帝者、怒る
ーー正座、それは反省の…………以下略。
魔物の骨かツノでできた紫が基調の机に、ふかふかのソファは羊の毛だろうか。辺りにはいくつものクッションが散らばり、四人の少女が正座をしている。
「ーーこの短時間で何があったんだ?」
散らばったクッションの近くにはチラシが散乱していたり、あからさまに倒れた置物があった。
その中の一つ、破れかかったクッションを見て魔力が揺らぐ。人様の家に上がり込んで物を壊すなど、人として考えられない。生憎こいつらは全員、人ではないが、だとしても言語道断である。
破れかかったクッションを拾い、ぶら下げて言った。
「……これはどう言う事だ?」
口を紡ぐ彼女たちの姿に、さらに魔力が揺らぐ。カタカタと、置物が揺れる音がシンとした部屋に響く。あまり怒るのは得意な方ではないが、どうも怒りは自然と込み上げてくるようだ。
「……鬼だ……鬼がいるよ……」
「……鬼なのです……」
「……鬼なのじゃ……」
「……鬼であるな……」
「……あぁ?」
小声を漏らす彼女らの言葉に、反射的に声が出る。
「……レミ、お前が居ながら何を…………ん、レミ?」
呼んでも返事をしないレミと、よく見ればエリルも微動だにしていなかった。振り返って見れば、ケルンまで動かない。目の前で手を振ってみても、声をかけても、ふざけて耳に息を吹きかけてみても、一切の反応を示さなかった。
…………あ……そうか……やり過ぎたか……。
スゥッと深呼吸をして、溢れ出ていた魔力を抑えると、カタカタという音も止まり、正座四人組の震えも止まる。
俺が下手に魔力を揺らしたせいで、こいつらは身体の自由を失っていたようだ。名持ちの魔導書の魔導精霊が二人に、初代魔王の娘、魔狼の王を相手にしていたものだから、この時代の一般人が一緒にいるという感覚が薄れていた。
「ーーっはぁ……あなたねぇ、これはどういう事なのよ?」
ようやく顔を真っ赤にしたレミが動けるようになった。それに続いてエリルもケルンも動き出す。
「リュウヤさん、私たち死んじゃいますよぉ……」
「……これが……リュウヤくんの力……」
「すまないな、お前たちが居たことを忘れていた」
動けなくても目は見えてるし、耳も聞こえ感覚もある。ふざけて耳に息を吹きかけたのが悪かったのか、レミだけは反応が違った。
「……いいわよ……もう……」
何に納得したのか、レミは怒りはしなかった。
「それで、なんだったかしら? 何か質問があったんじゃなかった?」
「ああ、お前が居ながらこの有り様はなんなのか、と聞いたんだ」
「あはは、私にアレの対処をしろと言うの?」
少し青ざめて、レミは言った。俺はアレの内容を知りたいのだがな……。
「なんだか、ソファの場所取り合戦が始まって……それで……」
俺の疑問に答えてくれたのはエリルだった。どことなく、彼女も顔が青ざめていた。
「私たちは止めようとしたのよ?」
「そうなんです、止めようとしたんです!」
二人揃ってそう言うが、なら何故という疑問が浮かぶ。俺に正座をさせたさっきの迫力はどこへいったんだか。
「でも、皆さん平気で高位の魔法を使うじゃないですか! 止めようとしたって近づく事も、声を出す事も、動く事も出来ないんですよ!!」
「やっと動けるようになったと思ったら今度はあなたに捕まるし、もうなんなのよ!!」
「……」
二人してズイズイと俺の方に詰め寄って、ここで起こっていた悲惨な出来事を叫ぶように言った。
俺が魔力を揺らしたことは……まあ仕方がない事だとしても、思っていたより酷かったようだ。
「だいたいね! なんで私とエリルが怒られないといけないのよ!」
「いや、怒っていた訳では……」
「あなたたちも何とか言ったらどうなの?」
レミもだんだんと沸騰してきたようで、その矛先は遂にエイミーたち四人の方へ向く。
