帝者、過去を聞く
立ったり座ったりしてズレてしまった花の髪飾りを直して、ニャルルは俺たちをここへ連れてきた理由を説明していた。エイミーもレイミーもやっと落ち着きを取り戻して、俺の両横、ソファに腰を下ろしている。
「ーー大精霊祭?」
とても懐かしい言葉に、少し驚き聞き返してしまう。
大精霊祭といえば、俺がこの地を治めていた時代から行われている祭りだ。全ての精霊や自然の長、大精霊メリルに祈りを捧げ、新たな生と自然の繁栄を願うのである。
「大精霊祭は大精霊メリル様を世に顕現させるお祭りだよ」
「……?」
尻尾をフリフリとさせて説明するニャルルだったが、俺はいまいちピンときていなかった。
「どうかしたの?」
「大精霊を顕現させるって、どういう事だ?」
五千年前の大精霊祭では、いや、そもそもメリルは普通の精霊であり、顕現することなど出来るはずがないのだ。魔導精霊であればともかく、普通の精霊を顕現とは、まったく意味が分からない。
「メリルは精霊だ。魔導精霊でも魔導書でもないだろう?」
そのまま聞いてみると、答えはニャルルからではなく、左隣から返ってきた。
「マスターはご存じないのですか?」
「何をだ?」
「文明急降下です」
また文明急降下か。平和な時代をぶち壊したとかなんとかいう、昨日エリルが言っていたやつだ。
だが、それとメリルと何の関係があるんだ?
「文明急降下についてはエリルから少し聞いているが、その時には大精霊の話しなど出てこなかったぞ?」
「それはそのはずだぜ」
首をかしげる俺に、今度はレイミーが言った。
「そんなこと、人間の歴史からは抹消されちまってるからな」
「抹消だと?」
「メリル様は、戦争をその身一つ差し出して食い止めたのです」
エイミーもレイミーも、過去を思い出すように虚空を見つめていた。
……しかし、戦争を食い止めるとは、いったい何が起こっていたのか……。
「大精霊様が大魔法を使える事は知ってるよね? ほら、自然界の精霊を従わせるあの大魔法だよ」
「ああ、たしかにメリルはそんな魔法を使えたな」
「初代の帝王たち四人が戦いの地に選んだこのフィルスレアで、大精霊様は大魔法を使ったんだよ。ちなみにその戦争の場に、ボクもいたんだ」
エヘヘと笑い話のように言うニャルルだったが、無理に笑っているのが見てとれる。ぎこちない笑みに、下がる尻尾。エイミーやレイミーと同じように、俺の方を向きながらも、その瞳に俺の姿は映っていなかった。
「大魔法が発動すると、大地は暴れ風は吹き荒れ、光と闇のバランスが崩れたの。魔力場の荒れた土地では魔導師たちは魔法が使えず、四つのうちの三つの勢力が戦争から抜けていったんだよ」
「でも、問題はそこからなのです」
ニャルルの話しにエイミーが続く。
俺は誰の顔も見ることが出来ず、近くにあった魔物の剥製をじっと見つめていた。
「残った一つの勢力の王、炎赤の帝王がメリル様を殺したのです」
「ーーなにっ、メリルが殺された!?」
思わず目をカッと見開き立ち上がって大声を出す。俺には彼女らが語る過去の悲劇を信じる事が出来なかった。なにせ、この俺を鍛えたのは他でもない大精霊メリルなのだから。
「あり得ない……あり得るわけがないだろう!!」
静かな部屋に響く机を殴る音。いつにもなく取り乱す俺の姿に、三人は呆気にとられていた。
「そうだね、あり得ない話しだよ。普通、精霊種族は死なないし。……でも、あの時は殺されたんだ、一時的にね」
一時的に……? それは、いったい……?
