帝者、大精霊祭へ
窓から眺めた時よりも大通りの人が減っている。その代わりに異常なほどに人が増えた場所がひとつ。俺の視線の先にはそれが映っていた。
「ディル、あれは何なのだ?」
夥しい量の人を目に、驚くフェルゼンが指を差す。
ケルンの家を出てすぐに、フェルゼンとネスティアを召喚したのだ。俺の魔力が封印された事で、二人も魔力世界に封じられていた。
ちなみにエイミーとレイミーは力を使った反動で寝てしまった。
「リュウヤ、妾も見たことがないのじゃ!」
どうやらネスティアとフェルゼンは眠っていたようで、呼び寄せるまでの事は何も知らないらしい。
都合が良いと言えば都合が良かった。
「大精霊祭、お前たちも聞いた事ぐらいはあるんじゃないか?」
エリルたちが帰ったとだけ伝えて、その他の事は黙ったままだ。
だが二人にそれを伝えても仕方がないから、とりあえずは成り行き任せである。
「おお! これが世に聞く大精霊祭か!」
「妾も聞いた事があるのじゃ! あれじゃろ? 大精霊メリルを召喚する、人間のお祭り!」
二人との会話を適当にしながら、俺は注意深く周囲を確認しながら人混みに向かって進んでいく。
相変わらず昔と変わらない人口密度の高さ。あの中に突っ込むと考えると気が重くなる。それにさっきの夢の中でも同じ光景を見ているが故に、気の重さは倍増だ。
「本当にこの大群の中でやるのか?」
ぼそっと呟いて、重い足を進めていく。
右手にネスティアを、左手にフェルゼンを引いて、最低限はぐれないように人混みに突っ込んでいった。
「うぅ……リュウヤ、前が……見えない……のじゃ」
ぎゅうぎゅうに詰まった人々の間を通るのは至難の業で、ネスティアは特に進むのに手間取っていた。
フェルゼンは不思議なほどにスタスタ進んでいく為、俺の両手がはち切れんばかりに開いてしまっている。
「おい! フェルゼン、早いぞお前!」
様々な種族に溢れるこの場であるが、天族や魔族の邪魔なこと。大きな翼や尻尾のせいで歩くのが大変だ。
そんな事も気にせずに進むフェルゼンの姿は、もはや俺の目には映っていない。
「ふん、そんな魔族など置いてゆけばよいではないか!」
少し前の方からそんな声が帰ってくると、一層速度を上げるフェルゼン。それに対し、ネスティアは腕を引かれる力が増してより人並みに揉まれる。
フェルゼンの自由さや意思の強さは見習うものが多いが、時と場合を選んでほしいものだ。
「くそっ、どこまで続くんだよ!」
顔に当たる誰かの翼を払いのけ、ゆっくりとだが着実にフェルゼンに引っ張られるように進んでいた。
だが、さすがにイライラが募って二人を引く手にも力がこもる。
「リ、リュウヤ! そんなに引っ張るでない!」
「ディル、これでは進めんぞ!」
二人のちびっ子は俺の力に逆らえず、どんどん俺との距離が縮んでいく。
ひとまず俺の腕が千切れることはなくなったようだ。
「これじゃあキリがないからな。あいつも仕掛けてくるつもりはないらしいし、仕方ない!」
「おい、何をするつもりだ!?」
「なっ、リュウヤ! この手はなんじゃ!?」
俺はゴタゴタ言う二人の腹に手を回し、なるべく俺に密着させた。
いかに魔力感知をしようとエルスもゲルダも引っかからない。おそらく二人とも俺の存在に気づいていないか、若しくはこの場にいないか。ゲルダについては後者の方が合っているだろう。
「しっかり掴まっていろよ?」
「「ーーーーっうぐぅ!!??」」
騒つく人々の中に突然ドガンッと爆音が響き、人混みのど真ん中から高く砂煙が立ち上った。一瞬の出来事で誰の目にも映らぬ間に空高くへと飛び上がったのだ。
