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1. 起きたら知らない人が横にいた




 まだ冷え込む早朝の春。

 カーテンの隙間からは太陽の光が差し込み、外からは小鳥のさえずりが微かに聞こえてくる。


「ん、ぅ……」


 小さな息遣いの音。

 高級そうなダブルベッドに上半身だけを起こした私の隣には、気持ち良さそうに眠る女性の姿があった。

 光に照らされて輝くサラサラな金色の髪。誰もが振り向くような美しい顔。なんの警戒心もなく眠っているその様は、童話に出てくる眠り姫を連想させる。


 そんな彼女は、生まれ持ったままの姿をしていた。──そして、私も。


 身に纏うものは薄い布団だけで、眠っている内にはだけてしまったのか、それは布団の意味を成していない。寒そうに布団を手繰り寄せるその手は──なぜか私の乳房に伸びてきた。容赦無く叩き落とす。


 その衝撃で目を覚ましたようだ。

 女性は目を擦りながら上半身を起き上がらせて、ふにゃりと笑う。


「おはよう、(あずさ)ちゃん」


 流れるような自然な動作で抱きつかれた。

 一瞬遅れて、その体を押し返す。彼女は面白くなさそうに唇を尖らせていたけれど、それに反応しているほどの余裕は、私にはなかった。


「あの、」


 恐る恐る、口を開く。

 女性は首を傾げ、今も屈託のない笑みで私を見つめていた。


「貴女は、誰ですか?」

「んふふ、梓ちゃんの……こ・い・び・と」


 寝て起きたら、私の恋人を名乗る知らない女性と裸で眠っていた。

 昨晩の記憶がないことに首を傾げ、腕を組んで状況把握。「なるほど」と小さく呟き、側に置いてあったスマホを起動させる。


 私は迷いなく『110番』を押した。






          ◆◇◆






 私の人生は、とても幸せだとは言えなかった。


 幼い頃に両親を交通事故で亡くして、親戚の家に引き取られてから一度も、私は彼らから幸せを分けてもらうことは出来なかった。

 誰が身寄りのない私を引き取るかという話をしていた時も、みんなは揃って嫌な顔をしていた。責任のなすり付け合いに発展して、口論にもなりかけていた。

 彼らには彼らの生活があったし、子供もいる。そんな中に異物が入ってくるのだから、歓迎されるわけがない。と諦めながら、私はどこか他人事のように、遠くから大人達の押し付け合いを眺めていた。


 ──住まわせてもらっているだけありがたい。

 私は、一人で生きていけるようにと、将来を見据えて頑張った。


 決心したのは小学生低学年の時。子供のくせに何を……と思われるかもしれない。

 でも、そう考えなければこの先の人生を生きてはいけないと、子供ながらにして理解していたから、私は多少の無理をしてでも頑張ることにした。


 高校に入るまでに必要な知識を蓄えて、入学と同時に逃げるように一人暮らしを始めた。


 親戚の人は仕送りを認めてくれなかった。

 昔から私にお金を使いたがらない人達だったから、こうなるのは予想していた。完全自給自足のスタートだったけれど、アルバイトを掛け持ちしてどうにか頑張れた。




 事件が起こったのは、入学してしばらく経った日のこと。


 アルバイトの帰りに夜道を歩いていた私は、誰かに付けられていることに気が付いた。

 怖くなって警察に駆け込んで調べてもらったけれど、相手は素早く察して逃げてしまったのか、結局最後まで誰の姿も見ることは出来ず、その日はパトカーで家まで送ってもらって終わりになった。


 女子高生が夜道を出歩くと危ないよと、そう言われたけれど、どうしようもない。


 それからは犯人も警戒したのか何も感じなくなった。それから一ヶ月、ちょうどストーカーのことを忘れかけていた頃、私は夜道で黒コートの男性に追いかけられた。


 必死に逃げたけれど、手を掴まれた。

 怖くなって叫ぶと、偶然夜の見回りをしていた警察が駆け付けてくれて、男性は連行されていった。


 私がストーカーに追いかけられたという噂は、すぐに学校で広まった。

 それから私はクラスだけではなく、ほとんどの生徒から奇異な視線で見られるようになった。男子生徒からは心配してもらえたけれど、その目には付け込もうとする邪な感情が見え隠れしていた。


 真実はどうであれ、他人の目からは、私は男子生徒に囲まれている女に見えてしまう。

 そのせいで女子生徒からは「可愛いからって調子に乗っている」と陰口を言われるようになって…………ついには私の周りに誰もいなくなった。


 ああ、人って……こんなにも────。


 本当の両親は死んで、親代わりからは愛されず仕送りもなくて、ストーカーに襲われて、そのことに誰も本気で心配してくれなかった。


「もう、いいや」


 私の心はその時、ポキッと呆気なく折れてしまった。


 それからは『全て』がどうでも良くなった。

 悪いことに身を落とす行為すらも、私は抵抗しなくなった。


 親代わりからの仕送りはない。学業とアルバイトの掛け持ちを両立させるのは厳しい。夜遅くに帰れば襲われる。


 誰からも心配はされない。

 心配してくれる人達は、もうこの世にいないから。




 もし、襲われることを受け入れたら?




 そしたら、簡単にお金を稼げる。

 知らない人と肌を重ねるだけで、簡単に。


「おじさん、私を一晩──買ってくれませんか?」


 自ら夜の街に繰り出した私は、適当な人を捕まえた。


 その後の記憶はない。

 気が付いたら私はベッドで眠っていて、横には見知らぬ裸の女性がいた。色々と言いたいこと、聞きたいことはある。でも、まず初めにこれだけは言わせてほしい。


 …………なんで、女性?




皆様こんにちはこんばんは。

初めましての方は初めまして、過去作から読んでくれている方はいつもありがとうございます。


本作は『ゆったりとした日常を描いた百合恋愛』をテーマに書いています。


完結まで約7万文字、毎日一話更新を予定しています。

「面白い」「続きを読みたい」、そう思っていただけた方は、ぜひブックマークや下の評価より星 (出来れば『5つ星』が欲しいとここで強欲を発揮していく) をよろしくお願いします!


次回の更新は今日の17時です。

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