帝者、街に到着する
夢を見始めて二日目。
初日に居た城とは明らかに違う城の中で気がついた。
ーー二日目ーー
禍々しい空気は重々しくもあり、まるで俺がそこに存在する事を拒むようであった。
黒の壁に紫のカーペット。部屋の彩すべてが魔を連想させる。
「ついに動いたか、人間の王よ」
重い扉の奥に、更に重い声が聞こえる。
篭った魔力に圧も重なり、纏っていた結界も意味を成さないものとなってしまった。
「我の期待通りに動いてくれて嬉しいぞ。この時を心待ちにしておった」
闇のオーラを纏う玉座に座る、これまた黒い鎧の男は、不敵に笑う。
「ふっ、死ぬのを待っていたのか?」
少し馬鹿にするように俺も言う。
「なに? 我が死ぬ? ハッハッハ、其方、ふざけておるのか?」
大袈裟に笑い、男は赤く光る眼を俺に向けた。
「お前を殺しに来た」
言いながら、一歩ずつゆっくりと近づいていく。
踏み出すたびに、重く強い魔力が俺を押し返すようにぶつかってくる。
だが、俺は何もないかのように歩くと、立ち止まって上を向き、眼を閉じる。
時が止まったような部屋を感じ、再びその眼を開き男を睨みつけた。
「ーー我が明日の世に、お前はいらない」
重い言葉と鋭い視線が男を突き刺す。
そうだ。ただ目的を果たすため、俺はここに来た。
「人間風情が笑わせてくれるわ!」
自らに敵は一切おらずと言わんばかりに、何の防御もなく、ただ脚を組んで玉座に座っている。
「その態度からして……本当に忘れているのだな。あの時の事を」
俺は昔、こいつと出会っている。出会うだけなら良かったのだが、運命とは残酷なものだ。
また一歩、俺は足を踏み出す。
「大魔導都市ガルディア。この名に聞き覚えはないか?」
「ほう、懐かしい名前であるな。だが、其方が何故あの国の名を知っておるのだ? かつて我が滅ぼし、歴史から抹消したはずだが」
遠い昔の話だ。
あの街は、かつてこいつの手によって滅ぼされた。
「メルフスの街、と言えば分かるか?」
「メルフスの街だと?」
記憶を探るように、男は虚空を見つめる。
「ーー白闇の魔導師」
「なっ!? …………まさか、貴様……!!」
その名を口にした瞬間、男の表情が激変する。
何かに驚き、玉座を立っていた。
「ああ、そのまさかだよ。俺は、あの時お前に会っているんだ」
右手に剣を召喚し、俺はまた歩みを進める。
「怒って暴走していたから記憶が曖昧だが、それでもお前の顔は忘れない。あいつを殺した……お前の顔だけは絶対に!!」
「白闇の魔導師……おかしい……我が確実に殺したはず。何故貴様が生きているのだ!!」
怒りに剣を構える俺と、焦りが表に出てくる男。
俺は更に男に近づくと、さっきよりも強い口調で話しを続けた。
「何を言っている! お前は俺を殺してなどいない。いや、殺せなかった! 暴走した俺を殺そうとはしたが、止める事しか叶わなかった! それが現実だ!!」
五百年の時は長く、確かな記憶すらも曖昧なものに変えてしまう。そんな長い時を、人間である俺が生きることがどれほど辛いものなのか、長命種であるこの魔族の男には分からないだろう。
そのまま数秒あけて、俺はまた話し出す。
声を大きく震わせながら。
「ーーなあ。教えてくれよ。なぜ都市を滅ぼした!! なぜ俺の日常を奪った!! なぜ俺の唯一の友を殺した!! なあ、教えろよ……なぜ、俺を……俺だけを殺さなかった!! 教えろよ……教えてくれよ!! 魔王、ギアル・ハザードオオォォォォ!!」
急激に魔力が湧き出し、禍々しい魔力に満ち溢れていた空間を、俺の魔力が支配する。
ーー俺は知りたかった。
なぜ俺の人生がここまで悲惨なものとなってしまったのかを。
ーー俺は教えたかった。
魔王が俺から奪ったものの、人の命の重さを。
ーー俺は消したかった。
俺から全てを奪った残虐非道な魔族の王を。
そいつを消すためだけに生きてきた、醜い俺を。
一歩、また一歩と、俺の足は魔王へと近づいていく。
魔王もまた、懐から剣を出し、一歩ずつ俺に近づいてくる。
弾ける火花が止まって見えるほど、ゆっくりと時は流れた。
そして、剣と剣が互いの首を捉え、空を一閃する。
剣先が今にも命を貫こうとした時だった。
「ーーやめてっ!!」
何者かが俺らの間に割って入ってきたのだ。
高速で動くものは急には止まれない。魔王は、その存在に気づくのに寸分遅れたのだ。
剣先はその少女の首をしっかりと捉え、言葉通り、一瞬だった。
「…………クハアァッ……!!」
ガクッと膝をついていたのは少女ではなく、俺だった。
剣の届くほんの一瞬の内に、俺は少女と魔王の間に入り、その剣が少女に届くのを防いだのだ。
