帝者、カフェで話す
商店街のとある一角を曲がった先にあるカフェの中、茶色の木の屋根がお洒落なカフェで紅茶らしきものをすすっていた。
俺の隣に座るのはエイミー。そして、向かいの席に座っているのは、さっきぶっ飛ばした大男だ。
「ーーすまねぇ!!」
大袈裟に頭を下げて机にぶつけてみせる大男は、とても反省していた。相変わらず大声で大袈裟で、他の客の目や、吹き抜けで見える通りの人々の注目まで集めてしまう。
「まさか喧嘩売った相手に助けられちまうとは思わなかったぜ。この通り、俺の感謝を受け取ってくれ」
筋骨隆々なこの大男の名はアスガル。
俺が天高く蹴り飛ばしたあと、漆黒城の結界にビタンッとぶち当たり、しばらくの時間を開けて降って来たのだ。
さっきまで気絶していたが、その身体は見た目通り頑丈で、もうピンピンとしている。
そんなアスガルが、なぜかお礼と謝罪をしたいと言い出して今この状況に至っているのだ。やばい奴に喧嘩を売ってしまった、とかその辺りの理由だろうが、ここはひとつ従ってみるかとついてきたのがこのカフェだった。
「それにしても、小僧、お前さんの力は尋常じゃねぇな」
「リュウヤだ。リュウヤ・ディルガノス。覚えておけ」
「……リュウヤ……ディルガノス…………どこかで聞いたような名だな」
小僧と言われるのはいい気がしない。そう思って自己紹介をしてみると、アスガルは首を傾けて言った。
だが、そんなことは気にせずにエイミーが口を開く。
「わたしはエイナミア。マスターの魔導精霊なのです」
「……えっ?」
さすがのアスガルもこれには驚くか。開いた口は閉まらず、手に持った紅茶のカップも止まってしまう。
「こいつの言っていることは本当だ」
「そりゃまたスゲェヤベェのに喧嘩売ったんだなぁ、俺は」
カップをテーブルに置くと、腕を組んでうんうんと頷くアスガル。さっき起こった事を考えれば、それが嘘でない事ぐらいは理解できるというものだ。
自己紹介はこの程度にして、そろそろ本題に入りたい。
なにぶん皆には別行動という形で待ってもらっているからな。誘ってもらった以上、迷惑はかけたくない。
「時にアスガル。お前は冒険者で間違いないんだよな?」
「ああ、そうだが」
「なら、もちろんギルドってのは知っているな?」
コクコク頷いて見せるアスガルに、俺は質問を続けていった。
俺がアスガルに着いてきた理由がこれだ。この聖域都市フィルスレアにはギルドというものが存在する。ギルドと言えば、誰もが想像するギルドで間違いないが、それがこの都市には存在するのだ。
四帝国のどれにも属さない唯一の大都市であるが故に、多くの旅人が脚を運ぶ地でもあるというフィルスレアには、旅人に仕事を与える施設が必要だったらしい。
アスガルの見た目は如何にも冒険者で、皮の防具を身にまとっていたためにすぐに分かった。
だから俺はこいつの申し出を断らなかったのだ。
アスガルは紅茶にすすると、質問に答えた。
「知っているも何も、俺はギルドに加入しているからな。……お前さんもギルドに入るのか?」
「いや、そういう訳ではないが……」
俺の目的はあくまでも情報収集だ。ガディアのおかげで生活に困ることもないし、荒稼ぎする理由も今は特にない。ただ、世界の情勢を知らずに生きるのは嫌だからな。各国の情報を手早く入手できる伝手が欲しいのだ。
「ただギルドに興味があってな」
「そうか。それで何を聞きたいんだ?」
「まずはギルドの場所。それと、ギルドの中で一番の情報通は誰かを教えて欲しい」
俺も紅茶に口をつけながら、ひとつひとつ聞いていった。アスガルは顎髭を手で弄って言う。
「場所は簡単だ。街の中心部の噴水はお前さんも知っているだろう? ちょうどその北側の正面に大きな建物がある。ほかの建物とは風格が違うからすぐに分かるさ」
