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転生帝者の無双魔導 〜転生した最強魔導師、新能力で超最強に!!〜  作者: しまらぎ
第三章 転生帝者の見えない記憶
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帝者、時を繰り返す

 柔らかい膝枕に、頬を覆う温かな手。伝う涙はポタポタと垂れ、いつしか彼女の服を濡らしてしまっていた。

 

「ーー泣いてるの? ディルくん」


 涙の溢れ出す俺の目を、彼女は優しく指で拭う。


「きっと、怖い夢を見てたんだね」


 長く茶色の髪はサラサラで、舞う桜の花びらと共に風に吹かれている。よしよしと優しく頭を撫でる彼女に、俺はすっかり身を任せていた。

 彼女の名前は、フィア。

 およそ五千五百年前、俺がまだ普通の少年だった頃の友達だ。


「ーー俺、死んだんだな」


「…………?」


 フィアは首を傾げる。


「ふふ、おかしなディルくん。まだ夢を見てるの?」


「……夢…………これは、夢なのか?」


 ふわふわとした感覚の身体。ゆっくりと感じる時の流れ。斬られた筈なのに復活している腕。

 それに加え、どこを見渡してもエリルたちはいない。

 対して、いる筈のない彼女が目の前にいること。


 夢と言うには申し分ない状況だ。


 でも、この温もりは本物だった。


「ーーフィア……なんだよな……?」


「もう……寝ぼけすぎだよ、ディルくん」


 彼女は笑って俺の頬を撫でる。

 その手は、なおも流れ続ける涙に濡れた。


「せっかくお出かけの許可をもらったのに、ディルくん、すぐに寝ちゃうんだもん」


 ひらりひらりと舞い落ちる桜の花を眺めて、彼女は笑った。


 


 いつも俺の側にいた。

 いつも優しい笑顔で俺を包んでくれた。


 なのに、俺はいつも彼女を忘れてしまう。

 これほどまでにも近くに居るのに、どんなに手を伸ばしても届かなかった。


 でも、今は違った。



 ーーフィア……俺の古き友達。


 五千五百年ほど前、俺がまだ魔法を使えなかった頃に出会った少女だ。明るい茶色の長い髪を風に揺らして、この桜の木の下にたった一人で座っていた。


 

 大魔法都市ガルディアに生まれた俺には、魔法の才がなかった。

 周りの者はみな魔法を使えるのに、俺には使えない。どんな人でも使えるはずの魔法が使えないばかりか、魔力を感じ取るのが苦手なもので、いつしか俺は自分に自信を失くしていた。


 努力しても全てが無駄になってしまう、そんな自分の才能のなさに悲しみ、一人で街はずれを散歩している時にフィアに出会った。

 フィアは親身になって俺の話しを聞いてくれ、また、彼女自身の話もしてくれた。

 フィアは、初めて俺が心を許せた人物だった。


 その後も、身体が弱く、不治の病で入院していた彼女のもとを何度も何度も訪れてはいろいろな話しをしたものだ。


 だが、そんな時間は長くは続かなかった。


 未だにはっきりと覚えている。

 魔王ギアルの率いる魔族の軍勢が街を襲撃したのだ。

 結果、フィアは殺された。俺の目の前で。



 

 フィアは死んだのだ。

 もうこの世にはいない。

 二度と会えない…………筈なのに。


 夢ーーと、そう思うほかに、この状況を理解する術がなかった。



 頬を伝う涙の量も減り、視界がより鮮明になる。

 じっと彼女を見つめていると、いつかの思い出が頭に浮かんだ。


 ーー大精霊祭。


 俺はこの光景を覚えている。

 大精霊祭の日ーー魔王軍が攻めてくる日に、俺とフィアは二人で出かけていたのだ。


「ーーディルくん、もうすぐだね」


 そうだ、フィアはあの時もそう言った。


「ディルくんは知ってる? 大精霊祭の桜の伝説」


 俺は目の前の桜の木に視線を移した。

 いつ見ても美しい桜の木は太く大きく、多くの花を咲かせて、大量の花びらを舞わせていた。


 大精霊祭の桜の伝説。俺はちゃんと覚えている。


「あのね、お祭りの夜に桜の木の下で、二人で手を繋いでおんなじお願いごとをするとね、願いが叶うんだって」


 あの時と同じように、フィアの目はどこか遠くを見ているようだった。



 

 俺の目の前にフィアがいる事だけでも不思議なのに、あの日と全く同じことが起こっているのだから訳が分からない。


 いったいここはどこなんだ……?


