帝者、現世に戻る
後頭部に感じる柔らかな感触。止めどなく聞こえる泣き声。俺を覗くいくつもの顔。
目覚めた俺が目にしたのは、俺を取り囲んで泣いている数人の少女たちだった。
「お前たち、何してるんだ?」
「…………えっ……?」
突然の声に驚いたのか、レミが素っ頓狂な声をあげる。
「リ、リュウヤさん!」
「リュウヤくん……良かった……」
見覚えのある天井や、肌に感じる残存魔力からすると、ここはケルンの家だろう。
この柔らかな感触はケルンの膝枕か。
俺はぐっと身体を起こして、斬られてなくなっている腕を直し、大きく背伸びをしてみせる。
「あなたねぇ……何してるんだ、じゃないでしょう!!」
「おいっ、何をする、レミ」
ようやく目が覚めて頭もふらふらしているというのに、レミは俺の肩を掴んで前後に揺らしてくる。
「……二日よ…………二日も寝てたのよ!?」
「そうか」
「それに今朝から突然魘されだすし、とっても心配したのよ?」
なるほど、それで布団が敷かれているのに関わらず俺は膝枕をされていたという訳か。
……それにしても、あれから二日とは……よく眠ったものだ。
「……リュウヤさん、心配したんですよ?」
「おい、エリルまで……」
やっとレミから開放されると、今度はエリルが凄い勢いで俺に抱きついてくる。
「リュウヤくん………もう………いで……」
「……ん?」
「もう無茶しないで!!」
柄にもなく大きな声を上げるケルンが、真横から抱きついてきた。
エリルもケルンも、レミでさえも涙を流している。どれだけ心配をかけたのか、俺もそれが分からないほど落ちぶれてはいない……はずだ。
「すまなかったな……心配をかけた」
柄にもない……か。
俺は小さめな声でそう言って、二人の頭を撫でてやった。
「…………私にはないのね……」
「ほう?」
「……へっ?」
蚊の鳴くような声でぼそっと言ったのが聞こえないとでも思っていたのか、レミは再び素っ頓狂な声をあげた。
「ほら、お前もこちらへ来るといい」
手招きをして見せるも、レミはなかなか動き出さない。
「ふむ、ならば仕方がないな」
エリルとケルンの間から抜け、レミの方に近づく。床に敷かれたカーペットが裸足に気持ちよい。
だが、一歩近づく度にレミが一歩下がるため、いつになっても距離は縮まらない。
「……ほんとうに仕方がない」
「……あっーー」
次の一歩で瞬間的にレミと距離を詰め、俺はそのまま彼女を抱きしめた。
「ちょっと、何するの……離しなさいよ」
抵抗する気があるのか、弱々しく振り払おうとするレミ。
わざと離れてみようとすれば、軽くそれに抵抗していた。
いつにもない表情を見せる彼女が少し面白くて、なんだか意地悪したくなってくる。
「ーーなら、やめておくか」
「ダメっ! …………あ……」
よし、勝った。
頬をカーッと赤くして、彼女は顔を隠す。
「気にするな。今ぐらいは素直になってもいいだろう?」
「もう…………好きにしなさいよ」
言葉通り好きにして、レミの顔を胸に押し付けるように抱きしめ、空いている手でそっと頭を撫でてやる。
余計に頬が赤くなっている気がするが、嬉しそうだから良しとするか。
そのまま少しの間、俺たちはこうしていた。
「むうぅ……なんだかズルいです」
「レミだけ……長い」
後ろからそんな声が聞こえるが、触れない方が身の為になりそうな気がする。
正直なところ、時間があまりないのだ。
今日は大精霊祭。と言うことは、必ず何かしらの事件が起こる。
エルスもそうだし、ゲルダも問題だ。大精霊の復活を良しとしない者もいる。
なにより、メリルに聞きたい事が沢山あるしな。この機を逃す訳にはいかないのだ。
俺はレミから離れ、そのまま近くのソファに腰掛ける。
「さて、そろそろ話しをしよう」
