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16. こっちも大概だった




 荷物を預けて送迎車に乗り込む。

 向かったのは近所のスーパー。特に最高級の食材ばかりを扱っているわけではなく、一般人が気軽に利用できる、庶民のお財布に優しい『普通』のスーパーだ。


「さぁ、行きましょう! 籠もお持ちしますよ!」


 奈々さんは私の手を取り、意気揚々とスーパーへ乗り込んだ。


 腕を絡ませてくるから緊張するけど、不思議と歩きづらいとは思わない。

 そういうのも武術で習うのかな。……知らないけど。


「私一人でも大丈夫ですから、奈々さんは車で待っていてください」

「ダメですよ。これは梓様の護衛も兼ねているのですから、なるべくお側に控えていないと何かあった時に対処できません」


 そうは言われても、スーツ姿の美女は目立つ。

 必要以上に密着されているから、更に周囲の目を集めてしまう。


「……あの、護衛はわかりましたけど、ここまで密着する必要はないんじゃないかなと思うのですが……?」

「私が梓様にくっ付きたいだけなので、ご心配なく」

「余計に身の危険を感じたのですが?」


 それとなく離れてほしいと言ってみれば、返ってきた言葉はまさかの拒否。


 しかも、護衛の仕事に関係なく引っ付いているのだから、タチが悪い。これを朝比奈さんが見たら怒り狂うだろうけど、彼女に私のことを報告するのは奈々さんだ。私が直接文句を言わない限り、真実は簡単に捻じ曲げられてしまう。


「私は朝比奈さんがいいので、離れて歩いてください」


 こういう場合は強く言ったほうがいい。

 私達が密着していたと何処かから情報が漏れる可能性もあるし、それが万が一、朝比奈さんの耳に入った時、私はすごく後悔するだろうから。


「……こうも真っ直ぐに言われると、いっそ清々しいですね」


 わかりましたと、奈々さんは私から体を離した。


 彼女はその明るい性格から、かなり押しが強い。テンションと言葉を上手く扱って、自分の望むままの結果をもたらそうとする。そんな彼女があっさりと引き下がった?


 何か裏があるのかと訝しげに見つめていると、笑われてしまった。


「そんなに警戒されると傷付きますねぇ。雇い主の恋人を取ろうなんて、流石の私も馬鹿な真似はしませんよ。ただ、ちょっとだけ羨ましいなと思っただけです。お気に障ったのであれば、謝罪いたします。──申し訳ありません、梓様」


 奈々さんの纏う雰囲気が、がらりと切り替わった。

 ふわふわとした天真爛漫な笑顔を浮かべていたと思ったら、感情の全てを封印したような鉄仮面を被る。その変わりように私は戸惑い、頭を上げるように言う。


「私は怒っていません。人目があるところでくっ付かれると恥ずかしいから、やめてと言っただけなので……」

「では、人目のないところなら、良いと?」

「違います!」


 揚げ足を取られて必死に否定すると、くすくすと笑われた。


「申し訳ありません。梓様が可愛くて、思わず……」

「可愛いなんて、そんなお世辞はいりませんから」


 そっぽを向き、冷たく言い放つ。

 その程度の安っぽい言葉で騙されると思ったら、大間違いだ。


「いいえ、可愛いですよ。朝比奈様が居なければ、どんな手段を用いてでも梓様を手に入れたいと思うほどには、可愛いです」


 真剣な眼差しで見つめられ、私は低く唸った。

 それが嘘でも本当でも、手放しに褒められると流石に恥ずかしい。


「本当に可愛いですね、梓様は。……そして、同じくらいに優しい」

「もういいですってば。ほら、行きますよ」

「腕を絡めていいですか?」

「許可制ならいいと思ったんですか?」


 ダメだと言ったばかりなのに、なんとも欲深い人だ。


「私、梓様成分を摂取しないと死んじゃう病気なんです」

「サラッと嘘をつかないでもらえますか?」


 私を摂取ってなんだ。

 そんなものは無い。と言いたいところだけど、たまに朝比奈さんも同じようなことを言うんだよなぁ。……無い、よね?


