帝者、奈落へゆく
荒風になびく金髪は長く、あの日の彼女と何も変わらない。
手にしている剣は、聖黒剣デルスティア。かつて俺がエルスに作った、青と黒の魔石が持ち手の中央にはめ込まれた、可憐な剣だ。
「……なぜ……お前が……?」
血が吹き出す右腕には二の腕から先が消えている。斬り落とされた腕は瓦礫の上で血を撒き散らしていた。
だが、そんなものは何一つ目に入らない。
古き仲間と再びまみえた懐かしさなのか、古き仲間に腕を斬り落とされた事への驚きなのか。
今はただ、彼女の顔を見つめることしか出来なかった。
彼女の顔を見つめる視線の端にあるものが、更に俺の目を釘付けにする。
「ーー深緑の帝王」
転生した記憶が戻った頃から、日に日に魔力が戻り、今では昔以上に魔力に満ち溢れている。
お陰で特性の効果がより強力になっているのだが、そのコマンドに書かれていたのだ。
〈深緑の帝王エルス・フレイズ・エトシリア〉と。
名前は変わっているが、俺が彼女を間違うはずがない。
たとえ転生の魔法で不純物が混じろうとも、だ。
しかしーー。
「ーーお前……その眼は……」
エルスの眼には色が無かった。正確に言えば、魔法にかけられていた。
この眼は、ごく最近に見た、フェルゼンのあの眼だ。
「ーーゲルド……」
ポツリと漏れた名に、エルスは俺の眼をまじまじと見た。
「どうやら、あなたがこの騒動の原因のようですね」
血塗られた剣を俺に向け、彼女は言った。
ーー束縛の魔眼。
なぜエルスにもかかっているのか謎ではあるが、マスクの男であればエルスには勝てる。フェルゼンよりはエルスの方が弱いからな。
理由こそ分かりはしないが、アイツが関わっている事だけは間違いない。
エルスの眼を見て、殺意があるかを確認する。
「大精霊祭まで残り二日。あなたのようなならず者を街に残す訳にはいきませんから。これは仕方のないことです」
首元に剣が当てられ、フードの紐に赤黒い染みを作った。
俺は瞬きをする間に後方へ飛ぶと、元いた場所の空気が斬れる。
ここにいる他の者であれば、きっと死んでいた。
「ーーやらねばならない……か……」
呟いて、右手に剣を握る。デルスティアには魔術破壊の力がある為、どのような魔剣も意味をなさない。
少しの時間があれば精製可能だが、彼女が相手ではそんな隙は生まれない。
ただの長剣をエルスに向けながら、彼女の息づかいとエリル達の動向に集中する。
レミもケルンも復活し、今は店と店の間の路地に隠れていた。樽の裏で気配や魔力をかなり抑えている。単に、ただならぬ魔力の圧で固まっているのかもれない。
俺の視線を追うように、エルスは視線の一端にエリルたちを捉えた。
「……あなたの仲間たちには手は出さないと誓いましょう。ですから、黙って私に殺されなさい」
「断る」
「では、仕方がありませんね。あなたには苦痛を味わった後、死んでいただきます」
「それも断る」
俺を殺すなどと出来もしない事を言うエルスに向かい、俺は剣を下段に構えた。
対して、彼女は抜刀の構えを見せる。
彼女の剣撃は疾風の如き速さで有名だ。剣を抜いてから相手を切るまで、抜刀で彼女に敵う者は俺を除けばただ一人だけだった。
鞘から出ている状態であれば、尚の事だ。
通りに人はほとんどおらず、さっきの騒動で店のほとんどが閉められていた。
アスガルの時とも違い建物の窓も全て閉められて、時が止まったような空間にいたのは俺とエルスに、エリルたちとシラフたち一行だ。
だれもが息をのんで見守っていた。
そして、ついにその瞬間が訪れる。
俺は脚を動かし始め、エルスの剣が素早く動き出す。
音の速さより速い剣のスピードをかわし、俺の剣先は確かに彼女の首元を捉えていた。