 俺が死んだ……?

 時間が戻った……?

 すべて夢だった……?


 ありえない事を含めて、いくつもの可能性が感じられたからか、目の前の少女の存在を完全に肯定する事が出来なかった。

 

 さらに俺を惑わせたのは、魔力が何も感じられないことだ。

 エルスのせいか、過去に戻ったせいか、はたまた全てが夢だったのか。


 ただ一つ感じるのは、フィアの頬から伝わる温もりだけだ。


「……フィア、皆はどこにいる?」


 あえて、あの日の会話とは全く違うことを言ってみる。

 昔の俺とは話し方が違うせいか、フィアは違和感を覚えたようだ。


「…………どうしたの? 喋り方がいつものディルくんと違うよ?」


「……なあ、エリルやエイミーたちはどこだ?」


「…………?」


 彼女の言葉を流しつつ更に質問していくと、訳がわからないといった様子で首をちょこんと曲げて、俺を不思議そうに見つめた。

 俺は右手を頬から離すと、ゆっくりと身体を起こして彼女と向かい合う。



 彼女がフィアなのは間違いない。

 この日が大精霊祭の日であることもそうである。


 あの日と何一つ違わないこの状況。


 時を超越する魔法が存在しない事は知っている。

 皆との出会いが嘘でなく、ちゃんと現実だと言う事だって、ほんとうは分かっている。


 それでも俺は、フィアが目の前に居てくれるこの嘘の光景も信じたかった。


 みんなが居て、フィアが居る。

 そんなあり得ない事を願ってしまう。


 じっと彼女の瞳を見つめて、同時に、嘘に染まった世界を見据える。

 どれも俺の記憶から出来た、過去の世界。


 でも……それでもいい。

 今だけは、この優しさに包まれていたかった。


 

 俺がじっと顔を見つめていると、フィアが言った。


「ーーディルくん。わたし、ディルくんと、こうしてずっと一緒に居たいな」


 フィアはあの時と同じ言葉を口にした。

 この日初めて、フィアが自分の想いを俺にはぶつけたのだ。


「毎年、こうやって桜を見てね、膝枕にお昼寝に、お話しをするの」


 ただただ嬉しかった。

 だが、笑顔でそう言う彼女の目を、今の俺は直視できなかった。

 この先どうなるのかを全て知っているから。


「病気は治らないかもしれないし、長生きできないかもしれない。でもね、ディルくんが一緒に居てくれたから、短い人生でも生きたいって思えたの」


 あの日の俺は、この言葉が嬉しくて仕方がなかった。

 最初は生きることを諦めていた彼女が、初めて生きたいと口にしたのだ。


「生きる希望をくれたディルくんと、わたしは一生を過ごしたい!」


 笑顔で、フィアはぎゅっと俺を抱きしめた。小さな震えが伝わってくる。

 俺も強く強く抱きしめ返すと、震えがすっと消えた気がした。


 そして俺はフィアの耳元でそっと囁いた。


「ああ、ずっと一緒にいよう。何があっても、俺が守るから」



 今だけは、これでいいんだよな……きっと。

 

 彼女が俺の前で笑っていてさえくれれば、それでーー。


 

 ヒラヒラと舞う桜の花びらのもと、俺はフィアを長いあいだ抱きしめていた。

 この優しく温かな時間が永遠に続く事と、彼女が生きているという嘘が本当になる事を願って。

いったい何が起こっているのか……まさにそんな感じですね。

もしかしたら本当にあの世に行ってしまったのかも……なんて、そんなこともあるかもしれません。

さて、次回は三日後。お楽しみに!!

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