帝者、見届ける
夜も更けていき、優しい月明かりが部屋に差し込む。
そして、冷たい視線が俺に向けられていた。
「っで!! その子はなんなんだ!!」
そう叫んでいるのはレイミーだ。
俺の横に並ぶフェルゼンを指差して、なぜか騒ぎまくっている。
「……また一人……増やしたのですか……」
エイミーの声も地を這うように低く、重く感じる。
地球でも、五千年前にもあまり接点がなかったからな。
女心とはよく分からないものだ。
ネスティアとエリル、ガディアの三人は、ものすごいジトーッとした目で俺を見つめていた。
「はあ……どうしようもない奴らだ。おい、自己紹介してやれ」
まったく、嫌でもため息が出る。
フェルゼンは一歩前に出ると、皆の顔を見まわして自己紹介を始めた。
「我の名はフェルゼン・イル・シルフォンだ」
青紫……黒……銀? の髪の少女は胸に手を当てて名乗る。
「そんなことより! リュウヤとはどういう関係なんだっ!!」
はやり、突っかかるのはレイミーだ。
フェルゼンは俺に目配せする。
ほんの少しニヤッとしたと思うと、彼……彼女は口を開けた。
「ーーペットだ」
「ーーなっ!?」
その瞬間、部屋の中の時は止まった。
誰もが口をポカンと開けて何も言えず、部屋の中に夜の静寂が訪れる。
少し時が経ち、一番最初に正気に戻ったのは、またまたレイミーだった。
「っうぅぅ…………ペットって………………ペットってどういう事なんだあああぁぁぉぁぁ!!!!」
大きな声が壁に何度も跳ね返り、他の皆の気を取り戻させた。
部屋のあちこちから怒りや失望の感情が溢れ出す。
俺も例外じゃなかった。
「…………お前…………死にたいか……?」
闇のオーラが身体を包み、その手には暗黒の炎がバチバチと音を立てて燃え盛る。
レイミーの圧力に、エイミーの威圧に、エリルの凍りつくような眼差しに、ネスティアの魔王の娘としての本来の魔力に、そして、俺の漆黒の魔力に、フェルゼンの膝はガクガク震えていた。
そのいくつかの怒りや眼差しは、俺にも向けられていたのだが、大半はフェルゼンに向いていた。
「待て、待つんだ、落ち着け! な? な?」
降参のポーズ、両手を上に挙げながらジリジリ下がって行くも、五人に囲まれて逃げる場所も消えてしまう。
「元はと言えば、お主が我をペットにすると言ったのではないか!! 理不尽だ! 実に理不尽だっ!!」
俺を指差すフェルゼンの顔には汗が滲み、焦りが見て取れる。
だが、その焦りはいつしか俺のものとなっていた。
「……おいおい、どうしたお前ら?」
魔力を解除して少し下がると、エイミー、レイミー、エリル、ネスティアの四人が俺を冷たい目で睨みながら迫ってくる。
「そうですよね……リュウヤさん、女の子なら誰でもいいんですよね……」
エリルの冷たい瞳が俺を見つめる。
「あのなあ、言い方だぞ、言い方。俺は確かにフェルゼンをペットにすると言ったが、それはイルが魔狼だからだ」
こいつらは、皆そろってフェルゼンの正体を知らない。
それではこの事態が飲み込める筈もなかろう。
「フェルゼン、元の姿に戻れ。これは命令だ!」
「はぁ……仕方がない」
少し渋い顔をしたと思うと、フェルゼンの身体が光に包まれ、その姿を巨大な魔狼へと変えていく。
それを見る皆の顔は驚きに満ち溢れ、さっきまでの騒動を忘れさせた。
「これが我の本来の姿だ。我はフェルゼン。皇魔狼フェルゼンだ」
低い声に戻ったフェルゼンは、魔力を解放して皆を圧倒する。
「皇魔狼……さっきの……狼……」
さっきの巨狼を思い出すようにつぶやくエリル。
どうやら他の皆も思い出したようだ。と言ってもついさっきのことだが。
それにしても、こいつはでかい。でかすぎる。
ここまでくると邪魔にさえ思える。
「もういい、元に戻れ。いや、元ではないか。さっきの姿になってくれ」
「お主もわがままだな……」
ぶつぶつ言いながら再び魔法を唱えると、巨体は光に包まれ姿を変えていく。
ふむ。ようやく皆も落ち着いたようだ。
これで話しが進められる。と言いたいのだがーー。
「ガディア。さっきから気になっているんだが、その頭はどうした?」
俺の視線の先には、ガディアの青い髪があった。なぜか急に雰囲気が変わっていたのだ。さすがに流す訳にはいくまい。
ガディアは、はははと笑い自分の髪をいじりながら答えた。
「みんなに話したよ、あのこと」
あのこと……と言えばあのことしかないか。
だが……演説でそんな事を話したのか?
