帝者、魔導学院に通う
夢も七日目になり、今までの一連のストーリーと、そこでの自分の過去の話や関わっている人物に、不思議な感覚を覚え始めていた。
まるで、遥か昔に自分が生きていたような、出てきた人物を本当に知っているような……だが、必死に思い出そうとすると、雲のように遠くに行ってしまう。そんなモヤモヤした感覚に襲われるのだ。
この日は天界の長、天王ミエルとの会談の場で気がついた。
ーー 七日目 ーー
背中には白い大きな翼が生え、先日の魔王戦の時とは真逆の力を感じる。天族ならではの力である光明の力だ。
玉座に座る俺は魔力の鎧を纏わせているのだが、彼女の光明の力はそれすらも突き抜けて俺にぞくぞくと伝わせる。
「よくぞ我が意に応じてくれた。静寂の女神ミエル」
「その名を知っているなんて……。本当に貴方が白闇様なのですね……」
彼女も俺と同じ五百年を生きている。故に、古代帝国の惨劇も俺がどういった存在なのかも知っている。しかし、俺が隠蔽していたために真実に気づく事が出来ないでいたのだ。
「思えば、あれからもう五百年だ。覚えているか?」
天族の長ともあろう彼女を跪かせることには少し抵抗があるのだが、金色の髪から覗く瞳は真っ直ぐと俺を見上げていた。
「突然の魔族の大進軍。かつて七聖天使だった私は、あの残虐非道な行いを止める事が出来ませんでした」
「あの時和平を結んでいたお前たちは、あまりに突然の出来事に対応出来なかった」
「それがこの結果を生んだのですね」
悲しげな表情を浮かべ、彼女は窓の外を見つめる。
そこに見える色とりどりの大地は、何一つ変わらず残り続けている。彼女があの日に見た風景から、何も変わらずに。
「ずっと疑問に思っていました。なぜ貴方がこの地を選んだのか。ですが、今日この瞬間に分かった気がします」
過去を思い出しているのか、その眼には涙が浮かぶ。
「……なら良かった。…………この惨劇の跡を、大精霊も覚えていれば、もっと違った世界になれたのだろうな」
「やっぱり……彼女は覚えていないのですね……」
今の世に五百年間生きている者は三人。俺とミエルとメリルだ。
だが、メリルに限っては俺たちと状況が違うのである。
「精霊は魔力体だ。魔素が大荒れしているこの地に長時間いれば身体は崩壊していく」
全てが終わった後に生き残った人間は、俺と辺境の地に住む者だけ。魔族の猛攻によって多種族も大打撃をくらい、全世界の人口が六割削られたのだった。
「世界から多くの命が失われたあの時、あいつは死者の魂を鎮める大魔法を使うべく、この地に長居した」
一番の被害に遭い、今もその色を遺すこの地をメリルは訪れたのだ。理不尽な死に怒れる魂や、その場に残り続けた魂を皆鎮め、天へと返したのだった。
「普通なら死んでいたさ。今お前が見ている景色の一部として、多くの魂と共にこの地に残り続けたであろう」
「……考えたくもありません……」
「ああ……そうだな。だがな、あいつは打ち勝った。耐えに耐えて、どうにか記憶を失うまでに留めたのだ」
「……どれだけ辛かった事か…………」
ミエルの頬を伝う涙がカーペットにシミを作る。俺の憎しみに駆られた血で出来たシミとは違い、純粋な優しさが生み出した悲しみのシミだった。
メリルは生きている。俺たちに出来るのは、あいつが命懸けで大魔法を使ってくれた事への感謝だけだ。
そして、助けてやれなかった事への後悔と、弱い自分への怒りが、五百年経った今でも心に沸き上がる。
悲しさを露わにしているミエルには悪いが、少し間を開けて、本来ここで話すべき話に切り替える。
「ミエル、お前に協力して欲しい」
「……この戦争を止めるのですね?」
ぐっと涙をこらえ、全て悟ったように聞き返す。
「うむ。その為にはお前たち天族の力が必要不可欠だ。頼めるか?」
