帝者、愛しき過去の夢を見る
ーーもうずっとずっと昔の話しだ。
あの事件さえなければ、俺は普通の人間として普通に死んでたんだと思う。悲惨で冷酷な、それでいて誰も覚えてない、歴史にも残らなかった大事件。
白闇、誰もが俺の事をそう呼んだ。
理由は簡単。俺が暴れ回ると地域一体から光が消え、白紙のように何もなくなるから。そして、同時に扱えるはずのない光と闇を扱えたから。
だからみんなそう呼んだ。
破壊の魔導師、奇跡の魔導師、白闇と。
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桜舞う季節、大魔導都市ガルディアは活気に満ち溢れていた。
「ねえねえ、ママ! 見てみて! ほら、火の玉!!」
「あら、凄いわね! じゃあもっと凄いのを見せてあげる」
こんな街はずれの道には、それほど多くの人はいない。
それでも、たまにすれ違う親子の会話や小鳥のさえずりだけ、人通りの少ない場所でさえ明るく感じられた。
しかし、そんな明るい世界が誰にも同じと言う訳ではない。俺だけはまわりと違う。
ーーあんな小さな子にも使えるのに……。
とても暗い面持ちで道を歩く俺の気持ちを、明るい世界そのものが傷つける。
「爺さんやぁ、今年もまた桜が綺麗に咲いとるよ」
「そうじゃのぅ、これのお陰でよう見えるわい」
「まったく便利なものだねぇ、魔法は」
「そうじゃのぅ、魔法じゃ、魔法」
通りすがりの爺さん婆さんにも、手を繋いで歩く小さな子供にさえも扱える。
ーーそれなのに……俺には…………。
「くそッ!」
カツンッと、蹴った石ころが小岩に当たった。小岩の横には一本の大木が立っている。
街はずれにある桜の木。ずっと昔からあると言われ、その幹の太さは普通の木の五倍はある。
いつ見ても綺麗で、俺の悩みや苦しみなどどこかへ捨て去ってくれるこの木が俺は大好きだ。いつも見惚れてしまう。
だが、今日に限っては違った。
「ーーあなたはだあれ?」
悩みがあった時、あまりにも辛かった時、俺はいつも一人でここに訪れる。小岩に腰をかけ、春夏秋冬いつでも違う顔を見せる桜の木を眺めるのだ。
「ーーなんで、そんなに悲しそうなの?」
なぜ? とか、そんな理屈ではなかった。
この木を見れば、俺の悩みや苦しみは消える。
「ーーこっちへおいで」
いつもは俺が座っている小岩に、今日は少女が腰掛けていた。
茶色の長髪は風に揺られ、地面に届かない足をぶらぶらさせている。
彼女は手招きをして俺を隣に座るように小岩を手で叩いて見せた。
「君こそ、誰なんだ?」
「わたしはフィアって言うの。あなたは?」
「俺はディル」
「そっか、ディルくんかあ!」
知りもしない少女との会話を不思議に感じながらも、なぜだか彼女には心が許せる感じがした。
だからだろうか?
他人に話すには恥ずかしい事を、俺はペラペラと話していた。
そしてフィアもまた自らのことを包み隠さずに話してくれた。
たった一日の中のたった数時間のあいだ話していただけなのに、俺は彼女ともっと一緒に居たいと、そう思うほどに彼女に心を許していた。
今日もまた、俺はフィアのもとを訪れた。
今日は大精霊祭。ずっと前から二人で一緒に街へ行こうと約束していたのだ。
いつにも増して上機嫌な俺はベッドの横の椅子に座り、時間を潰すためにいろんな話をしていた最中、彼女は突然それを口にした。
「ーーディルくん、わたし、もう治らなくてもいいの」
突然だった。たわいもない会話の中、彼女は急に弱気な事を言ったのだ。
「なに言ってんだよ! まだ生きれるかもしれないだろ。縁起でも無いこと言うなよ!」
当然俺はそう言った。治らないなんて、口にすれば本当になってしまいそうで、どうしても聞きたくなかったから。
そして、彼女の悲しむ顔なんて、俺は見たくなかったから。
でも、そんな俺の考えを塗りつぶす程明るい声で彼女は言った。
「もしも私が死んじゃってもさ、私の臓器とかで救える人がいるかもしれない。この病気を少しでも解明できたら誰かが助かるかもしれない。そう考えたらね、私の人生にも意味があったんだなって思えたの」
「………………」
そんな事言わないで欲しい。そんな幸せそうな顔をしないで欲しい。
君の笑顔に俺は弱いから。君の笑顔に俺は何も言えなくなってしまうから。
どんな顔をして話しを聞けばいい? いや、今までどんな顔をして話しを聞いていた?
もしかしたら少しだけ涙が出てたかもしれない。
どうであれ、彼女の顔をまともに見る事ができなかった。
でも、彼女の次の言葉に俺は顔を上げた。
「そう思えるようになったのはね、きっと全部ディルくんのお陰なんだよ」
「ーーえ? 俺の……お陰?」
「うん! いつも私と一緒にいてくれて、いっぱい話して、いっぱいお話しを聞かせてくれて、いっぱい励ましてくれて、いっぱい元気をもらったの」
フィアにかかった白い羽毛の掛け布団に力無く置かれた俺の手に、彼女は手を重ねた。
「私が失くしたと思ってた時間を、全部一人で埋めてくれた。もう二度と味わう事がないと思ってた幸せを沢山くれた。だからーー」
彼女は俺の目をしっかりと見つめた。
「ーーだからきっと、私は恋に落ちたの!」
少し上目遣いになりながら、顔を赤く染める。
「本当はね、まだ死にたくない。病気も治したい。それでね、私は大好きなディルくんとずっと一緒にいたいの! こうやって、いつまでもいつまでも、ずっと楽しく過ごしたい! 私に幸せをくれたディルくんを、私が幸せにしてあげたい! 今まで生きてて良かったって、楽しい人生だったって、そう思わせてくれたディルくんと、私たちだけの一生を作りたい! したい事しか言えないけれど、こんなに私を幸せにしてくれたのは全部ディルくんなんだよ!」
気がついた時には、涙がポタポタと垂れるほど流れていた。
そのまま何も言えず立ち尽くしながら、大量の涙を流す。
彼女が幸せだと感じてくれた事への喜びと、まるで最期のような台詞に対する無意識な悲しみがあった。
そのどちらで泣いているのか、俺には分からなかった。
彼女も彼女で薄く涙を流していたが、俺の気持ちを察したのか、また明るい声で話し始めた。
「ディルくん、私、街に行きたいな」
「今日は大精霊祭だ。もとからそのつもりだよ」
フィアの手を離れないようにしっかりと握りしめて、俺はいつもより優しく微笑みかける。
彼女もいつも以上に笑っていた気がした。不自然なくらいに。
「うん! 二人で行きたいな、お祭り。街はずれにでっかい桜の木があるでしょ? お祭りの夜にね、そこで手を繋いでおんなじ願い事をすると、願いが叶うって言われてるの」
「願いが叶う? それならすぐにでも行こう!」
「いいの?」
「当たり前だ! すぐに外出許可を取ってくる!」
そうやって俺は病室を飛び出して、車椅子と共に彼女のもとに戻ってきた。
彼女を車椅子に乗せて病院を出ると、冷たい風が少し心地よく感じる程、俺たちの体温は上がっていた。
本当の過去に突入ですね。次回は今回の続きですので、もう少し夢らしき世界が続きます。
それでは次回もお楽しみに!




