帝者、感づく
その場から一切動くことなく、また瞬きすらも忘れて、そこに流れ続ける記憶映像に見入っていた。
大男が黒髪の赤子をあやしている。
『こんなに可愛いもんなのによぉ』
隣の少女が、もう片方の金髪の赤子の頬に触れた。
『ただの赤ちゃんなのに……』
赤子はどちらとも、ぐっすりと眠っていた。
ゆらゆらと揺れる揺かごの中で、どんな夢を見ているのだろうか。可愛い二つの顔は、とても幸せそうだ。
神父が長い杖で地面を叩いた。静かな部屋に、コツンッと音が響く。
『可哀想、などと思ってはいけません』
大男と少女は、それぞれ赤子から手を離した。まるで、神父の声に支配されるようにも見える。
『神の御心のまま。私共、人間が忘れてはならない絶対の法なのですから』
神父は、三度杖で地面を叩いた。
赤子の上に魔法陣が浮かび、二人はお包みに包まれたまま、宙を飛んだ。
ガチャリ、と部屋の奥のドアが開かれた。
全体的に暗く、色合いも暗色が基調のこの部屋には、明かりひとつない。だからだろうか。コツコツという足音が、より鮮明に部屋の中を伝った。
大男も少女も、神父でさえも、姿勢を整えて膝をつく。
彼らの身体の向いた先には、黒いマントと、不気味な仮面をつけた、得体の知れない男が立っていた。
『よくぞお越し下さいました』
神父がこうべを垂れたまま言った。
あとの二人は黙ったまま、その場に膝をつき、神父同様にこうべを垂れていた。
『ーーそう畏まらなくても良い』
仮面の奥から、暗い声が空気を震わせる。
『面をあげよ』
『『はっ!』』
大男と少女が顔を上げた。
しかし、神父は姿勢を変えようとはしなかった。
すると、仮面に空いた穴から、赤と青の双眸がキラリと輝く。
『ふむ……そなたはどうしたのだ?』
『神の使いであるあなた様の前で、あまりに恐れ多くございます』
『気にするでない。そう我が言うのが聞こえんのか?』
場を支配する声、とでも言うのだろうか。神の使いと、そう呼ばれた男の声には、どうも不思議な感じがした。
神父が顔を上げる。
『失礼を致しました』
男は三人の居る方へと、歩みを進めた。
そして、部屋の中央手前まで来て、再び足を止める。
宙に浮いた赤子たちを一目し、赤い方の眼を強く光らせた。薄暗い部屋では、その小さな光さえも明かりとなる。
大男と少女は、赤子の下にできた影を、もの哀しそうな瞳で見つめていた。
『準備はとうにできております』
神父が再び杖で鳴らすと、次の瞬間、部屋一面、天井にも床にも壁にも、大量の魔法陣が出現した。
その中でも、床の魔法陣の大きさが一番大きい。それに、どうやら赤子たちの魔力と反応しているようだった。
視界を一度ゲルダに戻す。
剣を強く首に押し当てると、真っ赤とは言い難い、赤黒く染まった血が首筋を伝った。
「おやおや、どうかしましたかねぇ?」
更に強く剣を押し当てると、遥か遠い地面に、ポタポタと血が垂れていった。
「まだまだ先は長いですが、もう限界ですかねぇ?」
俺は何も言えず、再び記憶映像に目を移した。
少しだけ、嫌な予感がしていたのだ。この映像の先にあるものを、俺は分かってしまったのかもしれない。
部屋中に開かれた魔法陣を、男はひとつひとつ確認するように眺めていた。
全て見終わると、両腕を大きく広げた。
『素晴らしい、素晴らしいぞ!』
男の声が、部屋の中を何度もこだまする。
『さあ、立ち上がれ、皆の者』
神父が杖を使い、その場に立ち上がると、大男と少女もその後に続いて立ち上がった。
そのまま三人は部屋の隅へと歩き、魔法陣の範囲から外れた。
そして、男はその顔につけられた仮面を外し、高らかと言って見せた。