このまま行けば彼女の首を擦り、その傷から魔法で束縛を解ける。
だが、ほんの一瞬の間にそれは起こった。
「ーーーーディル様…………」
「ーーっ!?」
小さな小さな声が、小さな口の動きが、俺の動きを止めた。
そして、また一瞬のうちに全てが起こる。
「…………っうぐっ……!?」
気がついた時には、俺の腹を刃が貫通していた。大量の血が飛び散り、視界を赤く染めた。
薄く聞こえる悲鳴はエリルだろうか。誰かの泣き声も聞こえる。
叫ぶ声と、嘲笑う声。
いろいろな声が聞こえても、それを理解できるほど頭は動いていない。
なによりも俺の頭の中を支配していたのは、痛みだ。
ーー痛い。最後に感じたのはいつか。
右腕にも、腹にも、痛みを感じる。
デルスティアに斬られた所為で魔術破壊され、体内の魔力回路が狂ったのであろう。おかげで魔法は完全に使えない。
なんにせよ、長らく消えていた痛みという感情が復活したのだ。
そんな痛みに苛まれるなか、俺の意識はどんどん遠くへ行ってしまう。
視界はぼやけ、痛みも次第に感じなくなり、音という音が何も聞こえなくなる。
やがて全てが真っ暗闇に包まれそうになった時、一瞬、エルスの口元がニヤッと笑ったように見えた。
ーー俺は死んだのか?
何もない空間で、ふとそう思った。
死んだら生き返る。
それが常識だった俺の、二度目の死を感じた瞬間だった。
身体に重みを感じない。
痛みもない。
それなのに、ただどこかへと落ちていく。
ーーもう……いいか…………。
流れに逆らう事もなく、眼を閉じて流れに身体を任せる。
どのくらいの時間が経ったのか、俺は意識を取り戻した。
側頭に当たる柔らかい感触。
視界はとてもぼんやりとしている。
ポツポツと、あたりに舞っているのは桜の花だろうか?
ーーとても、いい匂いだ。
暖かな風が心地よく、風に乗せられてやってくる優しい香り。
とても懐かしい匂いだった。
ーーあれ、おかしいな……?
頬を、なにかが伝っている。
それは止めどなく流れていた。
涙が止まらなかった。
ーー俺は……どうして……?
悲しくはなかった。さして嬉しい訳でもなかった。
なのに、涙は一向に止まる気配がない。
涙にぼやける視界の先に何かがいた。
ーーエリル……じゃない。
はっきりとは見えない。
でも、彼女ではなかった。
ーーエイミー? ……いや、レイミー……でもない。
魔力は感じられないし、どことなく似ているような気がしてならない。
それでも、彼女たちじゃない。
ーーレミ……ケルン……ネスティア……フェルゼン……。
どれも違う。
感覚的ではあるが、この四人じゃない。
ーーいったい……だれが…………?
相変わらずの視界の中で、俺はぼやけた花びらを眺めていた。
すると、何かが俺の頬に触れた。
「ーーやっと、起きたね」
柔らかな、そして聞き覚えのある声が聞こえる。
左頬に当てられた手のひらが、優しく俺を撫でた。
「ーーいつもお寝坊さんだねーー」
女の子の声が俺に語りかけるたび、視界が少しずつはっきりとしていった。
そして、ようやく俺の眼に映ったのは、とても懐かしい茶色の髪に、ほんわかとした女の子の顔だった。
「ーーディルくん」
また、頬を大粒の涙が伝っていった。
暖かな風が桜の花を舞い躍らせ、そんな木の下でぬくぬくと寝ている俺に膝枕をする彼女。
ゆっくりと伸ばした手のひらは、今度はちゃんと彼女の頬へと届き、その温もりをしっかり俺に伝えたのだった。
いやー、なんだか大変なことになりましたね。
戦ったり再開したり刺されたり、なんだか可愛そうにも見えてしたり……。
なんて、最強なんだしどーせどうにかなるかな、とか思ったり。
気になる次回も三日後くらいです! お楽しみに!!




