帝者、心に触れる
相変わらず誰も来ない図書館の机が並ぶ一角に、俺たち四人の声だけが響いていた。
「ーーそうか、フィルスレアはケルンの故郷だったのか」
最初にフィルスレアの名を聞いた時は耳を疑ってしまったが、あれから話しを聞いていくと、つい笑顔が溢れてしまう。
「実はな、俺もフィルスレア……あたりの地域の出身だ」
「ーーえっ!! リュウヤくんと同郷だったなんて驚きです!」
「ああいや、そのあたりってだけだ」
驚ろいて興奮しているのはケルン。エリルもレミも俺たちの会話の様子を微笑ましく眺めている。たまに話しに入っては新たな話題を持ち出すようで、図書館とは思えない賑やかな空気が漂っていた。
「それにしても、観光でフィルスレアか。面白そうだな」
「そうでしょそうでしょ? みんなで行きましょう?」
レミがここぞとばかりに身を乗り出す。
二人が言うには、今回の件はこのあいだの貴族の一件のお礼がしたいとかなんとか。さっきからケルンの耳に手を当てて、こそこそと話していたし、何かあるんだろう。
どうであれ、この話しを断る理由はないが。
「そうだな、近いうちに城へ向かう予定だった。たまには観光もいいだろう」
「ほんとっ?」
頷きながら言う俺の言葉に、立ち上がりながら反応したのはケルンだった。今日は意外なことにケルンがよく喋る。いつももじもじとしているあのケルンがだ。
「ああ。それで、いつここを出るんだ?」
何で行こうとしているのかは知らないが、フィルスレアとの距離は馬車で一週間程度のはずだ。まさか現代魔法では転移など出来るはずもないし、長旅になるなら準備が必要だろう。
「えっと、それなんだけど…………明日……だわ」
「…………ん?」
なんだ? 聞き間違いか? 明日と聞こえた気がするが……大丈夫なのか?
目を大きく開けて絶句している俺を前に、ケルンが言う。
「あの……ね、獣人族の運び屋さんが明日来るんだ。それで……ね、時間が取れなくて……」
目を一切合わせようとせず、またモジモジとしたいつもの彼女に戻ってしまった。
俺は少し残念に感じ、わざとらしく笑って言う。
「そんなに気にしなくていいぞ。俺は準備をする必要がないしな」
荷物は全て収納の中だ。準備などする必要もない。
「それにーーいや、なんでもない」
「なら良かったわ。それじゃあ決まりね」
胸に手を当て、ホッとしたようにレミが言う。
「朝の鐘が鳴る時間に、大通りの門で待ってますね」
「私たちは次の授業があるからもう行くわね」
眼鏡をクイっと直すケルンにレミが続き、二人は立ち上がると俺とエリルに一礼をして入り口の方へ歩いていく。
そして、二人の姿が本棚のあいだに隠れようとした時、ケルンが振り向いて言った。
「……待ってます……ね」
恥ずかしがりながらの上目遣いで、眼鏡の向こうから綺麗な瞳が俺をまじまじと見つめる。ほんの一瞬だったが、あまり表情のない彼女の口元が少し笑ったような気がした。
「さて、俺たちもそろそろ行くとするか」
「行くって、どこにですか?」
閉じた本を持って立ち上がる俺に、エリルが聞く。
「帰るんだ。俺は荷物などないが、お前はそうでもないだろう?」
その言葉に、彼女は少し表情を暗くした。
「……リュウヤさん、ほんとうに私も行っていいんでしょうか?」
本を置いて座ったまま、少し俯いてエリルは言う。
そういえば彼女も貴族だったか。ずっと一緒にいたから、なによりいい意味で貴族らしさがないから、すっかり忘れていた。
レミとケルンがシレジアに襲われていたこともエリルは知っているし、彼女たちが最初に何をしようとしていたのかも俺を通して知っている。
レミやケルンが気にしていなくても、エリル自身が気にしないなんて無理なのである。
俺は一歩だけエリルの方に寄り、俯いたままのエリルの頭にそっと手をかぶせた。
「……あいつらがみんなで行くと言ったのが聞こえなかったか?」
「……え?」
顔を上げたエリルの目に、ちょうど俺の手が重なる。
「お前も俺たちの、レミとケルンの仲間だろう? 遠慮はしなくていいんじゃないか?」
