もう戻れない
目が覚める、調子はバッチリだ、昨日レベルアップしたことが大きいのだろう。
あの後も考えてみたがレベルアップした理由は分からない。しかし候補は3つほどある。
1.今までに経験値が溜まっていて、たまたまエリートゴブリンを刺した時にレベルアップした。
2.生きている状態から血が流れているのを見て、それが心に大きな負荷を加えレベルアップした。
3.アラミウス教典の第3条、『魔獣の血は青く、それ以外の色の魔獣は、この教典に逆らったものの成れの果てである。』の部分を思い出し、自分がこうなるのではないかと思い、心に負荷がかかりレベルアップした。
少なくとも1.はありえないだろう。なぜかと言うとレベルアップとは、何年も欠かすことなく魔獣を殺し続け、大きな壁を超えた時にレベルアップすると言われている。
一般人だった自分がただの少し格上の魔獣の足を切っただけで、その壁を超えたと判断されることは無いだろう。
あるとすれば2.か3.、しかし2.ではそれ以前に殺してきたゴブリンで血が流れるのを見ているので、示しがつかない。
・・・・・・3これはあまり思い出したくなかったのだが、この状況から判断するに、これしかないだろう。昔からアラミウス教典は絶対条件。神の言葉として子供の頃から聞かされ続けていた。
これが深層心理にこびりついていたのだろう。
気持ちが悪い、自分もあの狂信者と同じような考えを持っていたと言うだけで吐き気がする。
“アイス”
手頃なラビーに魔法を放ち、狩る。
少し慣れてきた手つきで火を起こし、木の棒に突き刺して焼く。
相変わらず味はしない。しかしとても美味しい。
「うーん、何しようかな。一旦この辺の地形でも調べてみるか。」
そう思いつくと早速木の頂上に登り、辺りを見渡す。
「東には森か、あれは地面に光届いていなさそうだな。西はあのゴブリンを殺した森か。」
殺した、殺したい、殺せ。
「別に周囲の確認なんて必要ねぇな、誰も俺を止められないくらいに強くなればいい。そのために魔獣は殺す。丁度いい剣も手に入った。よし、思い立ったらすぐ殺ろう。」
軽い足取りで森に向かい、見つけ次第にゴブリンを殺す。5匹に囲まれた時は少し焦ったが、学校で少しだけ習っていた剣術を思い出し、何とか切り抜けた。
「楽しいなー、殺して殺すの楽しいなー♪」
ざっと数えても、20匹以上は殺してきたというのに、昨日拾った剣は刃こぼれ1つせず、美しい装飾が煌めいている。
「ふぅ、疲れた。それにしてもこの剣の鞘が欲しいな。もしかしてゴブリンの巣を襲えば見つかるんじゃないか?よっしゃ、決まったら早速実行するだけだけだ!」
ゴブリンを多く見かけた地点から、更に独特の獣臭がする方向に歩いていく。するとその先には人間が建てたにしては貧相すぎる建物があり。数匹のゴブリンが見張りをしている。
「おっ!あったあった。よし、殺るか!」
“ファイアブラスト”
右手に少し赤みを帯びた魔力が集まり、ほんの少し青みを帯びた炎が出来る。それは勢いよく建物に直撃し、刹那、‘ゴォン’という音とともに勢いよく燃え出す。
ギャァギャァ、グキャ。グギャ?ギェ
ゴブリンがいきなり訪れた炎に困惑し、その熱さと痛みからか、大きな声で鳴いている。そして、壁を突き破り中から2メートル程もあるゴブリンキングが現れる。
「あれはゴブリンキングか、確かC+の魔獣だったな。まぁ、俺の命なんてアミス様の物だしな。」
・・・・・・俺は何を考えている?アミス様?思い出したくも無い、何故いきなり俺はそんな事を考えた?何故何故、何故ッ!
行き場所のない怒りの矛先はキングゴブリンに向かう。普通の人間なら出せない速度でキングゴブリンに近づき、力任せに振り下ろす。
しかし、そんな力任せの攻撃はC+の魔獣であるキングゴブリンに当たるはずもなく、ヒョイっと躱される。
「なっ、躱された?魔獣が?俺の攻撃を?」
・・・・・・そんなこと。許されるはずが無いだろう。
“アイスブラスト”
大きな氷の塊が生まれ次第に細かな結晶となり、傍から見れば美しくも見える氷の暴風がキングゴブリンを襲う。
キングゴブリンの体温を奪い、動きを遅くしていく。それでも、流石はC+の魔物と言うべきか、一撃で木をへし折る程の力で殴りかかってくる。
それを右足を前に出すことにより躱し、左上から大きく切り裂き、傷を付ける。
グォォォ
キングゴブリンが大きな悲鳴をあげる。
「ハハッ、痛いだろ?もっと聞かせろよ、楽しいな、お前もそう思うだろ?気持ちいいなぁ、楽しいなぁ。」
動きが鈍くなったキングゴブリンの背後に回り込み、直接核を突き刺す。核を潰されたキングゴブリンはどっさり前に倒れ込み、悲鳴をあげることも無く絶命する。
「よし、鞘を探すか。」
建物は既に燃え尽きており、その中で唯一燃えていないもの。
「おっ、鞘あるじゃねぇか。ありがてぇな。」
「ふぅ、疲れた、これでまた強くなった。そうだ!これから毎日魔獣を殺そう。Lv3になるまで毎日殺そう。でも今日は疲れたからもう寝よう。」
ラビーを軽く狩り、パパっと焼く。
川に行き、水浴びをする。ふと、水面に映る自分の顔を見る。そこには、恐ろしい顔で笑っている自分が映っていた。更に、目は前より赤く輝いている。
これではまるで5年前に死んだあの兄貴みたいではないか。
教典の第1条『赤い月、没すること無くなれば、赤い目|をした悪魔、世界を紅く染め上げるであろう。』
「そこに、1人の白髪の忌み子、其れを止めるであろう。」
今日も青い空には、赤い月が輝いていた。