「メリル様はこの世から消されたのです。実体を失い、魔力の粒になって封印されてしまったのです」
そういう事かと現実には納得しながらも、メリルがやられた事実には納得出来なかった。なにせ、俺を鍛えたのは他でもない大精霊メリルなのだから。
俺は机を殴った拳を握りしめて言った。ポタポタと血が流れては、光となって消えていった。
「……今、メリルはどうしているんだ?」
わき出る怒りを抑え、歯を噛みしめる。
「魔導書として祀られてる。この都市の中央の、噴水の中に」
「安心して下さい。大精霊様はちゃんと生きているのです」
ニャルルとエイミーは魔力を揺らす俺を見て、焦るように言った。俺が漏らした魔力を、レイミーが全力で吸収する。
「マスター、そう深く考えるなって。もう昔の事だぜ? 大精霊様だって死んじゃいない。私たちと同じ、魔導精霊になったってだけのことだ」
「…………」
俺は無言で力なくソファに腰を下ろすと、もたれ掛かって眼を閉じた。
「……分かっていても受け入れ難いものだ」
一言だけ呟き、身体をグッと起こす。両手でほっぺたをパチンと叩き、俺は次の言葉を待った。
ホッとしたのかニャルルは胸をなでおろして次の話しを始める。
「大精霊祭っていうのは、そんな大精霊メリル様を大勢の魔導師の力で顕現させよう、って祭りなんだ」
「なるほど、そういうことか」
「それで最初の話しに戻るんだけど、ボクは君に大精霊祭に参加して欲しいって思ってるんだ」
明るい笑顔でニャルルが言う。キラキラとした瞳には俺の姿が映っていた。尻尾もゆらゆらと揺れている。
「君は双聖の魔導書を扱う魔導師。もしかしたら霊王の魔導書もいけるんじゃ……なんて考えてるんだけど……どうかな?」
俺よりも先に、両横から声があがる。
「マスターならそれぐらい余裕だぜ!」
「おい、お前勝手に……」
「その申し出、お受けするのです!」
「いやだからお前もなぁ……」
レイミーに続きエイミーが勝手にそう言い、俺はため息を漏らして手に顔をうずめる。
「……いつもなら怒りたいところだが、俺も直接メリルと話しがしたい。いいだろう、俺がメリルを顕現させよう」
「ーーほんとっ!?」
「ああ、いつかは会いに行くつもりだった。それが少しばかり早まっただけだ」
大精霊メリルの魔導書、霊王の魔導書か。いずれ精霊界にでも訪れてみようかと思ったが、そんなことをする必要もなくなった。
「大精霊祭はいつから始まるんだ? 俺も長い間ここにいられる訳じゃない」
俺たちがここにいられるのは、ガディアに頼み込んで休みにしてもらったからである。魔術の実習は俺が代わりにやると言ったら喜んで聞いてくれたのだ。約一週間の休み、さながらゴールデンウィークってところだ。
「三日。祭りは今日から三日後に始まる。初日の朝に大精霊様をこの世に顕現するんだ」
ふむ、三日後か……。今日も含めて七日間なら、うむ、大丈夫だな。
「それならば問題はない」
「そうかい? なら良かったよ。あ、もう一つ言い忘れてたんだけど、大精霊祭には、深緑の帝王も訪れるんだ。あまり粗相のないようにお願いするよ」
「深緑の帝王か……。まあ良い、了解した」
深緑の帝王といえばフィルスレアから西に行ったところにある帝国の帝と聞いたことがある。どのような人物かは分からないが、会えるのなら楽しみだ。
さて、話しはこれで終わりか。
だいぶ長い時間、別行動を取ってしまったが大丈夫だろうか?
俺はソファから立ち上がると、眼をつぶってフィルスレア内に魔力を探す。
レミやケルンたちは割と近くにいるようだ。
「では、俺たちはこれで失礼するぞ」
「うん、何かあったら気軽に尋ねて来てね! 歓迎するよ!」
「ああ、その時は頼む」
そう言って、俺はエイミーとレイミーの腕を掴むと、小さく転移の魔法を唱える。
一瞬だけ視界が歪み色を失くすと、次の瞬間、どこかの小さな部屋の中に転移していた。そして、目の前には姿見が、後ろにはクリーム色のカーテンが……。何より俺の目を引いたのは、顔を真っ赤にして絶句している下着姿のレミだった。
「きゃあああアアァァァァァァ!!」
パチンッと気持ちいい音が鳴り響き、俺はカーテンから部屋の外へ吹き飛ばされる。
左頬には、真っ赤なモミジができあがっていた。
今週はいいペースで進んでいますね。わりと暇な時間が増えたので、ちょっとずつ頑張ってます。
物語の方も順調に進んでると、自分は!! 思っていますが、どうなんでしょうか? 早いか遅いか、いまいち分からないですね。
まあそれとなく書き続けるのですが……。
ちなみに次回も連続で更新です!
寝落ちしないように頑張ります。お楽しみに^_^




