈さんが居てくれる。それだけで、私は充分です」




