20. 寝すぎてしまった
まどろみの中、シャワーの音が聞こえてきた。
「……ん、んぅ……?」
誰かがお風呂に入っている。同居しているのは朝比奈さんだけで、今日は私も朝比奈さんも休みだから、家政婦さんは来ない。
目を開けると、芸術のように綺麗な顔が間近にあった。朝比奈さんだ。
だったら誰が────
「…………あぁ……立花さん、か」
昨晩のことを思い出す。
そういえば、私の方から立花さんのお泊まりを勧めたんだった。
「あれ、もう……十時?」
電子時計の表示を見て、驚く。
休日だからアラームを設定していなかったとはいえ、これは寝過ぎだ。
以前だったら学校が休みでも朝方からバイトがあったし、敷布団も寝心地が悪かったから、嫌でも七時には起きていた。
こんなに眠れるようになったのは、ここに来てからだ。
本当に、変わったなぁ。
私は改めて、恵まれた生活をありがたく思った。
「朝比奈さん、起きてください。朝ですよ」
体を揺らしても一向に起きる気配がない。
むしろ、寝ぼけているのか私の身を抱き寄せて、枕にしようとする始末。これはまだ起きないやつだ。
昨日は凄く酔っ払っていたし、お仕事で疲れているのかもしれない。
そう思い、朝比奈さんを起こさないよう静かにベッドを抜け出して、適当な部屋着を羽織って廊下へ出る。
「「──あ」」
と、そこで脱衣所から出てきた立花さんとばったり出くわす。
「おはようございます、梓さん。シャワーいただきました。ありがとうございます」
「立花さん。おはようございます。……朝、早いんですね」
気まずい空気が流れる。
廊下で立ち話をするのもあれだと思い、一先ず私達はリビングへ向かった。
「お茶をどうぞ」
「ありがとうございます」
私は、人と会話するのは得意ではない。
小中高を通して誰かと関わろうとはしなかったのが、今になって私の足を引っ張っている。立花さんは悪い人じゃないってわかっているけれど、どうしても過去の嫌な思い出が脳裏をよぎってしまい、私は話を切り出すことができなかった。
「社長は、まだ寝ているのですか?」
「……え? ああ、はい。さっき起こそうとしたんですけど、起きる気配がなかったので放置してきました。……でも、そろそろ起きてくると思いますよ」
あの人、私が近くに居ないと安眠できないようなので。
そう言うと立花さんは口に手を当て、くすくすと上品に笑った。
「社長は本当に、梓さんのことが好きなのですね」
「ええ、とても愛されていると思います。まだ夢のような気分です」
「……夢のよう、ですか……社長も苦労しますね」
苦労か。朝比奈さんは私に対して、苦労しているのかな。
同居しているから、愛してくれているから、彼女にはなるべく迷惑を掛けたくない。
私のことが負担になっているなら申し訳なくなる。
……でも、朝比奈さんは教えてくれないんだろうな。
私を心配させないようにと思ってくれているのは知っているし、やっぱり優しいなと嬉しくなる。それでも話してくれないと、信用されていないのかなと悲しくなる。
わかっている。
これは、私のわがままだ。
朝比奈さんを信じられていない私が、朝比奈さんから信用されたいなんて……そんな身勝手な思いが許されるわけない。
だから、これは私が一方的に思っているだけだ。
あの人に押し付けるようなことではない。




