帝者、儀式を行う
背後に転がるネスティアとフェルゼンをちらりと捉え、俺はその場から一歩も動かずに剣を受け続けていた。
「ーーなっ、何を……?」
剣の刃を握りしめれば、俺の手からは血が流れる。痛いという感情はすでにどこかへ消え去っていた。
剣を抜く事はなく、俺は更に強く刃を握る。
「俺がこんな事をするのは稀だぞ?」
流れ出る血は思いのままに動き、一紋の魔法陣を形作っていく。
魔導師が己の血を触媒にするのは、決まって禁忌魔法を使う時だ。俺がこれを使ったのも、今から使う魔法が禁忌に等しいものだからである。
「そのまま、動くなよ?」
魔力のこもった言葉に、エルスの動きは完全に停止する。俺の魔力の圧は、たとえ五千年前の強者であろうと耐え難い。
宙に止まったエルスは言葉も発せず、ただただその場にとどまり続けた。
まさかエルスを相手に使う時が来るとは思わなかったが、致し方ない。
刻一刻と過ぎていく時間に、人々の騒めきは大きくなっていく。
「ーー我が意に応じ、世界にその身を解き放てーー」
本当に稀だ。俺が詠唱をするなんて。
「ーー強制記憶召喚!!ーー」
正午を示す太陽は天の頂点に輝き、その輝きに向かって一本の光が柱の如く伸びてゆく。
強制記憶召喚。それは自らの記憶から魔力を読み解き、現代に共通する魔力の保持者を強制的に呼び出す魔法である。
そして俺が呼び出したのはーー。
「ーー目覚めろ! 大精霊メリル!!ーー」
数多いる精霊種族の長、大精霊メリルだ。
光の柱は天空に浮かぶ漆黒城の結界を破ると、城の土台に取り付けられた巨大な魔石に当たって止まる。
「……ふ……ざけ…………るな……」
小さく聞こえた声はプルプルと震え、俺の最大限に出力を上げた魔力の圧に抵抗するように再び剣に力がかかる。
「……ディル……ガ…………ノス……」
エルスは俺を睨みつけ、そして始めて俺の名を口にした。そのおかげで、彼女が精神支配を受けている事が強く実感できた俺は、更に眼力に魔力を乗せて彼女の動きを封殺すると、剣から彼女の内側に強引に俺の魔力を流し込んだ。
「ーーックハァ……!?」
俺の濃い魔力を内側から感じれば、かつての彼女の感情に何かしらの変化があるはずである。きっと本物のエルスには俺の姿など見えていないだろうから、内側から攻めるという訳だ。
俺がエルスを相手にしている間にも魔法の実行は進んでゆき、光の柱はその太さを増していった。
やがて俺を中心に伸びた柱の一端が都市中央の噴水に差し掛かった時、ついに光の放出が終わった。
「ふはは、時は満ちた」
「…………」
かつての俺であれば、どうしていただろう?
すぐにでも元凶を消し去りに動いたのだろうか?
それともすぐにかけられた魔法を解いてやったのだろうか?
たった十数年間の平和な世界が、俺の心に多少の変化をもたらした。それが良いことなのか悪いことなのか、今の俺自身には判断が出来ない。
だがひとつだけ、あの時と変わらない事がある。
ーー俺は仲間を殺せない。
「……さて、姿を見せてもらおうか! 大精霊メリル!!」
天高く伸びた光の柱は消え、代わりに魔力を帯びた魔石が上空で光り輝いている。掛け声と共に煌々さは増し、濃い紫に輝く魔石の中心に魔力が集まっていった。
そしてその瞬間はごく僅かな間に訪れる。
キュピーンと空を一閃する紫の光が魔石から発射されると、遅れて暴風が猛威を振るう。煌々と輝く光はただ一点、大精霊の魔導書を目掛けて猛進し、音もなく魔導書に吸い込まれていった。
「ーー来たか、大精霊!」
身体を貫く剣に一気に魔力を流し込むと、エルスの身体から俺の魔力が溢れ出る。彼女が気を失った事を確認し、俺はそのまま刃をへし折って、魔力の圧で刺さったままの剣先を消しとばした。
二段も下がった地面にグッと足を食い込ませ、爆風と脚圧に重ねるように地面が沈みこむ。
大きな跳躍は瞬間移動の如く、誰の目にも留まらない。
大地を駆ける勢いで空気を蹴り進み、警備兵の上を爆風に逆らうように飛んでいった。