「だって……しょうがないのです……レイミーが……」
「っておい! 私を売るんじゃねーよ! どう考えてもフェルが悪いだろ!」
「……」
ようやく口を開いたと思えば、今度は罪のなすり付け合いか……。
「我が悪いと言うのか! 最初に座ったのは我ではないか!!」
「何を言うのじゃ! 妾が最初に座ったのじゃ!」
「そんな筈はありません! 最初に座ったのはわたしなのです!」
「…………」
続くフェルゼンとネスティア。エイミーの反論も加わり、もはやどうしようもなく……俺は絶句していた。
だが、そんな長持ちはーー。
「なんだと! どう考えても我でーー」
「ーーもういい」
ボソッと声が漏れる声に、返事はない。そもそも質問ではないが、今まで聞こえていた音が止まる。
そして、静まりきった部屋の中に、三つの音が聞こえた。
ドスッ、ドサッ、ドシッと、俺の背後左右で何かが倒れる音が。
「ーーすまないな、三人とも」
振り返り、倒れてしまった三人に言った。
もう一度振り返ると、途轍もない魔力の圧に身体の自由を奪われているエイミーたち四人の姿を見てニヤリと笑う。
「ーーいつか解けるといいな」
そう言って、さらにまた振り返ると、倒れているエリルたち三人の耳元で指をパチンと鳴らしてみせる。
「……うぅん……なにが……起こったの……?」
一番最初に目を覚ましたのはレミだった。頭を抱えて足はおぼつかない。
「……リュウヤさん……酷いですよ……」
エリルもなんとか立ち上がるが、こちらもまたフラフラしている。
「…………」
ケルンも黙って立ち上がると、目を瞬かせて俺の顔をじっと見ていた。
「さて、そいつらは放っておいて、俺たちは茶でもすすろう」
「……あんた、そんなんではぐらかせると思ってるの?」
「エリル、ケルン、もう昼時を少しまわっている。そろそろ昼を食べようじゃないか」
誰かがうだうだと言っているのを無視して、俺は強引に話しを進める。
もう太陽は頂点を超えていた。とうに正午は過ぎているのだ。カフェだギルドだと時間が過ぎていって、気がついた時には既にこの時間である。
耳を澄ませばグゥと腹のなる音が聞こえてくる。エイミーの腹はこの世界で唯一の時計だ。
「ほら、今日は俺が異世界のご飯をご馳走しよう」
いつもの事ながら指をパチンと鳴らしてみせれば、机の上にはいくつもの皿が並べられる。浮いていたコップも置けば、異世界食フルコースの完成だ。
匂いに誘われるがままにエリルとケルンは食事用の机を囲む椅子に腰をかけた。米やパンはもちろんのこと、ハンバーグやパスタ、ピザにフルーツなど、俺にとっては大したことないものでも、やはり彼女たちにとっては未知の世界だ。
俺もエリルもケルンも、ナイフやフォークといった共通の文化もあるものの、唯一の違いである箸を持って、慣れない手つきで動かし始めた。
「おい、レミ」
「なによ……?」
「意地を張らなくてもいいんじゃないか?」
パスタをフォークでクルクルと回しながら、俺は立ちっぱなしのレミの方に目をやる。
「……べつに……意地なんて……張って……」
食べたいんだよな、そうだよな。こんなに美味しそうに食べてる二人を目にして我慢できるはずがない。
そんな彼女に、ケルンが一言。
「……レミ……美味しいよ……すごく……美味しい!」
「…………許してあげるわけじゃないんだからね!」
そっぽを向いて、レミは席に着く。
高い家の窓に差し込む光は暖かく、俺たちはワイワイと食卓を囲んでいた。そのすぐ横で、瞬きもせずにじっと固まっている四人。俺の魔力の圧を破らんがごとく、プルプルと震えていた。
さてさて、とても日常感のある光景ですね!
帝王が本気で怒る様を見てみたいような気もします。
私は本気で怒る事なんてほとんどなかったですが……皆さんはどうだったしょうか?
次回も連続で更新です^_^ お楽しみに!