そして俺は人々が向かう先にある広間を捉える。
「あそこかーー」
遠くに小さく見えるのはニャルルやエルス、その他の魔導師に警備兵たちだ。距離が距離である事に、人々のうるささも相まって、俺たちの行動は誰にもバレていないらしい。
「……おい、二人とも生きてるか?」
空中にとどまりながら、意気消沈している二人に声をかける。だが、返事が帰ってこない。気絶している訳ではなさそうだが、まあ二人なら大丈夫だろう。
「いやいやいやいや! 大丈夫じゃないぞ!!」
「なにが大丈夫なのじゃ! 殺す気かえ!」
ふむ、こいつらに読心の能力はないはずだが、本能か直感か、死を身近に感じた生物の力は凄いものだ。
おっと、感心している暇はないな。魔力を使わずに空を飛び続けるのは脚が疲れる。凄まじい速度で脚を動かすのは効率的じゃない。
「生きてるのなら大丈夫そうだな。じゃあ、もっとしがみついとけ!」
「「ーーーーっなあぁぁぁぁぁぉ!!??」」
爆弾が爆発する時のように、一瞬に力を込めて虚空を蹴りつけると、目にも留まらぬ速さで目的地へと進んでいく。
「ーーーー何者だっ!!」
「ーーちっ、さすがに気づいたか!」
一瞬の移動に気づいたエルスが迎撃の構えを見せる。だが、所詮は人間の成せる速さだ。俺の人知を超えた速度に勝るはずもない。
ドゴゴゴゴオオオォォォォ!!!!
着地の衝撃が空気を伝う。再び鳴り響いた轟音は人々の騒めきすらもかき消し、物凄い勢いで進む俺は綺麗な広場の床を深く破壊していった。
俺はゆらりと立ち上がり、戦闘態勢を整える。
「ーーき、貴様……バカな…………生きていた、だと?」
剣を抜き放ち俺に向けるエルスだが、俺の存在に驚いて大きな隙を見せていた。精神支配も強度が増し、もはや彼女はエルスとは全く違う人物になっている。
ギンギンと音を鳴らして剣を抜く警備兵も俺たちを取り囲み、一段下がった俺が完全に不利な態勢になってしまった。
だが、俺はそんな事は意にも介さずエルスの方へ進んでいく。
「よお、エルス」
手を挙げて不敵に笑う俺に警戒するエルスは、表情を変えずに態勢のみを整えている。
「おいおい、そんなに警戒しなくてもいいんじゃないか? 俺とお前の仲だろう?」
「ーーワタシは貴様の事など知らん!」
蹴り飛ばした地面には足跡が残り、光が如く空を進む剣は俺の中核魔素を捉えて飛んでくる。
だが、俺は避ける素振りも見せなければ、その剣を己の中核魔素で受けて見せた。
「ーーなっ!? 何故だ……貴様ァ……!!」
細い剣は俺の胸の辺りを半分まで刺し、そこから一切動きはしない。彼女が叫ぶ度に力が強まり、俺の体にかかる負荷もかなりのものとなる。
力はそのまま地面へと流れ、一段低くなっていた地面をさらに沈めていった。
だが、どれだけ力を込めようと、剣がそれ以上俺を傷つける事はなかった。
俺は強い。相手がどんなに強かろうと、どれだけの策士であろうと、それを遥かに上回るほどに俺は強い。
たかが一階の人間が、しかも支配をされた状態の力で俺を倒そうなど、考えが甘すぎるのだ。
戦いを目の当たりにした警備兵や、夥しい人混みの最前線で俺とエルスを見ている一般市民からは不安の声が漏れ始めていた。もう十分足らずで太陽は頂点に達する。そうすれば大精霊際が始まるのだ。
そんな不安の渦の中央で、胸に刺さった剣を抜く事も、宙に止まったエルスに迎撃する事もなく、俺はただ堂々とその場に立ち尽くしていた。
とうとう戦いが始まるって感じがし出しましたね。
三章は他の章に比べて盛りだくさんな内容なので、皆さんにもより一層お楽しみいただけるかと思います。ちなみに、まだまだ三章は続きます。