なるほど、噴水の北側か。
黙って聞いている俺とエイミーを前に、アスガルは続けた。
「もう一つの質問は、ギルドで一番の情報通だったか。そうだな……ギブリスって女を訪ねてみるといい」
「ギブリス?」
「ああ。ギルドに併設されてる酒場の若い女主人なんだが、たぶんあいつが一番情報を持ってると思うぜ」
彼の口から出てきたのは、一人の女性の名前だった。話しから察するに歳はかなり若く、酒場の女主人という点でも信頼できる情報だ。
「そうか……ギブリスか」
「そうだ、お前さん、あいつに会ったらこれを見せるといい」
そう言ってアスガルが俺に手渡したのは、中央にガラスでハートマークがあしらわれた小さなカードのようなものだった。
俺はそれを光に当ててみたり、いろいろな方向から眺めてみたが、特に魔力がかかっている訳でもなく、ただのカードのようだった。
「アスガル……これはなんだ?」
「それはな、魔法のカードだ」
「魔法? 魔力は感じられないが……」
「そういう意味じゃねぇさ。お前さんとギブリスを繋ぐ魔法のカードってことだ」
アスガルは得意げにそう話す。いい歳したおっさんが、こんな洒落たガラスのハートがついてるカードなんて……正直引くが、それがまた信用できるところでもある。
「感謝する。ありがたく受け取っておこう」
俺は軽く頭を下げると、カードをポケットにしまった。
さて、もうそろそろ時間だな。
気がつけば、俺とエイミーのカップの中には、アスガルのカップの中にも、もう紅茶は入っていなかった。
「いろいろと世話になったな」
「もとはと言えば俺が原因だ。気にするな。それと嬢ちゃん。あまりポケーッとしてると、また絡まれるからな、気をつけろよ」
「失礼な! わたしはポケーッとなんかしていないのです!」
俺と握手を交わしながら、アスガルがエイミーに言うと、エイミーはぷくっとほっぺたを膨らませて反抗する。
そんなエイミーの手を引いて、俺はこの店を後にした。
「なかなかいい奴だったな」
「そんなことないのです! わたしの事をあんな風に言うなんて、信じられないのです!」
ずっとほっぺたを膨らませっぱなしのエイミーは、まだご立腹のようだ。
……これでは俺もアスガルと同じ事を考えていたと言いづらいではないか……。
「マスター、考えていることが顔に出すぎなのです」
「……なんのことだろうな」
「わたしはポケーッとなんてしていないのです!!」
俺はそっぽを向きながらはぐらかすと、エイミーが俺の前に立ちはだかる。両腕を顔の方に曲げたその様子は、まるで小さな子供が何かに挑戦するような、そんな風景を頭に浮かべさせる。
大通りに抜ける手前、エイミーの行動を微笑みながら見ていた時だった。
「見つけたぞ! 貴様は青白い髪の精霊の少女の仲間だな? 同行してもらうぞ!!」
突然、数人の騎士たちが俺たちを取り囲んで、レイミーらしい誰かのことを言って腕を掴んできたのだ。
何を言われているのかは分からない。だが、青白い髪の精霊の少女はレイミーである。俺を見つけて言うのだから、レイミーに間違いない。
俺とエイミーは、通り行く人々の視線を集めながら、理由もよく分からないまま騎士たちに連れていかれた。
まだフィルスレアに来てから二時間と経っていないのに、どうしてこうもうちの精霊どもは厄介ごとに巻き込まれるのか……。俺はただため息をつきながら、騎士たちに連れられ大通りを真っ直ぐに街の中心部の方へと歩いていった。
わりと良いやつ、なのかもしれないですね!
新たに出てきたギルドも少し気になります。
この話がいったいどこへ進んでいるのか、是非みなさんも予想してみて下さい^_^
次回も連続で投稿です。お楽しみに!!




