帝者、デートをする
太陽が空の頂点に達した時、大きな鐘の音が街中に響き渡った。
その音は街はずれにいた俺たちにまで届き、大精霊祭の開始を伝えたのだった。
「ディルくん、とうとう始まったね」
フィアは、この日をずっと楽しみにしていたのだ。
「お祭り、楽しみだね」
ワクワクを抑えきれずに目を輝かせる彼女を、俺もにこやかに見つめていた。
ーー俺の知る過去がこの世界なら、今日、奴らは攻めてくる。
これが夢であれなんであれ、今俺の目の前にいるフィアに守ると誓ったのだ。
魔力が使えずとも、何としてでも守ってみせる。
ただそれだけだ。
「うーん、そうだなぁ……」
どこに行こうか、とフィアは唇に人差し指をあてて考えていた。
「そんなに悩まなくてもいいだろう。とりあえず、街へ行ってみよう」
「うん、そうだよね、そうしよう!」
彼女の腕を掴んで、桜の木の下から歩き出す。強く踏み出すと、少しだけ芝の生えた地面に薄く足跡が残った。
そして、ガルディアの大門へと続く道を駆け、向かい吹く風を切るように進んで行った。
大きな門をくぐれば大通りがあり、とても沢山の人達が出店を囲んでいる。
「わあー、ディルくん見てみて! あのお肉、羊さんのだって! あ、あれはスライムさんだよ!」
店々によって色々なものが売っていて、フィアはその多くを指差しては目を輝かせていた。
「はは、スライムってなんだよ……」
こうして見ていると、とてもエイミーに似ている気がする。
匂いに誘われて次から次へと、興味の方向が変わっていくのだ。
だが、それがフィアである。ほのぼのとしてとても優しい女の子だ。
俺もそんなフィアを前に、いつしか昔のような優しい口調に戻っていた。
「あ! あっちにも何かあるよ!」
フィアが走っていく姿を眺めて、俺は少し辺りを見まわした。
……なんだろうか? …………明らかに俺の知る過去とは違うような……。俺の夢だから俺の求める世界が作り出される、という事なのか?
まあなんにせよ、それはそれでいいかもしれない。
「ーーフィア! あんまり離れるなって!」
ちょこちょことあちらこちらへ歩きまわるフィアは、目を離すとすぐにどこかへ行ってしまう。
俺は小走りで彼女を追いかけてその手を握ると、彼女は足を止めて振り向いた。
「よし、これで大丈夫」
「なんだか、デートみたいだね!」
「…………」
俺は彼女から視線を逸らす。
顔が少しだけ熱くなったように感じた。
そして、感じる事がもうひとつ。
やはりここは俺の知っている過去とは少しばかり違う。
この世界は夢の世界。俺の願った過去の世界が夢となって現れた。
彼女の温かな手の温もりに、眩しいほどの笑顔と発言に、少し恥ずかしさを感じながら、そう確信した。
それから何時間も街を歩き、いくつもの店をまわっていろんな物を食べて、俺たちの、特に俺の幸せな時間は刻一刻と過ぎていった。
時は夕方。
日は沈みかけていたが、まだまだ明るい都市。
噴水に続く、都市で一番の大通りを抜ける手前でフィアが遠くを指差して言った。
「ディルくん、あっちで何かやってるよ?」
「ーーん?」
指差された方を見てみれば、たしかに異常なまでの人だかりができていた。
フィアの駆け足に引かれるように人混みを進んでいくと、この人だかりの原因が目に映る。
「ーーなんだ…………あれ?」
「なんだか真っ黒だね」
過去と違う…………というより、記憶にすらない謎の黒い塊が地面に突き刺さり、今までそこにあった筈の噴水を潰していたのだ。
夢なのだから何が起きてもおかしくないとは思いつつ、その光景に違和感を感じたのも事実だった。
「ーーさあさあ! 次なる挑戦者は誰だ!?」
杖をクルクルと回しながら、人だかりの中央に居た黒いシルクハットの男が叫んだ。
魔力が使えないせいで表示は現れないが、禍々しい二本のツノに、翼がマントからチラチラ見えるところからすると、おそらく魔族だろう。
「んなもん一撃で粉砕してやらぁ!」
「おおーっとぉ! ここで出て来た挑戦者だぁ!!」
黒い塊の付近は一段高くなっており、その段に一人の屈強そうな男が上って叫ぶと、拳を高く天へと突き上げた。
「っウオォォォォォォォォォォォォッ!!」
男の動作に周囲も熱く燃え上がる。
「さあーて、挑戦者のキミ、名前はなんていうんだい?」
「オレはドーリー。ドーリー・シルラだ!」
「ではではやって頂きましょう! ドーリーさん、どうぞっ!!」
司会の男がそう言うと、ドーリーは全身に力を込め始めた。
唸り声が空気を振動させて、溢れんばかりの力が伝わってくる。
話しの流れからして、あの黒い塊を破壊すればいいらしいのだが…………これはいったい何なのだろうか?