声音を変えて言うと、三人も俺の前に座る。少し真剣な表情で、俺の眼を真っ直ぐに見つめていた。
「俺が倒れてから、何か変わったことはあったか?」
「特に何もないわ」
「あの人、リュウヤさんを刺してすぐに、どこかへ行ってしまいましたから」
レミたちの言う通りだとすると、エルスは余計な行動は起こしていないと、そう言うことか。
エリルもレミもケルンも、皆無事であることが何よりの証拠でもある。
「でもあの人、これで邪魔者は消えた、とか言ってたわよ?」
「ほう」
やはり精神支配を受けているのか。邪魔者が消えた。すなわちこれから起こる事態を邪魔する者がいなくなったと言うことだ。
だが、そうなるとまずいな……。ネスティアやフェルゼンは良いとして、この三人をここに居させる訳にはいかない。
素直に帰ってくれるといいのだが…………。
「これからこの都市で起こることは、あまりにも危険だ。だから、お前たちは帰ってくれないか?」
「嫌よ、そんなの!」
だよな……。こんなこと言って帰ってくれるのなら、俺が刺された時点で連れ帰ってそうだ。
「リュウヤさんを残して帰れないですよ!」
「嫌だ」
皆口々に言ってはくれるが、実際に残られたところで邪魔でしかない。言い方は悪くなるが、それほどの事態なのだ。
「なら、仕方がないか」
「そうよ、諦めなさい」
「お前たちを、強制送還する」
仕方がないのだ。残られても困るし、そもそも拒否権を与えるつもりはなかった。こいつらに死なれでもしたら、おそらくこの世界の地図が書き変わるだろうしな。
「ちょっと、待ちなさいよ!!」
「なんで……私たちだけ……」
机をバンと叩くレミは声を荒らげる。エリルもケルンも悲しそうな顔で俺を見つめていた。
「お前たちに、死ぬ覚悟はあるのか?」
「ーーえっ?」
ここに残って戦いに参加すれば、確実にこいつらは死ぬ。
意味のない魔法を使い、されるがままに蹂躙され、無駄に命を落とす。
「そ、それぐらい、あるわ!」
「わ、私にだって!」
「うん」
意地を張っているのか、頑なに拒み続ける三人。
もしも本当にその意思があるにしても、事実と現実は変わらないのだ。
だからこそ、俺は彼女たちをここに残す訳にはいかない。なるべく穏便に、それでいて強制的に、三人を帝都に返すのだ。
俺はひとつ息をついてから、彼女たちの眼をしっかりと見て言った。
「たとえお前たちにその覚悟があろうと、俺にはお前たちを死なせる覚悟がない」
嘘ではない。俺には覚悟がないのだ。
誰かを死なせることを、許容できるほど心は死んでない。
「だから……帰ってくれ」
机に手をかざすと、小さな魔法陣がクルクルと回りだす。輝く紫が次第に広がり、エリルたちへと伝っていく。
「待って! やめなさいよ!」
「リュウヤさん!」
「リュウヤくん!!」
名前を呼ばれても、何も言えない。死なせる訳にはいかないのだから。
身体が全て光に包まれた時、魔法は実行される。
大いなる光は部屋の中を神々しく照らしていた。もう少しで魔法が完了する。
「ーーリュウヤさん、絶対に帰ってきて下さいね?」
「死にでもしたら、絶対に許さないんだから!」
「…………」
最後の言葉が聞こえ、次の瞬間にシュンッと三人は俺の前から消えてしまった。
現在の時刻は正午から三十分ほど前。太陽も頂点に至ろうと進んでいる。
窓から見える景色は二日前とは違い、どこもかしこもお祭りムードだ。魔法によるイルミネーションの準備がされ、様々な旗が上り、通りには多くの人がいる。
俺は、この光景が二度と俺の目の前で失われないようにと願い、俺が全てを守ると誓い、ケルンの家を後にした。
ついに現世に戻りました!
これで話が進んでいきますね^_^
気になる次回は三日後です。お楽しみに!!