「『我らが世界のために!』」
「ーーっ!?」
ゲルダの声が、男の声にぴったり重なる。
声の質も、色も、まるで違わない。
俺の危惧した未来に、また一歩近づいたのだ。
「ーーやはり、お前が」
剣を持つ手が震えた。不規則に揺れた剣先が、ゲルダの首を幾度となく、浅く斬り裂いた。
しかし、ゲルダはそんなことは何も気にせず、不気味な笑い声を漏らす。
そして、わざと剣に斬られるように、間合いを詰めてきた。
「本当は、貴方ーー」
グイッと近づいた顔は、俺の顔に限りなく近い。そんな彼の首は、半分くらいが斬れてしまっている。赤黒い血が止めどなく溢れ、血の雨が滴る。
ゲルダが剣を強く握り、その双眸を強く光らせた。
「ーーもう、全てに気づいているのではないですか?」
パリンッと剣が根元から折れる。
多少の血と共に、パラパラと欠片が落ちていった。
俺はまたしても何も言えなかった。
空を滑るように後退し、ゲルダと間を開けると、新しい剣を創り出す。
上段に構えてゲルダの動きを待ち、感覚を研ぎ澄ませて記憶映像の方も意識する。
神父の構えた杖から、魔力が送られていた。
大男と少女は、神父に魔力を注いでいる。
『まだまだ魔力が足りませんか』
映像と現実に、交互に目をやる。
目の前では、ゲルダも新たな剣を召喚して構えていた。
「果たして、今の貴方に私と戦える程の力があるですかねぇ」
精神的に、俺はかなりダメージを受けている。
それも奴には見抜かれていた。
ゲルダは剣を大きく上段に構える。
しかし、先手を打ったのは俺の方だった。
ガキンッ、カンッ、と剣の交わる音が響く。魔力の込められた剣は、ぶつかり合う度に魔力派を発生させた。
「フハ、ハハハハハッ! 遅い、遅いぞ!!」
「くっ、黙れ!!」
どこを見ても、目を閉じても流れ続ける映像のせいで、どうしても集中出来なかった。
俺はそのまま剣を走らせ、映像にも目をやった。
いくつもの魔法陣が、各々の色に輝いている。薄暗かった部屋を明々と照らし、幻想的な世界を創り上げていた。
『さあ! 神の名の下に!! かの者を断罪せよ!!』
仮面の男、ゲルダの叫びが響く。
すると、部屋中の魔法陣が一気に反応し、全ての魔力の矛先を片方の、黒髪の赤子に向けた。
ーーズドドドドドドオォォォォォォーー
閉め切られた部屋の中を、轟音が揺らした。
魔法陣から放たれた、神の力とも思しき力の塊が、赤子を飲み込んでいる。
しかしーー。
『なっ!? まさか……この神の力に耐えた……だと?』
直撃したはずの赤子には、傷ひとつない。すぐ真横にいた赤子でさえ、魔力波にやられず無傷なのだ。不思議なベールを帯び、その力で押し迫る力に打ち勝ったのである。
『……そんな、神の力を持っても……』
『……嘘、です?』
大男も少女も、理解できずに声をあげた。
神父が大きく杖を振りかぶる。
『ーー神の御心に逆らうなかれ!!』
杖から放たれた強力な魔法が、再び赤子たちを飲み込むも、やはり傷ひとつ付いてはいない。
ばたり、と神父が床に倒れた。
大男と少女がそばに寄り添う。
『……ふむ……仕方がありませんね。まさかここまでの力を有していたとは、正直予想外でした。ですが、予め策を講じておいて正解でした。プランを第二に移します』
『仕方がない……ですか』
皆の視線が、金髪の綺麗な赤子に向いた。
ゲルダが赤子に近寄り、その頭に指を触れる。
赤子は未だぐっすりと眠ったまま、愛らしい寝顔を見せていた。
一週間ぶりの更新ですね。
新作の方のあれこれで少し遅れました。
過去に映るゲルダと謎の赤子たち。果たして彼らは何なのでしょうか?
次回もお楽しみに!