「ーーっと、やりすぎたか」
「ーーリュウヤくん!?」
魔導書の手前に着地すると、凪倒れている警備兵たちの姿が視界の端に映っていた。大気を蹴飛ばして飛ぶ、その行為が生み出す空気の爆弾の威力は伊達じゃない。
噴水の輝きを、近くで眺めていたニャルルも、突然の俺の登場に驚きを隠しきれないようである。
「この騒動はいったい……? それより、エルスさんはどうして……?」
彼女の質問には答えず、俺は目の前のそれに目をやった。
真正面にあるのは紫の光に包まれた噴水だ。所々が欠け、地盤の傾きに沿うように噴水自体が傾いている。
「ーーさあ、出て来いよ」
中が見えない程に強く輝く光の中に片腕を突っ込み、思い切り魔力を放出すると、魔石から噴水に続く紫の輝かしい光の柱が消し飛んでしまう。
そして、消し飛んだ光の中から俺と手を合わせて現れたのは、薄いピンクの綺麗な髪をサラサラ揺らし、腹部や脚は開放的な精霊特有の格好をした、可愛げのある少女だった。
「久しぶりだな、メリル」
「…………えっと……なんでキミがここに……?」
……いい感じの再開だと思ったのだが、やはり人間と精霊では時の流れの感じ方に差があるのか。
首をちょこんと曲げて見せるメリルは、俺が誰だか分かっている上でそう訊いてきた。
「……キミは五千年ぐらい前に消えたはず……だよね?」
記憶を辿っているのか、メリルは両の人差し指をこめかみに当てて目を瞑っている。
精霊種族の女どもは皆こうなのか、メリルもエイミーやレイミーと同じように、のほほんとした上にぼーっとした奴だ。
なんにせよ、こいつが俺の師匠である事には変わりない。
俺は彼女の頭に手を乗せて、魔力が半分ぐらいしか回復していない彼女に魔力を注ぎ込んでいった。
「……懐かしい魔力だ」
「それはそうだろうな。そもそもお前、今まで俺の魔力を使って生きていただろうが」
今でも昨日の事のように思い出す。
大昔、魂を沈めに戦後のガルディアに訪れたメリルは、ボロボロになって帰ってきた。魔力のほとんどを使い果たし、どうやって帰ってきたのかも不思議に思ったくらいだ。
『おい、メリル! しっかりしろ!!』
当然声をかけても返事はなく、心拍も弱く呼吸はしてないのに等しいぐらいに弱々しかった。
そんな彼女に当時の俺がしてやれた事と言えば、魔力を分け与えるぐらい。
だがしかし、魔力を精霊に分け与える方法など知らなかった俺は、とある行動に踏み出たのだ。
ーー契約ーー
それは精霊と主人とを魔力で結ぶ魔法の一種だ。お互いの意思の下に成立する魔法は、思えば賭けであった。
契約を生半可に理解していた俺は、メリルにそっと口づけをして、なんとか契約を試みたのだ。
『ーーすまんな、メリルーー』
結果は無事成功に終わった。
契約紋、通称契紋がメリルの鳩尾辺りに浮かび上がり、俺の魔力の大半がメリルに吸収されていったのだ。そうして彼女は一命を取り留めた。
しかしながら、目覚めたメリルは記憶を失っていた。俺が誰であるかも分からず、唯一覚えていたのは自らが大精霊であるという事だけだ。
丁度いい機会だと思った俺は、自分がメリルの契約者である事は言わずに、精霊の世界、精霊界を立ち去ったのだ。
今さらメリルに会った所で、彼女が覚えているのは人間の王ディルガノスの事だけだ。
だが、俺は気づいてしまった。
転生した事によって俺が得た能力は、世界の理にすら触れる事の出来るものだと。
今目の前にいる精霊の少女の記憶を取り戻す事ぐらい、造作もない事なのだと。
俺は魔力を注ぎ終わっても、メリルの頭から手を離さず、そのまま彼女のキラキラとして純粋で綺麗なエメラルドブルーの瞳を、じっと見つめていた。
大精霊メリル、ついに登場しました!!
どれだけキャラを増やすんだ、とか言われそうですね。
でも、なるべく分かりやすく理解しやすい文を書けるように尽くしますので、今まで通りよろしくお願いします^_^




