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15. まだ困惑していた




 朝比奈さんとの同居生活から、一週間が経った。


 生徒が私を遠巻きに見るようになったことと、色々な物が豪華になったこと以外は、学校生活で特に変わったことはない。


 元々、誰とも親しくしてこなかった私だ。

 クラスメイトとの距離が空いても、なんら支障はない。


 でも、私に向けられる奇異な視線だけは、どうしても慣れることはなかった。


 だから、最近は放課後のチャイムが鳴ると同時に奈々さんを呼び出して、周囲の視線に晒されながら、逃げるように朝比奈さんの家へ戻っていた。



 ──今日はそれが叶わない日だった。

 担任の先生に頼まれごとをされちゃって、思った以上にそれを終わらせるのが遅くなってしまった。




「はぁ……もうこんな時間」


 教室に飾られている時計を眺め、溜め息を一つ。


 職員室にいる担任まで頼まれていた書類を持っていき、電話で奈々さんに連絡を入れながら下駄箱まで歩く。

 外に出れば運動部の掛け声がグラウンドの方から聞こえてきて、校舎の方からは吹奏楽部から奏でられる楽器の演奏が風に乗って流れてきた。


「私も、部活に入っていれば友達が出来たのかな……」


 そう呟きながら、やっぱり無いなと結論付ける。

 元々、一人暮らしだった身だ。親戚からの仕送りはないからアルバイトを掛け持ちするしかなかったし、他のことに余力を割いている余裕はなかった。


 朝比奈さんのおかげでお金の問題がなくなって、前よりは比較的楽になれたけど……それでも今から新しく何かを始める気にはなれない。


 今年度から二年生だから、余計にそう思うのかもしれない。


「本当に、何もかもが変わったなぁ」


 一晩で私の全てを変えてしまった、朝比奈さん。

 彼女は私を甘やかしてくれる。


 ……でも、本当に甘えたままでいいのかな。


 いつまでもこのまま暮らせるとは限らない。いつか私に呆れて家を追い出されるかもしれない。朝比奈さんは心配しないでと言ってくれるけれど、やっぱり心配してしまう。


 だって、今でも『これは夢なんじゃないか』と思ってしまうほどに、今の生活が充実しすぎているから。


 次に起きたら、前と変わらないアパートだったらどうしよう。

 朝比奈さんと同居して一週間が経っても、その心配はなくならない。むしろ贅沢を感じれば感じるほど、思いは強くなっていく。


「どうして、朝比奈さんは私を──」



 疑問を抱いた瞬間、私の前に黒い送迎車が停まった。



「梓様っ、お迎えにあがりました!」


 運転席から出て来たのは、朝倉奈々さん。私の護衛を務めてくれている人だ。

 これは後から聞いた話だけれど、実は彼女、朝倉家で一番の武力を誇っているとか。素行や軽い口調のせいで他人とのいざこざは絶えないって聞くけれど、純粋な実力を考えれば護衛として最も適任だ。


 姉の紫乃さんとは違って、奈々さんは天真爛漫といった感じ。歳が近いのもあるのかな。主従関係なく親しげに話しかけてくれて、送迎中はずっと楽しい話をしてくれる。


「今日もお疲れ様です!」

「ありがとうございます。でも、あの……あまり大きな声は、ちょっと……」


 まだ校門前には数人の生徒がいる。

 彼らの視線が痛いから声を抑えてほしいとお願いすると、奈々さんは有象無象を見るように周囲を見渡し、口を開いた。


「チラチラとウザいですね。黙らせますか?」

「っ、ダメです!」


 咄嗟に声を荒げると、奈々さんは「あはは」と笑った。


「冗談ですよぉ。その程度のことで、梓様の貴重な時間を失うわけにはいきませんから。それに、些細なことで暴力沙汰にすると、姉に怒られてしまいます」

「頼みますよ、本当に」

「でも、梓様に失礼な目を向ける輩は無視できません。私に向けられているわけではないにしても、イラッとしますね。かなりマジで黙らせたいのですが……」

「ダメですから。平和的にお願いします」

「梓様は本当に優しいですね。……ええ、わかりました。貴女がそう言うのであれば、私はそれに従いましょう」


 屈託のない笑顔が余計に怖い。


 朝倉一族は、どうしてこうも朝比奈さんに忠誠を誓っているのか。

 過去に朝比奈さんが何かしたのは間違いないけれど、その内容が予想できない。きっと、庶民には考えも及ばないことなんだと思う。


 気になるけれど、聞きたくない。

 だから、今は余計な詮索をせずに黙っておく。


「……そろそろ帰りましょう。帰って夕飯の準備をしなきゃですから」

「途中、どこかに寄りますか? 足りない食材があったら困りますからね」

「そうですね……では、お願いします。今日で切れそうな食材があったので、早めに買っておいて損はないでしょうから」




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