帝者、怒られる
ーー正座、それは反省の姿勢。
ーー正座、それは改心の姿勢。
ーー正座、それは誠意の姿勢。
たまに通りかかる人々の視線が痛く、地面に擦りつく膝も痛い。
俺が転移してきたのは、服屋の試着室だった。誤って転移した……わけでもなく、レミの魔力を頼りに転移したらたまたま試着室だったのだ。
そう、俺は悪くない。なにも悪くない!! 事故だ!!
が、しかし! なんとこの俺が地面に直接膝をつき、正座をさせられているのだ。
なんだ、なんなのだこれは!?
「あっのねぇ! あなた何も反省してないでしょっ!!」
どこから持ってきたのか分からない棒を思い切り地面に叩きつけるレミは、真っ赤になっている。なんとなく、目がギラギラと光って背景が燃えているような……そんな気がする。
「あのなあ、俺だって悪気がーー」
「黙りなさいよ……あなた……見たわよね?」
「見た……と言うと、黒のーー」
何か言うたびに振り下ろされる棒は、既に地面をへこませている。別に悪気があったわけじゃないし、黒のブーー。
「ーーおい、何も言ってないだろ!」
「ぜったいイケナイこと考えてたわよね? ね? ねぇ?」
おお、これは怖いな……。今までに見たことがないぐらいの鬼の形相だ。そのうちツノでも生えてくるんじゃないか?
背筋をまっすぐに伸ばして、膝の上に手を乗せて、俺はこれでもかと綺麗な正座をしているのに、レミの怒りは一向に治らなかった。
「だいたいねぇ、正座は姿勢が良ければ良いってものじゃないのよ!」
あらら、心まで読まれてるな、こりゃあ。
「あの、レミさん。そろそろ許してあげーー」
「外野は黙ってて!」
「あ……はい……」
優しいエリルがなだめに入ってくれたものを……レミは容赦ない……。ノールックで棒を突き付けられ、エリルも少し後ずさる。
はあ…………仕方ない。
「見てしまったことは謝る。だからそろそろ許してくれないか?」
「嫌だわ!」
ええと…………俺にどうしろと?
綺麗な正座もダメ、頭を下げて謝るのもダメ。俺の気持ちがこもっていないのだろうか?
「私が怒ってるのはそれだけじゃない。あなた、今の今まで何をしてたのか言ってみなさい?」
棒を地面に突き立てて、レミは言った。へこんだ地面からは煙が上がっていた。
「あの騒動のあと、大男にカフェに連れられて、騎士に連行されて、ギルド長に会ってきた、それだけだ」
「はあ? まったく意味が分からないわ!」
「そう言われても困る。事実なのは変わらない。なあ、エイミー?」
少し離れたところの物陰から、エイミーとレイミー、ケルンにフェルゼンが顔だけを覗かせていた。
レミの気迫に怯えて隠れているのだろう。
エイミーがコクコクと首を縦にふると、レミは小さくため息を吐いて言った。
「はぁ……分かったわ。あとでしっかりと話しを聞かせてもらうわ。それとーー」
レミは俺に手を差し伸べたかと思うと、グッと引き寄せる。
「ちゃんとケルンの相手もしてあげなさい」
そう耳元で囁くと、掴んでいた手をパッと離して皆の方へ歩いていった。その姿にビクンとなる四人は、慌ただしく物陰に隠れてしまった。
「あなたたちねぇ、そんなに怖がらなくてもいいじゃない」
レミはまたため息を吐いて肩を少し落とすと、広くはないこの通りを大通りの方向へ歩いていく。
様子を伺いながら四人と、エリルにネスティアも後をついていった。俺は更に後ろをついていった。
「……レミ、どこに行くの?」
ケルンはレミの横まで駆けて行って尋ねる。
「まずは宿を確保しないといけないわ」
「あ、それなら……私の家に来るといい……よ」
「……えっ?」
少し驚いて、レミは足を止めた。続く俺たちと足を止める。
「私の家なら……その、みんな泊まれると……思う……よ」
「でも、この人数……いいの?」