「うぅ、梓様が私に冷たいです」


 わかりやすい嘘泣きをしながら、奈々さんは「およよ」とその場に蹲る。


 それを見下ろす私は、「お菓子を買ってくれないとやだー」と泣きじゃくる子供を見つめるお母さんの気持ちが理解できた。


 このまま無視することは簡単だけど、無視したら面倒臭い。

 それに、泣きじゃくるのは子供ではなくて奈々さんだ。スーツ姿の美女が嘘泣きをしている姿は、周りの人達の目を多く集めていた。


 奈々さんの視線の先には、もちろん私がいる。


「……はぁ、わかりましたよ」


 先に折れたのは、私だ。

 これ以上ごねられるのも面倒だし、また必要以上に引っ付かれたら引き剥がせばいいだけの話だと思い、手を差し出す。


「腕を絡めるのはダメですけど、手を繋ぐだけなら……いいですよ」

「よし、行きましょうか」

「切り替え早いなぁ」


 先程までの哀愁漂う嘘泣きはなんだったのか、許しを出した途端に私の手を掴んで元気に歩き出した。


「いやぁ、本当に梓様はお優しいですよね。大好きです」

「別に優しくありませんよ。手を繋ぐくらいなら誰でもやっています」

「それでも、相手がいるのに近づこうとする女を許すなんて、普通ではしませんよ。だから優しいです。そんなところが大好きですけど、世間ではそれを『チョロい』と──」

「拒絶をお望みですか。……では、その通りにしてあげましょうか?」

「申し訳ありません。お望みであれば土下座しますし、指でも胸でも何でも詰めるので、それだけは本当にご勘弁を」


 土下座とか指を詰めるとかは聞いたことがあるけれど、胸を詰めるって何だ。


 そもそも、奈々さんには詰められるほどの胸が──いや、やめておこう。

 これ以上言ってしまえば、流石に彼女が不憫だ。


「次に私をおちょくったら、問答無用で離しますからね」

「はーい。肝に命じておきます!」


 この人、本当に反省しているのか?

 奈々さんの態度は軽いけれど、彼女は決して馬鹿ではない。

 次はないと釘を刺しておけば、もう変なことはしてこないと思う。そう思いたい。


「そういえば梓様。今日は何を作る予定なのですか?」

「……初めての料理当番なので、一番得意なオムライスを作ろうかなと。お米と卵、鶏肉はまだまだ余裕があったので、他を買っておきましょう」

「では、まずは野菜コーナーからですね。こちらです」

「買うものが多いので、二手に分かれ……はい、一緒に行きましょう」


 全てを言い切る前に無言で詰め寄られ、私はその圧に耐え切れなかった。

 その顔は変わらずに笑っていたけれど、目だけに感情が宿っていない。


「単独行動はさせねぇよ?」と言われているようにも感じられて、ちょっと本気で怖かったのは内緒だ。

「ほんと、梓様は守られる立場だということを理解していませんよね。護衛と別行動しようとするなんて、普通では考えられませんよ?」

「急に立場が変わって私も困惑しているんです。……今までは誰からも見向きされず、守ってもらえるなんて夢にも思っていませんでしたから」

「──っ、申し訳ありません」


 嫌なことを聞いたと思ったのか、奈々さんは即座に謝罪した。

 どうやら私の周囲にとって、私の過去に対する話題は禁句になっているようだ。


 朝比奈さんは勿論、望美さんも関連するようなことは絶対に口にしない。

 奈々さんも話題を振ってしまったことに大きく反省しているのか、沈痛な面持ちになっている。


「いいですよ。気にしていません」

「ですが……」

「昔は最悪でしたが、今は違います。私を大切に思ってくれる人がいるし、私を守ってくれる人もいる。……私は、それで満足していますから」

「ええ、守りますよ。この身の全てを捧げて、梓様をお守りすると誓います」

「……重いですよ」


 その言葉に、今度は私が笑った。




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