帝者、虚無に落ちる
灰色の世界には静かに風が吹き続け、灰色の砂が小さく舞っていた。
いつしか涙も乾き、俺は噴水と聖魔石の入り混じった瓦礫に腰をかけて、いつのまにかフィアと入れ替わったエイミーとレイミーを見上げていた。見上げていると言っても、背の低い彼女たちと座った俺の目線はほんの少ししか変わらない。
ただちょっとだけ目線を上にあげて、今度はエイミーたちの事について考えていた。
「なあ、今更だが何故お前たちがここに居るんだ?」
考えてみれば、彼女たちの存在は本当に謎である。
フィアはここを俺の夢と言った。それは間違いない。
そして、俺の世界であり願いであるとも言った。それもだ。
俺とフィアしか知り得ない、さらに言えば俺でも知り得なかった二人の過去を、エイミーとレイミーは知っていた。
冷静になって考えると、やはり謎が多い。
視線を落とせば、日本に居た頃からずっと履き続けた黒いスニーカーが映る。靴ひもがほどけて灰色の砂もかかって汚れていた。
「わたしたちとフィアは一心同体なのです」
エイミーの言葉を、靴ひもを結びながら聞く。
「私とエイミーはフィアの想いから生まれたんだ」
「わたしがフィアの心から、レイミーがフィアの願いから」
「元々のフィアの魔力と、マスターの魔力の一部から生まれたのが私たちだ」
俺は蝶々の形に結ばれていくスニーカーを見ながら、無言で話を聞いていた。
「わたしたちはマスターの一部分、そうとも言えるのです」
「だからさっきの封印の魔法は、私たちにも影響があった」
「聖魔石は、わたしとレイミーを封印した結界だったのです」
「それをマスターはぶっ壊したって事だ。マスターが使えるのは魔力だけじゃない。そうだろ、マスター?」
エイミーもレイミーも、俺の全てを知っている。話を聞いていて、そんな気がした。そしてそれがあながち間違いではない事も、俺はもうなんとなく分かっていた。
でも、彼女の質問には答えなかった。
かわりにひとつ、ゆっくり靴ひもを結びながら言った。
「ーーなら、俺と出会ってからのお前たちは、ずっと嘘だったのか?」
頬っぺたを膨らませて可愛く怒っていたエイミーも、俺の魔法を見ていちいち大袈裟に驚いていたレイミーも、それから先の出来事だって、全部ーー。
「ーー全部、わたしは知っていました。でもーー」
「ーー何ひとつ嘘はないぜ? 私は今の今まで全部忘れてたけどな」
「今までずっと楽しかったのです。そこにはひとつの嘘もありません。ただ……思い出して欲しくありませんでした。わたしも、フィアもそう望んだのです。そして、マスターの記憶からフィアの存在を封印しました」
灰色の砂を払って顔を上げると、そこにエイミーとレイミーの姿はなかった。
かわりにそこに居たのはフィアだ。
「わたしの魂の一部を、エイミーとレイミーは持ってるんだよ。レイミーには記憶がうまく共有されなかったけど、エイミーとはずっと繋がってた。だから、エイミーがわたしと同じ事を願って、その想いを叶えてくれたの」
手を後ろで組んで、フィアは上目遣いで言う。
俺はゆっくりと立ち上がって、彼女の頬に手を伸ばそうとするが、途中で止めてしまう。
その顔がどこか遠くに感じてしまった。
「わたしはあの子たち。あの子たちはわたし」
作ったような笑顔は薄く、表情から気持ちを察することは出来なかった。
だが、全てを聞いて全てを知って、この状況がいかに悲惨なのかが痛いぐらいに分かってしまった。
「ーーディルくんが喜んでくれて嬉しかったよ」
「……俺が喜んでいるなんて、ほんとうにそう思うのか?」
フィアはいつでも俺の心の内を知っている。
そのことを俺は知っていた。
わかった上で聞き返すと、フィアは答えた。
「わたしともう一度出会えた時、わたしが生きているって知った時、これでずっと一緒に居られるって、そう思ってくれたでしょ?」
やはりフィアの言う通りであり、そして俺の予想通り、フィアは全てを見通していた。
彼女が生きていてくれたから、たとえ魂だけで実体がなくても、これでフィアを現世に蘇らせる事が出来ると俺はそう思っていた。
…………でも違ったのだ。
どちらかが居れば、どちらかが消える。
魔力体という半分実体を持つエイミーたちに対して、俺の魔力の中であるこの世界でのみ実体を持つフィア。
同じ魂を分けあったフィアと二人は、ひとつにまとまって始めて完全な実体になる。
それが何を意味するのか。
考えることすらしたくなかった。
「…………死ぬって……なんなんだろうな……?」
いや、違う。
「……なあ、生きるって、生きているって、なんなんだ?」
「ーーごめんね、ディルくん。答えられないや」
生きていてくれた事が、生きていてくれる事だけでも嬉しいはずなのに、俺はこの上なく悲しかった。
伸ばした手が、どうしてもフィアに届かない。
フィアの頬に俺が触れて、俺の頬にフィアが触れて、ちゃんと温かさを感じているのに、俺の手は届いていない気がした。
そう分かった瞬間、果てしない虚無感が俺を襲った。
気持ちが重く、何もかもが嘘に見えてしまった。
一瞬、フィアから目を逸らしたうちに、またエイミーたちに切り替わる。
虚無感は増大する一方で、エイミーたちの顔すら真正面から見る事が出来なかった。
そんな俺の胸に、レイミーが手を当てた。
「ーーマスター……絶望してる暇はないぜ?」
続けて、エイミーも手を当てる。
「ーーすみません、マスター。時間切れです」
「…………なにを……?」
胸に当てられた手を見つめ、俺は力なく声を漏らした。
「ーー来たれ、重なりし聖の波動!」
「…………っ!?」
エイミーの声に二人の手が輝き出し、俺たちは大きな光に包まれる。
「ーー魔を打ち砕き、己が力を解き放て!!」
続くレイミーの声に煌々と輝く光が灰色の世界を埋めてゆき、やがて周囲全てから灰色が消えてしまった。
そして、光に満ち満ちた世界に、二人の少女の重なる声が響く。
「「ーー聖刻開放!!」」
ズンッと重い衝撃が体内を走る。
尊い力が身体を巡りまわり、細胞が一つひとつ呼び覚まされていく。身体を形成する魔素が力に反応し、湧き出る魔力の渦が俺の身体も精神も、俺の存在すべてを埋め尽くしていった。
今日何度目になるのか、視界が再び靄に包まれていく。
灰色の世界も白く光り輝く世界も消えていった。
『ーーディルくんーー』
意識も朦朧として無の空間を落ちていく俺の心に、どこからか声が聴こえた。
『ーーずっと…………一緒だよ!!』
その声の消えるのと同じくして、俺の意識は完全に失われてしまった。
音も風も空気も魔力も何もない、無の空間を落ちていく。
意識はなく、動くこともない。
ただ、俺は無であるはずの空間を落ちていった。
エイミーとレイミーとフィアの関係がなんとなくわかった気がしますね^_^
次回も三日後です。お楽しみに!!