「もちろんです。天族が今日まで存在出来たのは、貴方によるものが大きいですから」
古代帝国ガルディアが魔族の猛攻を受けていた頃、天族の主要都市であるシエリスタも魔族に奇襲をかけられていたのだ。
しかし、俺が魔族の大半を消した為、他に出回っていた魔族の殆どが魔界へと引き返した。そのおかげで多くの国や町が助かったのは事実である。
いち種族の長が深々と頭を下げる訳である。
そんなミエルの姿からは、人間だと言う理由でまともに取り合いもしなかった時の刺々しさは消え失せていた。ましてや、今まで俺に気づけなかった事への申し訳なさすら感じ取れる。
「そう深く考えるな。それより天族に頼みたい事なんだが。もうすぐ各種族の至る国街村で噂が流れる。善悪二神の対立の噂だ」
「神……ですか?」
神という曖昧模糊な存在に対し首をかしげるミエル。
彼女も五百年以上前の世界について無知である事はないだろうが、それを信じている様子はなかった。
「神だ。悪神が世界を滅ぼす事。善神が世界を救う事。この二つの噂を広めさせた」
「……そういうことですか!!」
ばっと顔を上げるミエル。
どうやら彼女もこの作戦の主旨に気がついたらしい。
「悪神に敵意を集中させるのですね!! そして善神の名を騙り、人々にどう在るべきかを吹き込む」
「では、お前たちがすべき事も分かるな?」
「はい。二神の存在を強調し、それを全種族が無視できないものに仕立て上げる事ですね」
「上出来だ。時が来たらまた連絡する。それまでは何も行動するでない。もちろん、これは機密だ。何か一つが欠ければ失敗する。よろしく頼むぞ」
ここまでは順調だ。このまま噂が広がりさえすれば、思い通りに事が進むだろう。
全て話は伝え、もう解散となりかけた時、ミエルが口を開いた。
「一つだけ質問してもよろしいでしょうか?」
「なんだ?」
「なぜ、今まで魔王を野放しにしていたのですか?」
意外な質問……ではなかった。
俺にとって、一番の問題であり、後悔でもあった。
だが、その質問は俺の記憶をさらに蘇らせる。怒りと憎悪と、あらゆる負の感情が一瞬のうちに俺の心を埋め尽くす。
「……信じたかったんだ……みな平等に悪いのだと…………魔王にも善の心があるのだと!!」
思い出せば思い出すほど、怒りと悔しさに語勢が強くなる。
「どちらか一方が悪いなんて事はないと思った。誰も死ななければいいと思った。誰一人、俺の意思の内で殺したくはなかった」
ミエルは何も言わず、表情も変えず、ただ俺の話を真剣に聞いていた。
「俺の甘さだよ。全部、何もかも。この戦争だって、俺の甘さが引き起こしたんだ!!」
我を失いかけ、俺は思うままに叫ぶ。
だが、ミエルはそれをキッパリと否定した。
「それは違います!!」
「何も違わない!! 俺が魔王を殺していれば!! こんな下らない理不尽に皆が苦しむ事なんてなかった!!」
「違いますっ!! 貴方は……貴方は何も悪くない!!」
「何故だっ!! 何故そんな事を言うのだ!!」
「貴方のお陰で助かった人がっ!! 星の数ほどいるからです!!」
柄にもなく叫ぶミエルの言葉に、俺は何も言えなくなる。
それは、俺が魔王を殺す事とは直接なんの関わりもないようだが、そうでもなかった。
「貴方が魔王を殺していれば、確かにこんな戦争なんて起こらなかった。そう思います。ですが、種族が一つ、滅んだ事でしょう。億にも達する魔族が、命を落とすのです」
淡々と続けられる言葉に、やはり何も言えず聞いているしかなかった。
