帝者、服を見る
帝都とは違う高い建物の間、石造りの綺麗に整理された道をトコトコとみんなで歩いていた。出店の並んだ大通りとは違い、辺りには多くの建物の店が立ち並んでいる。
そんな店の中の一つ、魔法服を始めとする多くの女性服を売っている店の前で俺たちは足を止めた。
「見てみて! この服、火炎耐性の魔法がかかってるわ!」
「こっちも凄いです! 弱反射魔法ですよ!!」
店のガラス越しに見える赤いドレスのような魔法服を指差すレミに、ドアを挟んで反対側で法服みたいな魔法服を見てガラスに張り付いていた。
「魔法服か……なかなか面白いな」
俺もエリルに並んでガラスの向こう側の黒いパーカーを見ていた。付与されているのは、気配を消す魔法だ。
「ーーそうだな、中に入ってみるか」
自動ドア……なんて便利なものはなく、取っ手を引いて店へと入っていく。
今日はレミとケルンとエリルの三人と買い物をする事になっている。エイミーとレイミーは魔導書の中に、フェルゼンとネスティアは魔法で異空間に入ってもらっているのだ。
…………店の中で暴れられても困るからな。仕方のないことだ。
左手を魔導書にあててみれば、中の魔力を感じ取れる。
どうやら二人とも寝ているようだ。
俺は便利そうな服を探しながら、魔法服のかけられた棚の間を歩いていた。後ろにはケルンが俺のパーカーの袖を掴んでついて来ていた。
レミとエリルは女性服コーナーの方だ。
「……これ、なんてどうかな?」
ケルンが掛けられた服を指差す。
「それは…………。お前、なかなか良い眼をしているな」
「そう……かな?」
前髪の向こうの、メガネの向こうにある瞳はキラキラとしている。頬を少し赤らめて、俺の腕にぴったりと頭をつけていた。
それにしても、ケルンが見つけたこの魔法服は、なかなかにレアなものだ。効果は魔力回復。羽織るだけで空間に満ちている魔力を吸収していくという代物である。
「ーー水色か。うむ、いいな」
「…………?」
明らかに俺が着るには小さ過ぎる服を手にとって、いろいろな方向から見る俺に、ケルンは不思議そうな目を向けていた。
「ーーサイズは……そんなものか…………よし」
「…………?」
俺は手に持った服を棚に戻すと、ずっと首を傾げていた彼女に目を向けた。
「一着目は決まりだな」
「……えっ?」
彼女に背を向け、俺は次の服を探し始めた。
ケルンも、不思議そうではありながらも俺についてくる。
「ーーお、これは……」
次に俺が手にとったのは、赤い上着だ。
付与されているのは精神魔法耐性。精神的な攻撃を防ぐことが出来る。だが、これに何が付いていようと、あまり関係はないが。
「……それ、リュウヤくんが着るの?」
「ハハ、俺がこれを? 面白い冗談だな」
着れる筈もない細身な服を見る俺に、疑念を抱いたケルンがそう聞くのを、笑い飛ばして服を棚に戻した。
さっきから俺が選んでいるのはケルンとレミとエリルの服なのだが、きっとケルンは俺の服を探してくれていたのだろう。
魔法服は魔導師にとっては重要な装備の一つではあるが、俺が着ると…………さて、どうなるやら……。
「さあ、あともう一着だ」
「……あの……さっきから、何を……?」
「色は白が基調になるといい」
「…………」
ケルンの質問は軽く無視して強引に話しを進める。別に正直に話してもいいのだが、どうせならプレゼントした方が喜んでくれるだろう。
それに、この旅行に行く条件もあるしな。
いろいろな服を見ていると、後ろの方からレミたちの足音と声がした。
「リュウヤー、そっちはどう?」
「何か良いものありました?」
レミとエリルは意外にも手になにも持っておらず、特にレミはニヤニヤと俺たちを、俺の袖を掴むケルンの手を見ていた。
そしてケルンに近づくと、耳元でなにかを囁いて元の位置に戻っていった。
「それじゃ、私たちはもうすこーーーしだけ服を見てるから、お二人さんはゆっくりしてるといいわ」
一つウインクをして、レミはこの場からそそくさと退散していく。
エリルは俺のところまで来て、耳元に口を近づけて言った。
「……今度、私ともお願いしますね?」
言うだけ言って、彼女はレミの後について行ってしまう。
結局、俺とケルンは取り残されてしまった。
少し気まずそうにケルンの顔をのぞくと、さっきよりも顔を赤くしていた。
…………レミの奴、いったい何を……?
