side. 朝比奈
朝比奈視点です
「朝比奈社長、最近何かありました?」
仕事の休憩中、支給係が淹れてくれた紅茶を楽しんでいると、唐突に真横からそのような質問をされた。
彼女は立花香織。
長年共に仕事をしてきた信頼の置ける部下で、私の秘書だ。
「あ、分かっちゃった?」
ついに気付かれてしまったかと、私は笑う。
あの子──六条梓ちゃんと同居するようになってから私に変化が生じているのだと思うと、私の中であの子の存在が大きくなっているのだとわかり、嬉しくなった。
「分かっちゃった? ではありませんよ……。そんな嬉しそうに鼻歌を口ずさんでいれば、嫌でも気が付きます」
どうやら無意識にやっていたらしい。
自分が思っている以上に梓ちゃんのことが好きなんだなと、私はまた自分を深く知ることができた。
「でも、別にいいでしょう?」
「……ええ、会社がマイナスに動くなら注意しますが、社長の機嫌が良くなることで社員の張り詰めた表情も和らぎます。会社の利益に繋がるなら、お好きにどうぞ」
相変わらず、会社のことをよく考えているわね。
本当に頼もしい部下で助かると内心感謝しつつ、紅茶をくるくるとかき混ぜる。
「しかし、何があったのです? 貴女がそんなに上機嫌になるなんて、随分と久しいではありませんか」
「んー? んふふ、秘密♪」
「うっわ、ダルいやつだ。聞いて損した」
「……社長に対して、酷い言い様だと思わない?」
顔に渋面を作り出して『えんがちょ』と手を切られると、流石の私も傷付く。
「先週の急な休みも、それに関係しているのでしょうか?」
「あら、どうしてそう思うの?」
「社長の機嫌が良くなり始めたのが、その次の日からだったからです。その日も珍しく早帰りでしたよね。何か変化があったと思うのは、当然のことです」
「せいかーい。流石、伊達に何年も私の秘書をやっていないわね」
立花は頭の回転が早い。それは時に私を凌駕するほどに。
そんな彼女がいるから私は安心して仕事をサボ──会社を空けられる。創設の時より、秘書を任せられる人材は、立花香織ただ一人だ。
…………まぁ、唯一欠点を挙げるとするならば。
「お褒めに預かり光栄です。……ですが、あれは本当に焦ったのでやめてください。その日は来客が居なかったので、特に目立った支障はありませんでしたが、社長の役目を押し付けられる私達の気持ちにも」
「はいはい。申し訳ありませんでしたぁ」
は〜い、早速出ました〜。
彼女の欠点は、説教がとにかく長いことだ。
耳にタコができると思うほどで、これ以上は聞きたくないと両耳を塞ぐ。
「ったく、大変だったのですからね」
「優秀な部下を持てて、私は幸せだわぁ……」
「本当にそう思っているなら、貴女も働いてくださいね。今日はこの後、重要な会議が控えています。場所は神奈川。ヘリを手配したので、それで向かってください」
「任せてちょうだい。いい仕事をもぎ取ってくるわ」
──本当に頼みますよと、立花の目が語る。
私はそれを受け止め、不敵に笑った。
「安心しなさい。私を口論で打ち負かせる人は、この日本に一人も……」
『価値観の違いで疎遠になるカップルもいるそうですよ?』
不意に思い出した言葉。
数年ぶりに本気で焦った、少女の言葉だ。
「社長? どうされました?」
急に黙り込んだ私を心配したのか、立花は顔を覗き込んでくる。
そこでようやく我に返り、なんでもないと笑う。
「任せなさいって。私を口論で打ち負かせる人は、日本にただ一人だけよ」
いつもありがとうございます。
面白かったらブックマーク、下の評価をよろしくお願いします。