「もちろん君の言っていた通り、民に話しはしたさ。ケルン君と、レミ君が手伝ってくれてね。新しい法律のこと。貴族撤廃のこと。そして僕の帝王辞任のこと。全部ね」
ふむ。意外と良いことを話しているではないか。ただ一つ気になるのは、エリルと平民たちの反応だが……この様子だと乗り切れたようだ。案外エリルは感づいていたのかもしれないな。
「急な話しをほいほい進めていったのだが、よくやってくれたな、あの二人も」
「そうだね。僕らが平民を集めようと動く前に、彼女たちが平民をまとめてくれていたんだよ。人望あっての事だろうけど、とても助かったよ」
うむ。レミとケルンにも礼を言わねばならないな。
学院の事も少しは考えないとか。
そうだな、それはあとで考えるとしよう。
さて、最後のもうひと仕事だ。
「お前たちが尽力してくれたことは感謝する。だがまだ全てが終わった訳ではない」
「えっと、まだ何かあるんですか?」
エリルが首をかしげる。
「ああ。この国は、帝都一つでないということと、貴族を受け入れるためにもやるべきことがある」
椅子の後ろの窓から、建ち並ぶ家々の明かりを眺めながら言う。
「さっきの戦いの最中、まともな騎士と出会ってな。こちら側につきたいと言われた」
「えっ、それってつまり……裏切りってこと?」
エリルは両手で口を隠して驚く。
「そうだな、そうとも言える」
「……信用しても大丈夫なのでしょうか……?」
エイミーも少し心配そうだ。彼女だけでなく、この部屋の全員がそんな表情でいた。
「少なくとも、嘘はついていなかった。俺は信用するつもりだが、皆は違うのか?」
少しの沈黙が続く。
ちょっとして、それを破ったのはガディアだった。
「いいんじゃないかい? むしろ僕たち側からとってすれば好都合だよ」
「そうじゃ。これでいい貴族を迎えいれて、こっちのルールを守らせれば一件落着じゃな」
ネスティアが続けざまに言った。
「そう言えば、そのルールとやらはどうなったんだ?」
聞くのを忘れていたが、いったいどんなルールを作ったのだろうか。
エリルの事だから心配してはいないが、知っておかねばならない。
「そんなに大したものは作っていませんが……その、やってはいけない事を三つだけ決めました」
少し照れたような感じで、エリルは話す。
「一つ目は、他人を傷つけてはいけない。二つ目は他人の物を盗ってはいけない。三つ目は、誰もが平等でなければならない。最低限、この三つが守られていれば、きっと平和になるんじゃないかな、と」
「上出来だ。それだけで、今の数百倍は安定するはずだ。特に三つ目を遵守させることが重要だろう。あとは、このルールを破った場合の処罰を話し合いで決めるくらいだな」
話し合い、と言うのも日本の政治やらなんやらを元に考えただけだが、その都度代表者が会議を行えば下手に罪が軽くなることはないだろう。
これも過度に行えば問題が起こるが、適度に適切に対処していけば、国の安定化は問題ない。
俺は内容を一つずつ話していった。
やがて説明が終わると、皆納得したように明るい顔になっていた。
とりあえず一安心か。
「それで、だ。その青年のことについてなんだが、明日の昼頃に帝都民を広場に集めようと思う」
「それでいいんじゃないか?」
レイミーがいち早く賛同する。
ほかの者も頷いているあたり、異論はとくにないようだ。
「なら、今日はもう解散だ。俺はもう疲れたから寝る」