少し恥ずかしくて、エリルには見えてないと分かっていながらも目を窓の外にやる。柄にもないことは言うものではないな。
反対の手で頭をかいていると、かぶせた手のひらにエリルが手を重ねた。
「そう……ですよね。遠慮なんて……しなくていいですよね」
そのまま俺の手を掴んで、自分の頬へと持っていくエリル。眼を閉じて、自らの頬を擦り付ける。
「リュウヤさんの手、とても暖かいです」
「……そうか?」
「はい、とても」
女心というものは俺には分からない。俺が唯一苦手なのがそれだ。人の心を読むこと。だが、これでエリルが落ち着くのなら、このままでいい。
見なくても分かる。右手から、彼女の火照った頬の熱が伝わってくる。
「不思議だな……」
「……不思議です」
一言、ぼそりと呟く。エリルもたった一言、同じ言葉を繰り返した。
誰もいない図書館の中、不思議な空気が俺たちを包む。
「まだ……リュウヤさんと出会って数日のはずなのに、なんだかずっと一緒にいたみたい」
まるで時間を感じない、彼女と繋がっている時間。気がついた時には俺の右手は彼女の胸のあいだで両手に包まれていた。
何も言わず、ただただ窓から静かに吹き付ける風の音に耳を澄ませ、心を落ち着ける。だが、右手から伝わる彼女の手の温もりと、早くトクトクと打ち付ける心音が、俺の心をかき乱していた。
そして、それは突然告げられる。
「ーーリュウヤさんのことが好きです」
どうしても隠しきれない驚きが顔に溢れ、同時に俺の頬を赤く染めた。
「ーーでもリュウヤさんの心の中には、いつも違う誰かがいます」
「違う誰か? エイミーやレイミーか?」
「私にも分かりません。でも、誰か同じ人がずっとリュウヤさんの中に居るんです」
エリルは尚も落ち着いた様子で話しをしていた。ただ、彼女が言っていることが俺には分からない。
「エイミーさんでもレイミーさんでも、ネスティアさんでもありません。レミさんでもケルンさんでも、そして、私でもない」
その瞳は俺の右手をじっと見つめ、その両手は俺の右手を包み込む。その胸の間で、俺の右手はエリルの心に触れていた。
「……俺には……そいつが誰かは分からない」
「きっと、リュウヤさんの大切な人ですよ」
エリルはゆっくりと、そしてハッキリと言う。
「なんで分かるんだ?」
率直に気持ちを伝えてくれるエリルに、俺も素直に疑問を返す。
ほんの少しの間を開けて、エリルは俺の右手を自分のおでこに当てて言った。
「ーーーーずっと、見ていましたからーー」
おでこからも伝わるエリルの熱と脈打ちが、俺の早まる鼓動にぴったりと重なる。時間はゆっくりと流れ、お互いを深く、限りなく近く感じ合った。
彼女の言ったことは嘘か本当か。やはり俺には分からない。
それでも、ただ一つだけ言えることがある。
「ーー転生したのがこの時代で良かった」
世界は広い。数多ある世界の中の一つ。この世界の、この宇宙の、この星の中に、ごまんと存在する人々の中で巡り会い、別れを繰り返す。
何か一つがずれても成立しない、今という時の中で彼女と出会えた事。それは奇跡。だとすれば、俺の右手に伝わる彼女の思いと優しさもまた、きっと一つの奇跡だ。
静かな図書館の中では授業の鐘が鳴り響き、窓の外には小鳥がさえずり空を飛ぶ、そんな今という奇跡の中で、ほんの小さな二つの手と暖かな彼女の温もりが作り出した奇跡を俺はそっと自分の胸の中にしまい込む。
この奇跡を忘れないように。いつかまた、思い出せるように。
三章がだんだんと進んでいきますね……と思っているのは私だけか……。二章までの訂正も無事終了して、とても気分がスッキリ……なんてことはなく、次の話しを書くのに追われてたりなんかしてるんですよね。
そんな感じで書き進めているのですが、思ったことがあります!
まあいつも思うことなんですが、感想が欲しいです!! 図々しくも、次の課題とか感想とか感想が欲しいかな、なんて思ってます。あと感想とか。本当に図々しいな……。
と、なんだかとても長くなりましたね。
感想は気が向いたらお願いします。
それと、次回の投稿は割と早めに出来そうです!
長くなりましたが、これからも転生帝者をよろしくお願いします^_^