「ーーウオォォォォォォォ……………………ハァッ!!」
叫び声と共に振り下ろされた拳は、みごとに黒い塊の中央へと当たり、ガキーンッと硬い金属の音がうねりうねり響き渡る。
かなりの衝撃波が風を起こすものの、この距離から見て分かるほどに、黒い塊には傷ひとつ付いていなかった。
「…………イッテエェェェェェェェェッ!!」
甲高い金属音が小さく耳に残る中、突然のドーリーの叫び声が全ての音をかき消してしまった。
彼の右拳は赤く腫れ上がり、あの塊がいかに硬いかを教えてくれる。
「…………ううーん、残念! これで十四人の挑戦者が惜しくも敗退だぁ!」
右手を抑えながら段を下りるドーリーの姿は、見ていて少し悲しくなる。
そんな彼の後ろ姿を見ながら司会を続けるシルクハットの男は、早くも次の挑戦者を募集し始めた。
「さーてぇー、我こそは最強だという戦士諸君! 是非とも参加してくれたまえ! もしもこの聖魔石が砕けた暁には、なんと! 大精霊様から直に祝福を受ける権利を差し上げよう!!」
ほう、大精霊の祝福か。我が夢ながら、なんとも面白い事をするものだ。聖魔石が何かは分からないが、フィアとのデートを楽しむ為なら、俺がここでひと肌脱ぐのも悪くない。
「ディルくん、ディルくん!」
「ーーん、なんだ?」
「やろうよ、ディルくん!」
……だろうな。そう来ると思ったぞ。
本日何度目か数えきれないが、またも目を輝かせて参加をねだるフィア。指と指を絡め合う、いわゆる恋人つなぎをしながら俺の手を両手で包んで、しかも上目遣いで訴えかけてくるのだ。
俺の知るフィアならば、この頃の俺に力がないことぐらいは知っているのだろうが…………きっと彼女ならそれを分かった上で言っているのだろう。
だがそんなこと以前に、俺が彼女の頼みを断れる訳がない……。
どうも魔力以外のステータスに変化はないらしいからな。
軽く小突けばあの程度の石ころなど、余裕でぶち壊せる。
「……仕方ないな、やるとしよう」
内心はまんざらでもなく、俺は少し微笑みながらそう言った。
そして、たくさんの人混みのごく後ろの方で、大きく手を挙げて見せる。
「おお! これはこれは良き青年のチャレンジか!!?」
さっそく俺の挙手を見つけた司会の男は、場を盛り上げんとペラペラ喋る。
「それでは彼に道を開けてもらえるかな?」
その一言に、俺の前に一本の道が出来上がる。
俺はゆっくりと道を進み、多くの種族の視線を集めて聖魔石の方へと歩いていった。
フィアは途中までは一緒だったが、さすがに段に上がることはせず、人々の最前列で俺の勇姿を見ていた。
「さてさてー、まずは名前を教えていただこう!」
「ーーディルだ」
「さあ! 彼女と祭りデート中のディル君の挑戦だー!!」
「ーーおいっ!」
……何がお祭りデートだ……と言いたいところではあるが、間違いでもないしな。フィアのあの顔を見たら否定するのも悪いことのように感じる。
俺は照れ隠しのように司会の男に叫ぶと、さっと振り向いて真っ黒を通り越して漆黒の聖魔石に手を当てた。
ここに来てどれだけの時間が経ったのか、傾いた太陽が教えてくれる。
あの時間まで、魔族が来るとも来ずともあと三時間。
多くの声援を受けながら、刻一刻と過ぎる時間を閉じた瞳の中に感じていた。
ついに新元号の時代ですね!
お陰で更新が遅れました……すみません……。
そして祝、五〇話! ありがとうございます。
フィアとのデートも順調なようで、なんだか羨ましいです。
ではでは次回は三日後です! お楽しみに!