その代わりに剣を受けたのは、俺の腹と手だった。貫通してもなお少女に達する刃を、自らの手で抑えたのだ。
「……何が……起きたのだ?」
「……父上……」
父上と呼ぶ少女は、紛れもなく魔王の娘だ。死ぬつもりで戦いを止めに入ったのだろう。
「ネスティア!! ……其方、なぜここに来たのだ!!」
愚かな父親は、殺そうとした娘に向かって怒鳴る。
「妾は言ったはずじゃ!! 戦争なんて無意味な死者を出すだけじゃと。人間が来たら和解するようにと、そう言ったはずじゃ!!」
ネスティアと呼ばれた少女もまた、魔王の娘。
必死に父親に言い返す様は、まさに魔王の娘のそれである。
「この世は我のもの。我がやると言えばやり、我が消えろと言えば消える。それがこの世界、我が世界のあるべき姿だ」
やはり、お前は愚かだ、魔王ギアル。
「父上は間違っておる!!」
「貴様、この父を愚弄すーー」
「ーーいい加減にしろっ!!」
俺の怒声が広い部屋にこだまする。
俺を挟んで繰り広げるられる争いは、親子げんかなんて言葉で済むようなそれではなかった。
だがーー。
初めてまともな魔族を目にした気がした。
だからこそ、俺の手で終わらせなくてはならないと、そう思えたのだ。
魔力の圧で剣を消し飛ばし、ぽっかりと穴の空いたお腹を完治させる。
そのまま右手に持つ剣を魔王に突き出すと、心の底から溢れる怒りを言い放つ。
「俺から全てを奪ったお前を!! この世に闇をもたらすお前を!! 自分の娘すらも不幸にするお前を!! 俺は決して許さないっ!!」
その瞳は魔力を極限に帯び、その剣は白き闇を纏い、その想いは全ての物体を停止させた。
魔王も魔力に侵され、喋る事がままならないでいた。
一呼吸置いて、俺はゆっくりと言う。
「もう……全て終わりにしよう。積年の罪を死して贖うといい。そして今一度ここに言おう。我が明日の世にお前はいらないーー」
俺がこの城を出る時には、禍々しく重い魔力はもうどこからも感じられなかった。
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時は現在に戻る。
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左右を大きな建物に挟まれた大通りで、俺たちは大きな掲示板の前に様々な掲示物を眺めていた。
「なあなあマスター!! 騎士団員募集中だってよ」
レイミーが面白そうに指差す。
「たしかに面白そうだが、騎士になる為に来た訳じゃない。それよりこっちのが気になるぞ?」
そう言って指差す先に書いてあるのは、学院生募集中の文字。この世界にも学校があるという事か。
「ブリアル魔導学院……ん?」
「なんでしょう、この音は」
俺とエイミーは辺りを見回すも、何も目につくものはなかった。
「ううむ、何かがこっちに向かっているような……」
周囲の人々もざわざわと困惑している。それがこの音に対してなのか、膨大な魔力の塊に対してなのかどっちか分からないが、皆この異常事態にパニックになっていた。
ドゴゴゴゴオォォォと次第に音が大きくなり、大通りの人々の向こうに砂煙が高く上がっているのが見える。
「まずいまずいまずい!! ほんとにぶつかっちまうぜ、マスター!!」
なぜ俺を盾にするんだ、レイミー。
「まあ、避けられない事だってあるだろ。それより落ち着いたらどうだ?」
「落ち着けるかっての!! マスターこそ避ける気さらさらないだろ!!」
「分かっているじゃないか」
焦るレイミーをからかうのは面白い。
それはいいのだが、少しはエイミーを見習うべきだな。
彼女は既に己の魔導書の中に戻ってしまっている。実に冷静な判断だ。
さて、とうとうここまで来るな。
俺も魔力を高めておくとしよう。
音が更に大きくなっていく中、目を閉じてカウントを始める。
「ーーさんーーにーーいちーーゼロ…………ん?」
ぶつかる音もしなければ、轟音も聞こえない。ゆっくりと瞼を開けると、砂埃に目が痛む。
「うへぇ……マスター、何が起こったんだ?」
結局魔導書から出たままのレイミーも砂埃を直でくらったようだ。
こんな時になんだが、目をごしごしとこする姿がなんとも可愛らしい。
が、本当に今考えるべきは目の前にある。
とてつもない魔力の塊は、砂煙の中で静かに俺の前に佇んでいたのだった。
最初は三話まで同時に投稿させていただきました。
次話からは一日一話を心がけるようにします。
誤字脱字などがありましたら、教えていただけると助かります。
今後ともよろしくお願いします。