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帝者、さらわれる

 次の日もまた、夢の続きを見た。

 長い事続く夢とは言っても、見始めたのは夏休みに入ってから。それも、ちょうど十七の誕生日からだった。


 その日はどこかの大部屋で、人間とその他種族の重鎮たちと会議をしているところで気がついたのだった。


 ーー 三日目 ーー


 円形の机を、俺を含めた五人が囲み、もう百年は続く戦争について議論する。


 広い部屋の中には円卓と、高い天井に吊り下げられたシャンデリアしかない。

 窓も閉められ、重々しくピリピリとした空気が場を占めていた。


 ここに居るのは、人間である俺とそば付き、獣種族や亜人達の王である獣王、エルフやスライムなどの自然種族の頂点に立つ大精霊、そして先日同盟を結んだ龍王だ。


「ーーでは、魔王は死んだと言うのだな?」


 脚を机の上で組んで踏ん反りかえっている龍王は言った。

 立派な二本の角と、ガッチリした鱗を纏った龍人種の男だ。


「ああ。その通り、魔王の脅威は消え去った」


「魔王が消えたとは言え、うかうかしてもいられん。天族と龍族、残りの魔族の問題は消えておらんじゃろ」


 心配そうに、獣王の爺さん、ファルスは言う。

 見た目はライオンか虎か、獣王の名に相応しい面立ちである。


「獣王の言う通り、それ故に今日は皆に集まってもらった」


 先日の魔王城での一戦。俺は魔王を倒し、この戦争における魔族の脅威は格段に低下した。しかし、魔族の軍が完全に撤退した訳じゃない。


 戦争はまだ終わらないのだ。


「そうじゃな。では、この機に残りの魔族を排除するというのはどうじゃろうか」


 髭を弄りながら獣王ファルスは意見する。


 正直、俺はその意見には反対だ。別に殺さずとも、簡単に鎮圧できよう。無駄な死は俺の流儀に反する。


 だが皆の考えは俺のそれとは相反するものばかりだった。


「その通りだよ!! 魔族を一掃できる好機をやすやす逃すわけにはいかない!!」


「我ら龍族も魔族を排除する事には賛成だ。あれはこの世に存在すべきではない」


 獣王に続いて、大精霊メリルと龍王ユノも賛成の意を示す。

 円卓を囲う全ての視線は俺の方を向いていた。


 たしかに、この場において俺の判断は重要なものだろう。なにせここには俺に敵う者は誰一人としていないのだから。


 俺をここまで強く鍛えてくれた大精霊メリルの記憶は今はなく、獣王や龍王は魔族と長く戦ってきたのだ。

 誰もが忌み嫌い、魔族を根絶やしにしようとする。

 反対しようなんて奴は、ここには俺以外に誰もいない。


 少し考えていると、俺のすぐ後ろにいた従者のレインが口を開いた。

 黒い髪に半分隠れた鋭い目は、俺の瞳をしっかりと捉えていた。


「我が主人よ。恐れながら、私も賛成です。魔族が我々にもたらした被害は甚大極まりないものにございます。人間皆がそれを望んでいるかと」


 俺と意見を違えることがほとんどないレインすら、俺とは違う考えを持っている。


 誰一人として分かっていないのだ。何が戦争を引き起こし、何が戦争を続けさせるのか。


 置かれたグラスを握る手の力が少しばかり強くなり、表情も暗くなる。

 そのまま注がれていた酒をグッと一気に飲み干すと、俺はレインよりも鋭い目つきで言った。


「お前らは皆、魔族は滅ぼすべきと言うのだな?」


「勿論じゃ」


 間髪入れずに獣王ファルスが言う。


「では、魔族がお前らにした事を挙げてみろ」


「……っく……思い出したくもないわい……」


 その質問に、過去の惨事を思い出してか、皆の表情が怒りに染まる。


「あやつらは、多くの者を虐殺し奴隷にとり、森を焼き、町を消し、あまつさえ我等から光を奪おうとしたのじゃ!!」


「魔族に幾ら民が殺されたことか! 何百何千などぬるすぎる!! 何千万であるぞ!!」


 机を叩き、龍王ユノは立ち上がって叫ぶ。

 顔は怒りに染まり、抑えきれない魔力が皆のグラスの水面を揺らした。


 魔族が俺たちにした事は、決して許される事ではない。

 また、本当に俺たちが考えなければならない事が何一つとして考えられていない事実も、許されるものでない。


「された事を挙げれば、俺もお前たちと同じ考えに至るだろうな。であればこそだ。皆が魔族にした事はなんだ? それを考えた事はあるか?」


 いつも、どうしてもこの部分が抜け落ちてしまう。

 それが戦争の怖くて嫌いなところだ。


 俺は少し皆から顔を背けた。


「ぼくたちがした事……」


「ふっ、そんなもの、仕返しをしたに過ぎぬのじゃ!」


 少し考え出すメリルに、思ったことをそのまま口に出すファルス。


「第一そんな事など今はどうでもいいだろう!!」


 続けざまにユノが叫ぶ。


 その瞬間、バリンッとガラスの割れる音が響き、部屋の音が全て消える。

 そして、再び視線は俺の方へと集まった。


「…………だからだ……だから戦争が終わらないのだ!! そんな腑抜けた事を言っているから!! この戦争はいつまでも終わらない!!」


 なにかの糸が切れた気がした。右手からは血が垂れ、赤く濡れたガラスの破片が床と机上に散っている。気がつけば、俺の表情こそ怒りに満ち溢れていた。


「人間も、魔族も天族も龍族も、獣精霊供だって皆同じだ!! 平気で命を奪い合い、自分たちは奪われた物しか考えない!! どいつもこいつも魔王となんら変わりないではないか!!」