二人の背を眺めていると、袖がちょこちょこと引っ張られる。
顔を向けると、肩の高さに小さな顔があった。
「リュウヤくん、あの……ね、その……二日後の大精霊祭で、二人で街の外れに行かない? 私の、とても好きな場所があるの」
「お前の好きな場所か。……それは、俺じゃなくレミとの方がいいんじゃないか?」
「…………ダメ……かな……?」
目をウルウルとさせて、上目遣いで俺を見るケルン。
これは…………負けたな。小さい子の頼みには弱い。
「……ダメじゃない、が……」
……いいのか? 俺と二人で歩き回ると言うことは、それだけ危険性が増すが……。ただでさえ俺は厄介事に巻きこまれやすい。それに昨晩の酔っ払いの件もあるしな。
「……大精霊祭には俺も用がある。俺は時間があれば構わないが、少しばかり危険かもしれないぞ?」
「うん、その時は……リュウヤくんが守って……ね」
この街に来て二日目。大精霊祭まであと二日。
俺は昔と変わらない懐かしい風景ばかりを見ていたが、新しいものに目を向けるというのも悪いことではないな。
嬉しそうなケルンの顔に、ふとそんな事を思った。
「さて……もう一着、探さねばな……と言いたいところだが、たった今ちょうどいいのを見つけた」
俺が手にとったのは、戦いにはめっぽう不向きなワンピース型の魔法服だった。
白い布地で、腰のところには紐が巻かれている。なんとも綺麗で可憐な魔法服だった。どうでもいいが、この服には治癒の魔法がかけられている。俺の#自動制御__オートケージ__#の下位互換だ。
「よし、これで三着だな」
「…………?」
やはり彼女は分かっていないようで、さっきと同じように首を傾けていた。
さて、そろそろエリルとレミを探しに行くか。
小さく足を前に出すと、ケルンも合わせて着いてくる。
彼女の一歩と俺の一歩。いつもは大きく違うその一歩が、今だけは同じ距離だった。
コツコツと二つの音を立てる靴から目を上げると、棚の陰から二つの顔が覗いていた。
「レミ、エリル……見ていたのか……」
他のことに集中しすぎていたのか、珍しく気配に気づけなかった。
二人はこちらへ寄って来る。
「あはは、バレちゃいましたね」
「ケルン、用は済んだのよね?」
「うん、ちゃんと」
エリルは俺の横に並び、レミはケルンの手を掴む。ケルンは俺の袖から手を離して、俺とエリルの後ろを歩いた。
取手を引くと、外から爽やかな風と、風に乗せられた強い酒の匂いがした。
これがなんなのか俺は理解していたが、エリルたちは鼻をつまんで、不満そうな顔をして咳込んでいた。
俺たちが店を出ると、案の定、そこには昨日の酔っ払いのオッサンが立っていた。
周りには、仲間と思われる武装した冒険者が二人。
「やっと見つけたぜ、ヒョロ男」
骨折した左腕は包帯に巻かれ、反対の手には酒瓶が握られていた。いつぞやの騎士団とは違い、手入れの行き届いていない大剣から、照りつける太陽の光が鈍く反射していた。
戦い、戦い、戦い。もうずっと戦っててもいいような気がする時もありますが、こんな日常も悪くはないかな、なんて思います^_^
次回も三日後に更新の予定です。お楽しみに!!