「そうですね。わたしも疲れたのです」
あくびをしながらエイミーが言った。
「それじゃ、僕らも行くとしますか」
「うん、じゃあみんな、また明日。おやすみなさい」
ガディアとエリルは家に帰って寝るようだ。
「ああ、おやすみだ」
ようやく一日が終わった。
俺もさっさと寝るか。
エイミーにレイミーにネスティアとも別れ、俺たちはそれぞの寝室に向かった。
俺はベッドにダイブすると、今日の出来事を振り返ることもなく、すんなりと眠りに入ったのだった。
ーーー 翌日 昼 ーーー
今までの謝罪から始まり、自分たちの願いに終わる。
貴族の青年が、人々の関心を集めていた。
「ーーーーどうか、お願いします!!」
多くの民が集まる広場に、若々しい男の声が響く。
その声に重なるように、沢山の声がその場を埋め尽くしていた。
「ーーおいおい、どうするよ」
「ーー今まで散々やってきておいて……」
「ーー私は別に構わないけど……」
「ーーみんながみんな悪い人じゃない。受け入れるべきだ!」
壇上にいる青年たちの前では、彼らを受け入れることに対して疑念を抱く声が半数、受け入れようという声が半数上がっていた。
予想通りの反応だが、決める人がいないでは決まるものも決まるまい。
俺が遠く離れた家の屋根の上から遠視の魔法で眺めていると、騒つきの中から一際大きな声が上がった。
「ーーお前ら何言ってんだ! 受け入れるに決まってんだろ! やられた事をやり返したって意味はねえ! それぐらい分かってんだろ!!」
そう叫んだのは、集まっていた者の中でもかなり体格の良い男だった。
彼の声は他の者を黙らせ、その注目を集める。
「おい兄ちゃん! 信用していいんだな?」
沈黙の中、その男は続けていった。
男と目を合わせ、青年の表情にもさらに真剣味が増す。
そして、彼は剣を抜き跪き、続けざまに後ろに並ぶ騎士たちも跪いた。
「我が剣は民を守るために!!」
ただ一言、そう発すると、男は大げさに笑ってみせる。
「ハッハッハ、ならいいじゃねえか!」
名を少し耳に挟んだことがある。レイガンという男だ。
平民であり、魔力にも恵まれないが、その力だけで貴族を凌ぎ民を守ってきたらしい。
この国の平民の中で彼の名を知らない者はおらず、その信用も賞賛に値するものだ。
次第に他の民からも声が上がっていく。
「ーーレイガンさんが言うなら……」
「ーー仕方ない……他でもないレイガン殿の言葉だ」
「ーー信じるしかないようだね」
否定的な発言は消え、青年たちを受け入れようという意思が汲み取れる。
「ーーどうやら上手くいったようだな」
俺は屋根の上でつぶやき、飛行魔法で城の方へと飛んでいく。
この世界に来てほんの数日、記憶が戻ってからまだほとんど日も経っていないが、まさかこんな事になろうとは。
まあ言い出したのは俺なのだが。
これでようやく安定した日々を送れそうだ。
学院に通い続けるか、はたまた旅にでも出るか。これからどうするのか考えなければいけないな。
何かで歓声の上がる広場を視界の端で見ながら、俺は昼の暖かな日差しの下を、誰の目にもつかない高速で飛んでいくのだった。
遂に二章が完結いたしました^_^
今までお読みくださった方、ありがとうございます!!
次章は予告どおり、主人公の記憶を再びメインに話しを進めていきます。
乞うご期待ください。
今後ともよろしくお願いします!