 龍王の魔力の圧を押し返すほどの巨大な魔力を纏い、俺は叫んだ。

 窓がガタガタと音を立て、狂った魔力場によってシャンデリアが点滅を繰り返す。


「…………それはーー」


 メリルが何か言いかけたところで、ファルスが怒りに任せて叫び、ユノのもそれに続く。


「自種族の事のみを考えて何が悪いのじゃ!!」


「フハハ、やはり人間は愚かだな」


「クッ、我が主人を侮辱するか!!」


 レインが立って剣を抜き、龍王に突きつける。もはや会議などと言ってはいられない、それこそ言葉と気持ちの戦争だった。


 結局、大精霊メリル以外に俺の話しをまともに受け入れる奴は誰もいなかった。

 もう……終わりだな。


「剣を収めろ、レイン」


「ですがっ!!」


「収めろと言っている!!」


 語気と圧に押されて渋々剣を収めるレインを、嘲笑うように龍王が眺める。

 もう頭が沸騰しそうな程に熱くなっていた。この世の終わりを、初めて身近に感じた瞬間だった。


「もう辞めだ」


「……え?」


 メリルは不安そうな表情を浮かべる。


「レイン、全種族に通達してくれ。俺はこの戦争から降りる」


 そう口にした瞬間、場が凍りつくように静かになり、メリル以外の奴にも焦りの表情が浮かび始めた。


「なっ!? 何を言うか!! ディルガノス殿、そなたが居なければ我等同盟は終わりも同然じゃ!!」


 焦るファルスは俺を必死に止めようとする。


「貴様が戦争から降りるだと? 笑わせるな。同盟を反故にすると言うのか?」


 表情の変化こそ少ないが、ユノにも焦りが見える。

 笑い方がぎこちない。


「どうか、どうか考え直して欲しい!! 君はぼくたちの希望なんだ!!」


 メリルには悪いが、もうこの話を続ける理由も、価値もない。


「ーー俺の希望を、お前たちが奪ったのだ」


 俺は席を立ち、皆に背を向け静かに歩いた。呼び止める声も無視して、仲間の待つ城に向かって。


 ーーーーーーーーーー

 時は現在に戻る。

 ーーーーーーーーーー


 やがて砂煙が収まると、少し若めのおっさんが目に映る。

 そして、そのおっさんが俺の両肩をガッチリと掴み、物凄い剣幕で話し始めた。


「誰かが呼んでると思ったら、魔導書二冊持ちの規格外好青年じゃないかぁ」


「……は?」


 ヤバイ奴に絡まれた気がする。逃げるべきか、このまま話すべきか、ぶっ飛ばすべきか。悩むが、ここは話しを聞いてみる事にするか。


「お前、誰なんだ?」


「いやあ失礼失礼。自己紹介が先だったね。僕はそこの張り紙の学院の院長をしている、ガディア・スレザントさ。誰かが学院の話しをしていると感じてね。大急ぎで駆けつけたって訳だ」


「マジでヤバイ奴に絡まれたな、マスター」


『逃げるのです……今すぐ逃げるのです!! 変態イノシシです!! 話しを聞く必要はないのです!!』


 真横でレイミーが俺の思っていた事を口にして、魔導書からエイミーが畳み掛けるように念話を送ってくる。


 轟音の正体ということと、ここが人通りの多い道であるために、通行人たちの視線が痛い。


 エイミーの言うとおり、今すぐ逃げたいぐらいだが、学院長と言われると話しを聞くのも悪くないと感じてしまう。

 さて、どうしたものか。


「まあ、こんなところで立ち話しは悪いし、とにかく学院に行ってから話そうじゃないか」


 そう言って今度は右腕を掴まれる。もう片方の手はレイミーの腕を掴もうとしたが、咄嗟に魔導書の中に逃げてしまう。


「なかなか嫌われたものだね……。まあいいか。ちゃんと掴まっててよ?」


 なんか嫌な予感がするぞ。いや、この予感は絶対に的中するやつだ。まずい、マジでまずいぞ!!


「おい待て、その手をはなーー」


 遅かった。変態イノシシは俺の腕を掴んで全速力で走り出したのだ。

 防圧魔法を展開するのが一瞬でも遅れたらどうなっていたことか。考えたくもない。

 と言うか、掴まっててねって、俺掴んでないよな? 掴まれてんだよな? いや、捕まってる……のか?



 再び轟音が耳に刺さり、足が地面から浮き、果てしなく気持ちの悪い感覚の中、次々と過ぎて行くれんが造りの家々を眺めながら、俺は学院到着を待ってひたすら考え事に耽るのだった。


四回続けての投稿となります。

初日に飛ばしていますが、ちゃんと明日からも一話ずつあげていくつもりなのでご安心を^_^


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