レミは俺たちの顔を見まわして言った。たしかに、この大所帯で人様の家に泊まりにいくのは気が引けるな。
だいいち、男の俺がクラスメイトの女の子の家に泊まるなど、あっていいことではないだろう。
「大丈夫だよ。私の家は、けっこう広いから」
「うーん……なら、お世話になろうかしら」
「うん」
本当に大丈夫なのか、と心配そうにしながらもレミはケルンの言葉を受け入れる旨を示した。
エリルにネスティアと、次々よろしくと言っていくなか、俺はどうする事もできずにそれを眺めていた。
そして最後、皆の視線が俺に集中した。
「……俺は遠慮してーー」
今日は俺に喋る権利を与えてくれないのか……。レミが俺の肩をガッチリと掴んで笑いかける。
掴む強さが、俺にどうするべきかを教えてくれる。
「ああ、そうだな。世話になろう」
結局こうなるのか。
まあでも、ケルンの安心した顔が見られたから良いとするか。
「私の家は……こっち……だよ」
今度はケルンが先頭で、俺たちは通りを歩いていく。
やがて大通りも通り越して、そこには住宅街が現れる。
赤や茶色、白など、色々な色の家がずっと遠くまで並んでいた。
「フィルスレアの住宅街って、こんなに広いのね」
「ここは我らの帝都に似ておるな」
「そうじゃな、よく似ているのじゃ」
レミやフェルゼン、ネスティアがいろんな家を見まわて言った。
彼女たちの言う通り、ここには少しだけ親近感を覚える。
都市の作りが似ているからだろう。
そうして家々の間を歩いていくと、ケルンは足を止めた。振り返り、右手で指し示す。
「ここが、私の家」
白と茶色が目立つれんが造りの建物は、たしかに俺たち全員で泊まっても余りが出るぐらいに大きかった。
周りの家を見ても分かるように、フィルスレアでの家のサイズ感はこれが一般的らしい。
「じゃあ、入ろう」
玄関を入ると、長い廊下に目立つ色のカーペットが目に入る。正面からじゃ分からなかったが、どうも奥行きがかなり広いっぽい。
靴を脱いで上がりケルンについていくと、広めの部屋に入った。
「ここは、客室。好きなようにかけてて。飲み物を持ってくる」
「あ、ならリュウヤも手伝いなさいよ。一人じゃ大変でしょ」
「え、大丈夫だよ」
「遠慮しないの! ほら、早く行った行った」
俺の事を完全に無視して、レミが勝手に話しを進めていく。
断るつもりこそないが、断ることなどできなかろう。
「リュウヤくん、大丈夫なのに……」
「レミも言っていただろう? 遠慮はするな。俺も手伝う」
「……うん、ありがとう」
頬を少し赤くするケルンについていくと、いかにも台所らしい場所につく。
ケルンがいくつものコップを棚から取り、俺は飲み物を一つひとつに注いでいった。
「すまないな、ケルン。こんな大人数で大変だろう」
「ううん、そんなことないよ。私だけだと、この家は広すぎるし……」
「……すまない」
一言、そう言って、俺は飲み物の注がれたコップに魔法をかけて宙に浮かせた。
「……気にしないで……」
何かしらの理由で、ケルンもきっと一人でこの家に暮らしていたのだろう。俺と同じように、いや、俺よりも長い時間を一人で。
宙に浮かべたコップと歩きながら、嫌な事を思い出させたと少し後悔する。
だが、客室に戻ってきた俺は、更に後悔した。
「なぜお前たちは座ってることも出来んのだ!」
コップを浮かせる魔力に力がこもり、水面が揺れる。
立ち尽くす俺とケルンの目の前では、エイミーとレイミーとネスティアとフェルゼンによるクッション投げが勃発していたのだった。
こういう女の子に怒られるのもまた、好きなシーンの一つなんですよね。
こんな風になら怒られてもいいかな……なんて。
次回も連続で投稿します。とりあえずは一週間だけ連続ってことで。
それでは次回もお楽しみに!