「たとえこの戦争が起こらなかったとしても、別の戦争が起きます。私がこんな質問をしたのは、貴方を責めたかったからではありません。貴方の本音が聞きたかったからです!! 貴方のその性格ですよ? 何も罪悪感を覚えずにいられる筈がないじゃありませんか!! 少しでも、口にして欲しかったのです。口に出して、苦しみを共有したかったのです。貴方の背負うものを、一緒に背負いたかったのです!! それで、一緒に戦いましょう!! 戦って、勝って、創るのです! 平和な世界を!!」
全部言い切ったミエルは、少し息を切らし、大量の涙がこぼれていく。
俺も、その瞳が潤むほどに心を打たれていた。
「………………ありがとう…………きっと、世界を変えよう……」
絞り出した言葉はとても小さくて、冷たい空気に呑まれるように消えていくが、確実に俺の気持ちを軽くしていった。
誰もが平和な世界を、共に目指せる仲間がいる。そう知る事で、俺は心を、気持ちを軽くできたのだった。
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時は現在に戻る。
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真っさらな黒板と、長机が並ぶ部屋。
少しだけ開けられた窓から吹き込む風が暖かい。
俺はエイミーとレイミーと共に、初めて異世界の学校へ登校したのだった。
「それじゃあ自己紹介よろしくね!!」
笑顔が可愛い若い女教師、ミクリィが言うと教室中の視線が俺に集まった。
今までこんなに注目された事があっただろうか。そう思うほどの量の視線が、目の前の多種族から向けらているのだ。
こういうのは最初が肝心だと言うしな。どんな自己紹介をしたものか。
まあ、とりあえずは名乗るのだが。
「俺の名はリュウヤーー」
ここまで言って気がつく。
そのまま名乗って伝わるのかどうなのか。本名を言ってもしょうがないだろう。
ここはひとつ、名前をそれっぽく付けてみるとしよう。
「そう。リュウヤ・ディルガノスだ」
ディルガノス。夢の中での自分の名前だ。夢とはいえ同じ自分なのだから、名前ぐらい使っても大丈夫だろう。
あとはそれらしく話してみるか。
長机が段々に三行五列で並び、座っている生徒たちを見上げる。
白い服と黒い服。圧倒的に黒い服が多い。
「俺はこの国の人間ではない。外から来た元旅人だ。魔導についても知識が浅い。どうか分からない事は教えて貰えると助かる。最後に、これからよろしく頼む」
こんなもんでいいだろ。
適当すぎず、ある程度他人との関係を持とうとしているそぶりを見せておけば大抵の事に困るまい。
「じゃーあー、リュウヤくんに質問がある人!!」
幼稚園のようなノリでのんびりと進めていくミクリィに、少し苛立ちながら教室を見回す。
数人の手が挙がっているのが見えた。
「うーんと……レチネルさん!!」
手を挙げていた内の一人、窓側の席の赤髪少女が立ち上がった。
「リュウヤさんは魔導書を持っているんですか?」
「魔導書? ああ。これの事か」
クラスがシーンと静まり返る。さしておかしな事は言ってないのだが、やはり異世界の常識なんてのはよく分からない。
魔導書はずっと首に掛けていたのだが、普段は目に見えず、自分が必要と感じた時に現れる。それでいて重さも感じない。なかなか嬉しい代物である。
「魔導書はあるが、これは空だぞ?」
「……不思議な事を言いますね。魔導書二冊持ちすら聞いた事がないのに。魔導精霊が宿っていないなんて……」
「別に不思議ではないだろ。魔導精霊ならここにいる」
「……え?」
俺が横にいる二人を見ながら言うと、またしてもクラス中がシーンとしてしまう。
ほとんどの視線が二人に集まる中、ただ一人、俺の方をじっと見つめている奴が一人いる事に、それがさっきの魔族の少女だと言う事に何かを感じるのだった。
お読みいただきありがとうございます(^ ^)
次回は明日の十二時頃です。
ぜひお読みください!!