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2. 買われるみたいだった




 そして冒頭に戻る。


「ちょ、ちょっと待って!」


 スマホを取り出した私が警察に電話すると、女性は顔を青くさせてストップを掛けてきた。


「待ってと言われたので、少し待ってください。……ええ、すいません。多分大丈夫だとは、いや、ちょっと厳しいかもですね。相手が冷静でいることを願うばかり……その通りですよね。私もそれを切に願いますよ、本当に」

「この状況で普通に電話してる!? ──って、違うから。私は健全な人だから!」


 女子高生と裸で寝ておいて、自分は健全だと言い張れるその図太い精神に尊敬の意を表します。もちろん嘘です。

 でも、私は私で彼女を受け入れたに違いない。そうじゃなければ、こうなっている現状に説明がつかない。記憶はないけれど。……思えば、何で記憶がないんだろう?


「すいません。話でケリをつけられそうなので、一旦切ります。……はい。何かあればすぐに。お願いします」


 電話を切り、スマホの画面を閉じた。


 それを見た女性は心底安堵したように息を漏らし、下着を着始めた。

 いや、そっち優先ですかと内心ツッコミを入れながら、私も自分の下着を探す。


 ──見つけた。

 ベッドの下に乱雑に脱ぎ捨てられている。上は綺麗だったけれど、下はなぜか濡れている。これを履いても気持ち悪いだけだと諦めて、代わりに布団を腰に巻きつかせた。


「貴女は誰ですか」

「私は、貴女の恋び──」

「ふざけたら、今度こそ本気で通報するので」

「…………私は玲香。朝比奈(あさひな)玲香(れいか)よ」


 流石に二度も通報されるのは嫌だったのか、ちゃんと答えてくれた。

 朝比奈? ……うーん、どこかで聞いたことのあるような名前な気がするけれど、多分気のせいだよね。そもそも顔を知らないから、知り合いというわけじゃなさそうだ。


「私はどうしてここに?」

「私が梓ちゃんを連れてきたの。そしたら何を思ったのか、急に私のお酒を飲み始めちゃって……未成年はお酒を飲んだらダメなのよ? 今日だけは見逃してあげるわ」


 どの口が言いやがると、そう思ったのは内緒だ。


「どうして私の名前を……って、私が話したのですか?」

「そうよ。まさか、昨晩の記憶がないの?」


 素直に頷く。

 すると朝比奈さんは額に手を当て、あちゃーと口にした。


「どこまでなら覚えているのかしら?」

「夜に出て、適当なおじさんを引っ掛けたところまで……ですかね」

「そこまで、か……ねぇ梓ちゃん。貴女、自分がどれほど危険なことをしようとしていたのか、理解しているかしら?」


 真摯の眼差しが私を貫き、言葉に詰まる。


「理由がなんであれ、自分の体を大切にしなきゃダメ。もしかしたら貴女は、二度と戻れなくなっていたかもしれないのよ?」

「二度と、戻れない……?」

「そうよ。本番を無理強いするような人だったら、どうするつもりだったの? 男の人を振り払えるほどの力は無いでしょう? ホテルに行こうとしていたところを私が止めたから良いものの、本当に危なかったわ」


 危険なことをしようとしていた。その自覚はある。でも、なかばヤケクソ気味だったから、それがどんな結末になるかは考えていなかった。


 ……いや、正しく言えば『考えることすらどうでも良くなっていた』か。


「世の中の大人は欲望に塗れているのだから、軽率に大丈夫だと信じちゃダメよ。だからって私まで警戒しないでね? 私は、ちゃんと梓ちゃんのことを思って──」

「でも、貴女も結局、私のことを弄びましたよね?」

「…………自分の体は大切にしなさい。まだ高校生なのだから、何がなんであれ、あのようなことはしちゃダメ。二度としないって約束して」


 自分のことに関してはスルーか。

 でも、朝比奈さんの言っていることは間違っていない。

 間違っているのはこっちで、普通は彼女と同じような考えを持つと思うから。


「心配いりませんよ」


 それでも私は、大丈夫だと嘯く。


「私のことを心配してくれるような、優しい人はいません。今まで、誰もいませんでした。だから、もう──どうでもいいんです」

「っ、そんな……!」

「朝比奈さんも、どうかこんな私に気を遣わないでください」


 どうせこの人も、本気で私のことを怒ってくれない。

 偶然その場に居合わせて、正義感が湧いたから見過ごせなかっただけで、内心では面倒なことをしてしまったと思っているんだ。


 そんな相手に何を思われ、何を言われても──もう私の心には響かない。


「もう、そんな偽善を私に向けないでください」


 じゃないと、また誰かに期待をしてしまう。

 願って近づいて、何度も突き放された。


 もう誰も信じたくない。

 心が痛くなるのは、嫌だから。



「偶然でも助けてくれて、ありがとうございました。……それと、変に疑ってしまったことも、ごめんなさい。──さようなら」


 皺だらけになった制服に袖を通し、お辞儀をして出口へ向かう。


「待って! 待ちなさい!」


 玄関のドアノブを握る直前、後ろから強く抱きしめられた。

 それをしたのは朝比奈さんだ。振り向くと、彼女は今にも泣きそうな顔でこちらを見ていた。……どうして貴女がそんな顔をするのですか。


「……貴女はこの後、どうするつもり?」

「借りているアパートに戻ります。学校は……そうか、今日は土曜日でしたね。ああ、警察に行くかもしれないと疑っていますか? それは安心してください。今日のことは忘れますから、警察沙汰になることは」

「違うでしょ!」


 言葉を遮られ、怒鳴られてしまった。

 こんな強く言われたのは初めてで、私は驚いた。


「梓ちゃんは、また……体を売るでしょう」

「そうですね。家からの仕送りはありませんし、アルバイト代だけでは厳しいので。いつかはやるでしょうね」

「なら、」


 朝比奈さんは一度、そこで言葉を区切った。

 そして、己の覚悟を示すようにゆっくりと次の言葉を口にする。


「なら、私が貴女の全てを買うわ」


 ………………………………はい?




次回更新は明日の12時です。

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